風の行く先 7

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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幹部会の場でいつものように定例の申し送りが行われた後、それぞれの隊長が座を立ち始めた。

「総司」

くいっと顎で土方が残れという。不機嫌そうな顔もぴりぴりした雰囲気も、総司らしくはないと誰もが思い、副長室の外にでても、隊士棟の方へ戻ろうとはしない。
障子の前に原田と永倉、藤堂、それに井上や斉藤まで張り付いている。

「で?」
「で、とはなんでしょうか」
「なんだ、その面はって聞いてんだ。一番隊の隊部屋には誰も近づけないっていう話だが?」
「そんなことはないでしょう」

ぱりぱりと、静電気でも伴いかねない空気に土方がますます渋い顔で腕を組んだ。あくまでこの話には首を突っ込むなと近藤は局長室に追いやられている。

「原因はあれか?神谷と喧嘩でもしたのか?」
「そんなことはありません。ちょうどいい。お願いがあります」

総司が土方に向かって手をついた。眉間に皺を寄せた土方がじろりと総司を見る。

「言ってみろ」
「一番隊から神谷さんを外してください」
「どういうことだ?」
「どうもこうもありません。先日の出張の際も、私の命令に逆らおうとしました。命令が聞けない部下など私はいりません」

腕を組んだまま納得のいかない顔で土方は黙っている。廊下で聞いていた組長格も皆、顔を見合わせた。いったい、この中で何人が納得するだろう。
セイが、というより総司がセイを手放していられると思っている者が何人いるだろうか。

「……本気で言ってるのか?」
「もちろんです。弟離れしろと言われていたのは副長。あなたですよね」
「ああ。そうだ」

廊下で障子に張り付いていた原田と永倉は急に寄り掛かっていた障子が消えて前のめりに倒れ込んだ。

「あ?!」
「なんだ?!」

原田と永倉が張り付いていた障子をあけたのは藤堂だった。唐突に障子をあけた藤堂が副長室の中へと一歩進む。

「じゃあ、うちにもらうよ」

開くと同時に投げ込まれた声に土方と総司が顔を上げる。当然納得がいかないのは藤堂も同じだ。

「ちゃんと説明しない総司の責任放棄だろう?なら、うちがもらうよ」

一度、セイを預かったうえで結局、一番隊へ戻すことになった斉藤は土方に負けないくらい難しい顔でそれを見ている。

「それはどうでしょう。藤堂さんがそれでいいなら構いませんけど、根本的にあの人は隊には不要でしょう」

藤堂から視線を外し、まっすぐに正面を見た総司は淡々と言い返す。
膝の上に置いた手が不自然なまでに握りこまれていることは自覚がないらしいが、藤堂と土方はその手をちらりと眺めて視線を交わした。

目線でのやり取りから先に口を開く権利を得た藤堂が一歩進み出る。

「それは総司が決めることじゃないだろ。ねえ、土方さん」

どうなの?と向けた顔は、どうなのか、よりもどうする気なのかと問いかけている。開いた障子から原田達が見守る中、土方はため息をついた。

「……そうだな。それを決めるのはお前じゃない。総司。だが、部下の面倒を見てきた組長の意見として聞いておこう」

部屋の中の二人を置いて、土方は廊下へ出た。足元にごろごろと転がっている隊長格をじろりと見降ろしたが、彼らには何も言わずに隊士棟の方へと声を上げた。

「誰か!神谷を呼べ」

張り上げた声は隊士棟の一番手前にある一番隊の隊部屋にも届く。セイがその声を聞いて、急いで現れた。廊下に這いつくばっている原田達に驚きながらも、副長室の前に来たセイを土方がくいっと部屋の中へと呼んだ。

セイが副長室に入ると、原田達の目の前で土方は障子を閉める。

「うわっ、なんだよ。ケチくせぇ」

思わず原田が呟くと、再び障子が開いて、土方がその頭に拳骨を落とした。がつん、と重い音が響いて、勢いで舌を噛んだ原田が転がると、すぐに障子がしまる。

「さて」

障子を背にした土方が、その場にいる者たちを見た。不安げに座ったセイが土方を見上げる。

「神谷」
「はい」
「総司がお前を一番隊から外せと言ってきた。お前はそれに心当たりがあるか」

はっと顔を上げたセイが唇を噛み締めてじりじりとその場の空気に押されるように顔を下げていく。

何が総司の気に障ったのだろう。
連れて行ってくれと願ったことだろうか、夜半に部屋を抜け出していたことだろうか。

どれも思い浮かび、どれも違うような気がする。
答えに困ったセイと、それを見て肩をすくめた藤堂を前に土方が頷いた。

「もういい。わかった。神谷は当面、俺の小姓へ戻れ。以上だ」

土方の言葉を聞いて、総司は目を閉じて息を吸い込んだ。
そして、何も言わずに立ち上がるとそのまま副長室を出ていく。藤堂はそのあとを追うように副長室から姿を消した。開け放たれたままの障子からは原田達、隊長格が心配気に廊下の向こうへ消えた二人と部屋の中を見比べている。

ひとり副長室に残されたセイは手をついてわかりました、と消え入るような声で答えた。
総司に追いつこうとした藤堂は追いついてきた斉藤に止められた。

「藤堂さん」
「何?」
「あんた何考えてる?」

総司を追っていた藤堂は、振り返るつもりなどなかったが呼び止めた斉藤の声を聞いて立ち止まった。

「斉藤さんこそなんでそれを気にするのさ?」

振り返った藤堂は、黙ったままの斉藤を見て肩を竦めると再び歩き出した。もう一度、斉藤が藤堂の肩を掴む。

「何?!」
「藤堂さん。あんたが何を考えているのかは知らんが……」

真顔で呼び止めた斉藤が、微妙な間を開けて続けた。

「沖田さんは野暮天王だ」
「……ぶっ」

それを聞いた藤堂が一瞬の間を開けて吹きだした。

 

– 続く –