風の行く先 10

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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近くの草原まで来ると、セイを連れて真ん中のふかふかした下草の生えたところに座る。懐からそうっと取り出したのは、柘榴の大きな実だ。

「これ……?」
「柘榴だよ。知らない?」
「はあ……」

藤堂は手拭を広げてばくっと大きく二つに割った。セイの掌の上にバラバラっと柘榴の実をほぐして乗せる。

「種も食べられるっていうけど、俺はこう……ぷっと出しちゃうけどね」

ぽいぽいっと自分の口にも放り込むとしばらくその汁を味わった後、藤堂は種を口から吹き飛ばした。
それを真似してセイも赤い実を口に入れた。そっと舌の先で実を押すと、じゅわっと口の中に酸味のある独特な味が広がる。

「不思議な味……」
「珍しいんだよ」

セイは、ぱらぱらと手拭の上に器用にほぐしている藤堂の手の先をぼんやりとみていた。

「藤堂先生……。私、本当に要らなくなっちゃったみたいです」

セイのつぶやきを、藤堂は黙殺した。黙って、ぱらぱらと柘榴をほぐし続ける。

セイは藤堂にまで見放されたような気がした。セイを好きだといった藤堂も誰も彼もがもうセイの傍にはいてくれない。
どこまでも一人になった気がして、何もかもがもう、どうでもいい気がした。
夕方になって、屯所に戻ったセイは副長室へと戻り、普段通り夕餉の支度にかかった。灯りをつけて、副長室の中を整える。夕餉の膳を給仕しているセイに土方が顔を見ずに告げる。

「神谷」
「はい」
「明日の幹部会でお前の処遇を決める」

びくっとセイの手が止まり、それからため息のように頷いた。

「副長」
「なんだ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

茶碗を差し出したセイに向かって土方はふっと笑った。

「馬鹿。迷惑じゃねぇよ」
「……副長」

―― お前は、自分と自分の周りにいる奴を信じてるか?

土方はそれ以上は何も言わず、セイも何も聞かなかった。ただ、セイの心に不思議な思いが広がった。

―― そうだ。自分がいた時間は確かにそこに在ったのだから

 

翌日、昼過ぎに集められた幹部会でいつものように申し送りが伝えられた後、隊の中の役割が言い渡されて、セイは小姓から外された。
土方が解散を告げて皆が立ち上がりかけたところで土方が総司を呼び止めた。

「沖田」
「はい」
「これで満足か」

近藤さえ眉を顰めて、たった今言い渡された話を問いただそうとする前に、土方が動いた。その会話に、斉藤や藤堂、そして原田や永倉も足を止める。
最後までその場に座っていた総司は、顔をあげた。

「ええ。満足です。副長」
「そうか。ならわかった」

その場で土方はセイを呼ぶように言った。近藤もほかの幹部たちも怪訝な顔のままその場を立ち去れないでいるうちに、セイが現れた。

「神谷です」
「来たか。神谷。お前は本日付で除隊を命ずる」

土方の声が響いて、セイはその場に手をついたままじっと動かなかった。

「土方さん!!」
「歳?!俺はそんなこと認めてないぞ!?」

驚いた藤堂達の叫びと近藤の声が重なった。平然と腕を組んでセイの様子を見ている土方に藤堂が噛みついた。それを無視して土方が立ち上がる。

「ちょっと土方さん?!どういうことさ!神谷が何かしたっての?なんで除隊になるんだよ!!」
「土方歳三!きちんと話を……」

詰め寄った近藤の片腕を土方が押さえた。不意に、その部屋の中で黙って座っていた総司が立ち上がった。

「……?!」

唐突に腕を掴まれて引き起こされたセイの視界が急にぐるりと変わった。
総司がセイの腕を掴んで引っ張り上げると、ここしばらくですっかり軽くなった体を肩の上に担ぎ上げてすたすたと歩きだす。

「ちょ、ちょっと!総司?!」

歩いていく総司の後姿に藤堂が叫んだ。後を追おうとした藤堂の肩を素早く斉藤が掴んだ。

「で?副長。沖田さんは何を考えてるんです?」

藤堂の肩を掴んだ斉藤が、主犯からまずは話せとばかりに土方の顔を見た。腕を組んでいた土方が、にやりと笑う。

「さてな。俺が総司から聞かされたのは神谷を除隊させたいってことだけだが?」
「何それ?!」

斉藤の腕を振り払った藤堂は土方の腕をがっと掴んだ。
それを当然のように受け止めた土方が近藤の方へと振り返った。

「近藤さん。俺達は、総司の事ならガキの頃から知ってる。そして神谷のこともな。そうだろう?だから俺は総司の頼みを聞いた」
「歳……。お前、本当は……?」

他にも何か知っているのではないかという近藤の問いかけに、土方はそれ以上何も言おうとはしなかったが、代わりに斉藤が面白くなさそうな顔で藤堂の肩をもう一度叩いた。

「藤堂さん。つまり、だ。俺達は副長と沖田さんにハメられたらしい」
「それって……どういうこと?総司はどこに行ったわけ?」

藤堂の疑問は、そのままその場にいた者たちの疑問でもあった。

– 続く –