刀の手入れ 1
〜はじめの一言〜
白の拍手お礼文。の続きというか別な路線。
BGM:
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部屋に入り、酒肴が運ばれてくると黙然として総司が酒を飲み始めた。
「……沖田先生?」
わけもわからず引っ張ってこられたセイには総司の強引さの意味が分からない。仕方がないので、自分の杯にも酒を注いでちびりと舐めた。
「あのう……、何か気に障ることなどありましたでしょうか」
「いいえっ」
「じゃあ、どうして……」
―― そんなに機嫌が悪そうなんですか
セイが言いかけた言葉を飲み込んだのは、じっと総司がセイの顔を見ていたからだ。その眼にははっきりとセイを責める色が浮かんでいた。
「神谷さん、ひどい」
「……は?」
じぃっとセイを見ていた総司が、ぽつりと言うと意味が分からなくてセイは眉を顰めて首を傾げた。つい今さっき、気に障ることなどないと言ったはずの総司が舌の根も乾かぬうちにセイをひどい、と言う。
たん、と杯を置いた総司が膳をどけて両手を畳につくと、ずっと膝を動かしてセイに近づいた。
「いっつも何か調べたり教えてもらうときには斉藤さんのところに行くじゃないですか」
「……はい?なんのお話ですか?」
ますます、不審な顔になったセイに総司がずいっとさらに近づいた。
「だって!この前もそうだったじゃないですか!何かの作法がよくわからないって!斉藤さんのところに聞きに行ったじゃないですか。今日だって刀の事なら私だって少しくらいはわかるのに!」
「少しくらいって先生……。それは、ちょっとどうかと思いますけど。それに、兄上は目利き守って言われていらっしゃいますから、聞くのは仕方がないと思いますが……」
「私だって刀くらい見ますよ!!」
「くらいって……、今日だってたまたまそんな話になっただけですし、わざわざ兄上のところにお話を伺いに行ったわけじゃないんですけど」
呆れかえって呟くセイに、総司はがっくりと肩を落とした。
たまたまかもしれない、偶然かもしれない。だが、セイは物知りとして斉藤を頼ることを思えば、自分はそんなに頼りにならないだろうかと言いたくなる。
それは、いくらセイが総司の事を好きだと言ってくれてもやはり違う。
「どうせ……、私の事なんて頼りにならないんでしょうけど」
「そんなわけ!……そんなことあるわけがないじゃないですか」
セイにとっては他意のないことだが、互いに野暮天王と野暮天女王である。思わぬところで互いにすれ違うようなことをうっかりと口にすることがあるのだ。
「どういえばいいのかわかりませんが……。沖田先生は、拵えや鞘身について好みがあるし好きなようにすればよいとおっしゃるじゃありませんか」
「そりゃ言いますよ。せっかくですから、自分が使い勝手がいいようにと思うのは当たり前でしょう?」
すっかりむくれた顔の総司に、噛んで含めるようにセイが話し始めた。傍に置いた大刀を目の前に置くと、僅かに鯉口を切って見せる。
「先生方が、刀についてお詳しいのはもちろん存じてますが、拵えについては皆様方、それぞれにお好みがあります。私は、もともとがよくわかりませんので、おかしな組み合わせをしていないか、物知らずなことをしていないか心配になるんです」
「そんなこと、刀匠堂に任せていれば、店の方が教えてくれるでしょうに」
事もなく言う総司にセイは苦笑いを浮かべた。一番隊の隊士は出動も多く、手当もほかの隊士より出ることが多いが、お里に金を渡しているセイは、それほど蓄えがあるわけではない。
いざという時のためにも、なるべく無駄な出費は避けたくて自分でできることはするようにしていた。
こうした座敷に来られるのも総司が金を払っているからで一人ではとてもこれほどは足を運ぶことなどできない。
「その、大したことはできませんけど、柄糸を変えたり、下げ緒を変えたりするのは自分でしているものですから、時々、確かめるようにしているんです」
無様な真似をしてあれが新選組よ、と指を差されないようにセイなりに気を使っているのだ。それを聞いた総司の顔が少しだけ柔らかくなる。
目の前に置かれたセイの刀は、柄糸が少し滑りやすいような気がして、気にはなっていたのだ。滑りやすい柄糸ならば糸を交差させる際に一ひねりして菱形の文様をつくればいいが、それだと手の皮の薄いセイにとっては豆ができやすくなる。
下げ緒は斉藤がついさっき結び直しただけあって、さすがにセイの腰に差した時に具合がいいように位置を考えて整えてあった。
セイの刀を手に取った総司は刀身だけでなく全体を改めてみた。
「そういわれれば確かに、この柄糸はやめた方がいいかもしれませんね」
「柄糸だけを手にしたときは柔らかいし色もいいので、気に入ってたんですけど、兄上にも言われました」
たまたまセイの刀を見たところからそんな話が広がっていったのだった。総司の怒りが収まってきたのを感じて、ほっとしたセイが頷く。
「私なんてこの柄糸みたいなものなんですよ。全体を気にするより、つい気になった目先のことに囚われてしまって。ですから、時々不安になって、沖田先生や兄上にお伺いをするんです」
「……そんなことありませんよ。私こそ、この柄頭くらいが精一杯で」
いつかセイと揃いの柄頭を誂えたことがった。それに触れながら総司が言うと、セイが頭を振った。
「そんなこと!先生は刀に例えるなら本身も本身。刀身そのものですよ。……わたしにとってはですけど」
一番大事なのだといいたくてセイがそういうと、総司が目を丸くして刀を脇に置いた。
「先生。私にとって先生が頼りにならないはずないでしょう?刀身がなければ柄糸の私なんてどうしたらいいかわからなくなります」
話しながら、総司と自分を刀に例えたセイは時折、こうして総司が不安に駆られて不機嫌になることに不思議と嬉しくなった。それは自分だけではなくて、総司も同じなのだと思う瞬間だからだ。
刀と自分の膳をどけてセイが総司に近づいた。
総司の目の前で小首を傾げたセイが柔らかく微笑む。小さな悋気と大人げない我儘も総司らしくて、こんな時だけはセイのほうが仕方がないと折れるのだ。
顔をあげた総司は、自分の悋気が恥ずかしくなったのか、セイの答え故か、うっすらと頬を染めて気まずそうに視線を外した。
「沖田先生?」
そっとセイが膝に置かれた総司の手に触れると、びくっと握りしめられた拳が震えてから、横を向いた総司がぼそりと呟いた。
「私が刀身なら貴女が柄糸なはずないじゃないですか」
ん?を聞き取れなかったセイが総司の顔を覗き込むと、急に総司が動いた。
– 続き –