風の行く先 5

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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日が動いて木陰が広くなり始めると、藤堂もセイも起き上がった。夕方には近藤達が戻ってくる。それまでには屯所に戻っておくべきだとどちらも思っていた。

「そろそろ戻りましょうか。藤堂先生」
「そうだね」

弁当の包みや竹の水筒はセイが懐に持った。土手を上がり、屯所へ戻る道すがら、荒れた田んぼの脇でセイが足を止めた。葉のない夏水仙の咲き残りを見かけたのだ。

「藤堂先生、ちょっとだけいいですか?」

淡い大きな花に不似合いな丈夫な茎を、小柄で切り落として手に取る。出張から戻ってきた近藤達の部屋へ飾れば目を休めるだろう。懐紙を広げて切り落とした茎の辺りを包むと花を下げて藤堂に追いつく。

「局長と副長のお部屋に飾ったらいいかなと思いまして」
「いいね。それができるのが神谷だよね」

来た時と同じようにぶらりぶらりとした足取りで屯所に戻ると、藤堂はまたね、と軽く言い置いて隊部屋へと戻っていった。

セイは、礼を言って幹部棟へと向かう。廊下の障子を開け放って、こもった空気を入れ替えると、小さな花生けに長さと整えた花を挿した。

そろそろ日が傾き始めるという頃に、一番隊の山口が先触れに戻ってきた。次々と隊士達が集まってきて、まもなく戻るという近藤達を待ち構える。

お帰りなさいの声とともに、近藤達が戻ってきたことがわかると、セイも急ぎ足で大階段の前へと向かった。
近藤と土方が隊士達に囲まれている後ろで、出張に出ていた一番隊の面々が、残っていた一番隊の隊士達と顔を合わせていた。

「お疲れ様です。沖田先生」
「不在の間、ご苦労様でした。小川さん」

不在の間を任せていた小川やほかのもの達に労いの声をかけながらも総司の目はあちこちへと向けられていた。
出掛けにセイに厳しくしてしまったことは総司も気にしていたので、集まってきた隊士達の顔を見ながらセイの姿を探していたのだ。
ところが、人垣の後ろのほうにいたセイに藤堂が話しかけていたのを見てわずかに総司の目が鋭くなる。

出張から戻ったら、叱った理由も話して仲直りをしようと思っていたのに、帰ってきた自分より藤堂と楽しそうに語らっている。

すぅっと温度の下がった総司の目がセイから離れた。それ以上、藤堂といるところを見ていたら苛立ちが膨れ上がりそうだった。
ぞろぞろと近藤を筆頭に出張っていた者達がそれぞれの部屋へと引き上げていく。総司もほかの隊士達とともに隊部屋へ戻っていった。

総司の様子が不機嫌だからなのか、その日、セイは総司に特別話しかけることもなく、夕餉が終わると皆が布団を敷いているのに合わせて、総司の分もいつの間にか敷かれていたが隣にいるはずのセイの姿はない。
苛立ちを引きずっていた総司はかまうものかとさっさと眠ってしまった。

夜半、うとうとと目を覚ました総司は目の前の床に人がいないのをみて、しばらくはぼんやりと主のいない布団を眺めていた。 徐々に目が覚めてくると、こんな夜中までセイがいないのだとようやく理解して腕を伸ばす。
布団は冷えて、敷かれたときのまま人がいた様子がない。

なぜ、と思いながら総司は布団から抜け出た。

廊下に出た総司はセイを探して初めに道場を覗いた。
一人で夜稽古でもして、気合の入れ直しでもしているのかと思ったが、道場の中にはセイの姿はなく、眉をひそめた総司は、幹部棟へと向かう。

近藤が妾宅へ帰っているために、局長室は人気がなく、セイが副長室にいるということも、可能性としては少ない。
となると、いつもセイが使う小部屋をのぞいたが、そこにもセイの姿はなかった。

「いったいどこに……」

そう思ったところでぱしゃっと水の跳ねる音がした。音のする方へ向かうと、幹部棟の井戸端にしゃがみこんでいる姿がある。

「ああ、もうっ。いい加減止まれ!この涙ってばもう!」

前髪がすっかり濡れて、袖口も色が変わっている。

本当はもっと早くに戻るつもりだった。総司が先に眠った頃を見計らうはずが、ぼんやりと時間が経つのを待っていたらなんだか泣けてきて、しばらくは涙が出るに任せていた。

帰ってきた総司が不機嫌そうにしていても、ずっと冷たかったわけではない。
だが、すごく久しぶりに、藤堂の構いすぎない心地よい優しさに触れて、それが心の底にたまっていた何かを吐き出させてくれた。

すっきりしたと思ったら今度は、どれだけ自分が疲れていたのかと実感してしまい、果てしなく止まらなくなってしまった。
これではまた、朝になったら瞼が腫れて、総司に見咎められてしまう。

何度も井戸水で顔を洗い、ため息をついてはまたじわりと涙が浮かんでくる。もう、自分でもどうしたら止まるのかわからなくなって、何度も顔を洗い続けていた。

「何してるんですか」

背後から聞こえた声にびくっとセイは振り返った。真っ赤な目と、何度も冷たい水で顔を洗ったせいで、白くなってきた頬が夜目に映る。

「あっ、あのっ」

はぁ、と今度は総司がため息をついてセイの襟首を掴み、立ち上がらせる。総司が夜着の袂でセイの顔をぐいぐいと拭った。
拭い終えた顔を総司が斜め上から見つめる。

「何してるんですか」

俯く姿にどちらからともなく溜息がこぼれた。
黙ってセイの腕を掴むと、総司が廊下に上がるために強い力で引っ張っていく。濡れ縁まで連れられてきたセイが庭から上がるところで足を止めた。

先に足をかけた総司が振り返った。苛立ちが掴んだ腕に伝わる。

「上がりなさい」

見下ろした月代と濡れた前髪が揺れた。こんな時間に部屋に戻るのを嫌がるセイに、再び、総司が強く掴んだセイの腕を引いた。
痛むくらい掴まれたその腕に、きり、と唇を噛み締めて抵抗を示す。

「こんな時間にうろうろしていて、明日まともに隊務に向かえますか」
「……放っておいてください」

ようやく口を開いたセイが小さく呟いた。

 

 

– 続く –