真白き足袋の先 2

〜はじめの一言〜
先生の優しさはちょっとわかりにくい。拍手お礼文より。

BGM:
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隊士の脱走はよほどあからさまなものでなければ、ほとんどが幹部のみしか知らされない。セイが何気なく口にしたことも、土方の狙いの一つだった。
もし、事情を知らぬ隊士が見かけたときに、庇ったり、匿うことのないようにということだ。

繰り返し総司が同じことを言って聞かせた。

「貴女が気にすることじゃありません」
「いいえ、私さえ!」

あの人を見つけなければ。

見かけたときは隊士の事情などセイは知らなかったが、今は自分さえ見つけなければと思ってしまう。事情を聞いた今ならば。

脱走という罪の重さを十分にわかっているはずのセイにふう、と息を吐いた総司は腕を組んでまっすぐに前を見た。

「貴女はそうやっていつも自分のせいだといいますが、そうすれば自分は楽になりますか」
「っ!!」

きっと見上げたセイは、立ち上がった。そんなつもりなどないのだと、言い返そうとしたセイに総司が畳みかける。

「そうやっていつでも自分が中心であれば何事も面倒なことは自分が悪いと言えばそれで済みますしね」
「そんなことありません!!」
「ではなんだというんです?法度は貴女が決めたものでもないですよ?」
「私は、ただ……!」

ばしっ。

大きな音を立てて、総司に掴みかかったセイの頬が派手な音を立てて鳴った。それでもセイは総司に向かっていく。

「私はっ!」

ばしっ。

「思い上がるのもいい加減になさい」
「思い上がってなんかいません!」
「まだ言いますか!」

ばしっ。

互いに引くに引けなくなったように、言い募るセイにやめさせようとする総司が繰り返しその頬を殴った。セイの両頬が赤くなって、放っておけば腫れ上がるだろうに、総司は冷やかに言った。

「さ、そんなくだらないことが原因なら、こんなところでふらふらしていないで屯所に戻りますよ」

殴られた頬を押さえることもせずに、セイは総司を睨みながらじっとその場に立ちすくむ。総司はセイの着物の肩先を掴むと、引きずるようにして、セイを連れて屯所へと戻った。
隊部屋に戻る前に、病間で冷やしてもらうように言ったが、意地を張ったセイが首を振る。

「結構です」
「勝手になさい」

そういって、隊部屋に戻った総司とセイは、それから一言も口をきかなかった。

「おい、神谷」

セイの顔を見て、見かねた相田が手拭いを冷やしてきた。
渋い顔で差し出されたそれを軽く頭を下げてセイは受け取る。一目で総司に殴られたのだとわかるが、そんなになるほど総司を怒らせた理由がわからない。

密かに問いただそうと思ったが、機嫌の悪い総司も隊部屋を出たり入ったりしていたので、なかなか聞く機会を逃してしまった。

夕餉を食べるころにはすっかり腫れ上がったセイの顔を見ても、総司は何も言わなかった。時折、夕餉をとっていると顔をしかめているセイをちらりと見ては、胸の内でため息をつく。

あの後、娘の様子を見に行った総司は、隊士が屯所に引き立てられていった後、後を追って屯所の外にずっと娘が立っていたことを聞いた。そして、隊士が切腹した後、運ばれた寺に向かい、墓の前で事切れていたことも。

隊士は、きっと娘に生きて幸せになってほしかったに違いない。
どんなことをしても共にいたいとと願った娘なのだから。

なのに、どうして後を追うことなどするのだと総司はやりきれない思いでいっぱいだった。本当は何をどういっても、隊士は最後まで武士だったと思う。愛したものを守って、行く末を願って。

それがどうしてわからないのだと、思うと腹が立ってくる。

そして、セイの悔いている姿を見て、腹が立った。セイが見つけようが、遅かれ早かれ見つかったのだ。
どうしてそんなことまで自分のせいだと背負い込むのだろう。
その姿が、隊士の後を追った娘に重なってくる。

だからこそ、総司は厳しくセイを叱った。
そんなことなど思わなくなるように。

―― もし。自分がいなくなっても

セイが何も悔いることなく、前を向いていけるように、そんな強さを手に入れられるようにしなければ。

夜半になって、目をあけた総司は隣で休むセイの顔を見る。寝ているのに、目尻から涙がこぼれて腫れあがった頬をぬらしていた。
そっと手を伸ばして指先で拭ってやると、セイが眉を顰めて何か呟いた。

「……んせい」
「……?」
「……せいは、……ためにだけ……」

何と寝言を言っているのかは聞き取れなかったが、そうっと冷えた手拭いをセイの頬にあててやった。

「神谷さん。貴女は……あなただけは」

どんなことがあっても何が起きても、必ず生きて、幸せになってほしい。

そっとセイの額を撫でた総司はセイの顔を眺めながら手を引く。その横顔を眺めながら、再び横になった総司はゆっくりと目を閉じた。

セイは夢の中で、総司の事を背後から抱きしめていた。

―― 先生だけは、思いのままに生きて。幸せになってください

– 終わり –