まちわびて 1

〜はじめの一言〜
久しぶりに登場です!ご無沙汰~!

BGM:
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「それでは行ってまいります。沖田先生」
「はい。行ってらっしゃい。神谷さん」

にこっと互いに笑みを交わし合ったところで、セイが立ち上がった。黒い隊服に身を包んで、足袋を履いて小さな荷物を背にしているが、それほどの遠出ではない。
土方の使いで、大阪の京屋まで用足しに行ってくるのだ。

「お土産、楽しみにしていますよ」
「沖田先生。私は遊山で行くわけではありませんが……」
「もちろんわかっていますよ。そうだなぁ。久しぶりに岩おこしなんていいですねぇ」

隊部屋を出ていくセイの後に続いて、総司もにこにこと袖口に手を入れながら歩いて行く。
どうやら門まで見送るつもりらしい。隊士達はおのおの、その場でセイを見送ったが、総司が見送りに行くのは当たり前の事として受け流された。

自分はいかなくてもいいのかと、立ち上がりかけた新人隊士に山口が苦笑いで制する。

「いいよいいよ。沖田先生だけだから」
「はあ……」
「余計なことすると馬に蹴られるだけだからなぁ」

うむうむ、と頷きが隊部屋のあちこちで広がるのを何とも言えない顔でみながらその場にすとんと腰を下ろした。

そんな会話がされているとはついぞ、知らぬ総司とセイは大階段のところを過ぎて門まで辿りついていた。

「先生、本当に、もうここで」

隊部屋で、大階段で、と言い続けてどこまでもセイを送ってついてきた総司に塗笠を被ったセイが振り返った。

「じゃあ、気を付けて行ってくるんですよ」
「承知しました」

じゃあ、と手を上げるとにこにこと笑顔で総司が見送ってくれた。門から少し脇にずれてはいるが、まっすぐに伸びた道を歩いて行くセイは、だいぶ離れるまで振り返るのを堪える。

―― もうそろそろ……

と振り返ると門を出た時と同じ場所に人影が見えた。振り返ったセイが見えたのか、大きく手を振っている気がしてセイも大きく手を振り返す。

それが嬉しくて、セイは口元に浮かんだ笑みを堪えて歩き出した。

 

 

セイが出張に出るのはわかっていたし、今回は用足しだけで危険なこともあまりないだろう。送り出す総司もひどく機嫌がよく送り出したのは確かだ。

「あ、沖田先生、お戻りですか。神谷は無事に出発したんですね」

隊部屋に戻った総司に相田が声をかけた。

「ええ。神谷さんたら何度も振り返るものですから、なかなか戻ってこれなくて」

そういう総司の言葉にはいはい、と思って聞いている隊士達である。総司が離れないからセイも何度も振り返る羽目になり、そうやっていつまでも見送り続けてきたことくらい、見ていなくてもわかるというものだ。

「またまた、そう言いながら、少しの間なのに寂しいのは沖田先生じゃないんですか?」
「寂しいなんてそんなことありませんよ。第一、神谷さんは隊務で出張しているんですからね。そんな浮ついたことを言ってはいけませんよ」

真顔で否定しながらも隊士達は、内心ではあとどのくらいその言葉が持つだろうかと考えていた。

―― 全く皆さんは、神谷さんのことも、私のこともなんだと思ってるんでしょうね

憮然とした総司は、待機と言うこともあって、道場で一汗流すことにした。
稽古着に着替えて、思う様木刀を握る。朝稽古も終わり、道場で稽古をする者などいない時間である。

「はぁっ!とぅっ!やぁっ!」

ふるっていると余計な雑念も消えて、ただ体の隅々まで意識がいきわたり始める。どこの筋を使い、どの肉が動くのか、意識しなくても自然に体が動く。
それがまた心地よくて、流れる汗にも構わずに総司は振るい続けた。

「沖田先生!そろそろ一休みなさいませんか?」

大きな声で呼ばれた総司が振り返ると、隊士が一人、道場の入り口に姿を見せていた。そういえばと、腕を下ろした総司は流れる汗を袖口で拭いながら振り返る。

「そうですね。何かありましたか?」
「土方副長がご一緒に昼餉をと申されていますが」
「なるほど。わかりました。着替えてから副長室に向かうと伝えてください」
「承知」

ふう、と隊士が走り去っていったあとの道場を振り返ると、総司は壁に木刀をかけた。いつもなら頃合いを見計らって、セイが手拭いを持って現れる。そして、井戸端で汗を流した後は、隊部屋で皆とわいわいと昼餉をとるのだ。

だが、振り返った道場は広々とした空間だけが広がっていて、妙な気分になる。

「嫌ですねえ。……皆がおかしなことを言うからですかね」

まったく自覚のない総司は、妙に落ち着かないのは隊士達が行っていたせいだということにして道場から井戸端に向かった。途中で、隊部屋に立ち寄ると着替えと手拭いを持って、汗を流す。

もうそろそろ羽織なしでは肌寒いくらいだが、今はそんな感じは全くない。むしろ、体中から湯気が立ち上りそうなところに頭から水をかぶる。てっぺんからつま先までぴんと、身が締まる気がする。

「ふう……。神谷さん、髪を……」

手拭いで濡れた体を拭いながら振り返った総司は、口を開けたまま動きを止めた。

―― そうじゃなくて

思い直して、着物を身に着けると稽古着と濡れた手拭いを持って隊部屋に戻る。そこはセイがいない間を十分に心得ている隊士達である。すぐに近づいてきた小川が着替えと手拭いを引き受けると、山口が総司の肩に乾いた手拭いをかけた。

「沖田先生。副長が腹を空かせて暴れ出しますよ?」
「あははっ。それは大変ですねぇ」
「その前に髪を整えますから早くお行きになってください」

金がなければ互いに髪を結いあげるのも彼らである。手際よく総司の髪を結いなおすと、手拭いを払って、総司に真新しい手拭いと懐紙を差し出した。

「どうもありがとう」
「はい。どうぞごゆっくり」

頷いた総司が隊部屋から出ていく。足音が近づいてくることに気づいた土方は、部屋の中で待ちくたびれていた。