風の行く先 6

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

ようやく口を開いたセイの言葉が放っておけというのではあんまりな気がする。総司は疲れと眠気をおして、心配し、探し回ったことも相まって、苛立ったままセイの腕を掴んで濡れ縁まで強引に引き上げた。

「いい加減にしなさい。そんなことで隊務がまともに務まりますか?」
「隊務に支障はきたしません」

俯いて総司の顔を見ようともしないセイに、ますます苛立った総司は何も言わずにセイの腕を掴んだまま隊士棟へと引きずって行った。

途中で何度かあまりの痛さからか、セイが身をよじって逃げようとしたが、総司はがっちりとセイの腕を掴んでいて離しはしなかった。
隊部屋まで来ると、皆を起こさないように抵抗をやめたセイを自分の隣の布団に放り込んで掛布団を片腕でかけた総司は、セイの腕から手首へとつかむ場所を変えた。

跡が付きそうなほどの力でセイの手首を掴むとそのまま、目を閉じた。
ずっと俯いて総司の顔を見ようとしなかったセイは頭まで被せられた布団の中で、再び滲んできた涙をぎゅっと目を瞑ることでなかったことにしようとした。

 

朝方、いくらも眠っていないのに目が覚めたセイは腕に感じた違和感に手を上げようとして思い出した。総司に掴まれた手首はまだそのままで、重い瞼を押し上げたセイが布団をずらして顔を覗かせると、怒った顔の総司と目があった。

「あ」

小さく声を上げたセイの手首にぐぐっと力を入れられて、その痛みにセイが顔を顰めた。

「……っ」

息を飲んだセイが、痛い、とは漏らさないことで、総司は掴んだ手が色を変えているのをしばらく眺めてからようやく手の力を緩めた。

ゆっくりと手を離すと総司が握っていた親指のあたりがすでに赤くなっている。総司の手が開ききる前にセイがぱっと腕を引いた。再び頭の先まで布団にもぐったセイは、掴まれていた手首をさすった。

まだ起床には早いはずなのに、布団越しに起き出した気配がして、セイが顔を出すと隣の布団にはもう総司の姿はなかった。

半身を起こしたセイは手首に残ってしまった痣に手を添えて、布団の上に顔を押し当てる。昨夜からの出来事を、知るつもりもなく気づいてしまった背後の一番隊隊士達は、それぞれに布団越しに視線を交わした。

二人がいなかった間に、出張の間総司がセイのことを気にしていたことも、残されたセイが藤堂に連れ出されたこともそれぞれが会話して知っていた。ほんの少しの差だが、傍から見ている分には掛け違ってしまったことが丸わかりだ。

声をかけるにかけられずに、隊士達は起床の太鼓が鳴るのを皆が息を殺して待った。

それ以来、総司はセイを完全に無視し、セイもあえて総司に近寄ろうとはしなかった。
決して何があったわけではない。ただ、あの夜、セイは久しぶりに解放された気分で好きなだけ泣いて、それを総司には気取られたくなかった。

勝手に総司を好きになって、一喜一憂して、勝手に我儘を言ってしまい怒らせた。

だから、そんな自分を諌めて、いつもの自分に戻るつもりで、総司には知られずにいたかったのだ。だから、一人で涙が止まるまで井戸端に屈みこんでいたし、放っておいてくれと言った。
総司があの夜、なぜ怒っていたのか、セイにはわからない。

筋を痛めるほど掴まれたことも、痣になるほど強くつかまれた手首も。

セイには何もわからないままだった。

隊務は普段通りに淡々とこなされていくが、一番隊には日に日に緊張した空気が流れて行った。今度ばかりは、いつも助け舟を出す斉藤もなかなか手を出しかねているにはわけがある。

「神谷」
「藤堂先生」

これでもう三日目である。
特に長々と何かを話しているわけではなく、他愛ない会話なのもわかっていた。というのも、堂々と藤堂は一番隊の隊部屋に来るとセイに何かを話しかけ、時には菓子の類を置いてすぐに去っていく。

今までも貰い物だとか、何かのついでにと自分たちには不要でも手に入った菓子や、小物などは自然とセイのもとへと集まっていた。
もちろん、自分で馴染の妓へと贈る者もいたが、ほとんどは非番までの数日で忘れてしまったり、日持ちを考えると処分をセイに任せにくる。

それをセイはお里へ譲ったり、近藤や土方に回すなど場合に応じてうまく回していた。藤堂もそれは同じだったが、今の状況ではセイに話しかけるものが限られているだけに余計に目立つ。

「なんだ。まだ元気ないみたいだね」
「そんなことは……。どうかされましたか」
「うん。はい。これ、あげる」

まだ早いだろうに桃が三つばかり入った袋をセイにぽんと渡した。小ぶりなのは、初物に近いからだろう。だが、その香りだけは濃厚で、甘い匂いをさせている。

「あとで総司とでも食べなよ」

にこにこと他意なく接してくる藤堂に、セイは曖昧な笑みを向けた。あれ以来、総司はセイの事を無視したままで、何か隊務であった時も山口達が伝えてくれていなければわからないほどだ。
何度か話しかけようと試みてみたものの、いずれも失敗に終わり、どうしていいかわからないまま時間だけが過ぎていく。

一番隊の他の者たちも、セイに話しかければかけるほど総司が頑なに無視していくことがわかるにつれて、最低限の会話以外、セイには近づかなくなっている。

そんな状態を知らないわけではないだろうが、藤堂もそこには口を出さずにすぐに離れて行った。

「……はぁ」

肩を落としたセイの姿を、離れた幹部棟の端から総司が眺めていた。
これほど離れていれば、話の中身などはわからない。ただ、藤堂に何かもらって嬉しそうに笑っていたようにしか見えずに、総司は眉間に皺を刻んだ。

自分がなぜこんなに苛立ったのか、今ではわかっている。

斉藤ならば覚悟があった。中村だとしても、幾度かその可能性を考えた。
それが現実になろうと、なるまいと可能性の一つとして頭に浮かんではいた。だが、藤堂がこんな形でセイに近づいてくるとは思っていなかったのだ。
否、ほかの誰もが自分とセイの間にこんな風に割り込んでくるとは思っていなかったのだ。

そして、放っておいてくれと、セイに言われたことが一番堪えていた。

いつもなら心配して現れた総司にそんな物言いはしたことがない。強がって、なんでもないということはあっても、すぐに総司にだけは隠し事などせずに、話しかけてきた。

―― 神谷さんが放っておいてくれというなら、もう私には……

総司自身も、どうしていいのかわからないのだ。時間をずらして総司が眠ってからそっと隣に眠るようになった姿に気が付かないはずがない。

眠る間だけ流す涙を、起こさないように指先で拭ったことも。
腕に残った自分の手の跡が消えなければいいと、再び強く握りそうになったことも。

腕を組んで隊士棟の方を眺めていた総司はいよいよ、自分が覚悟を決めなければならなくなったと思った。

 

 

– 続く –