風の行く先 8

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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初めは総司に追いついて、何を言うのだと喧嘩を売るつもりだった藤堂は斉藤の一言で笑い出した。

「それ、……確かに!俺、忘れてたかも」
「うむ。もしやそうかもしれんと思ってな」

確かに斉藤の言う通り、藤堂は総司が野暮天王だということは失念していた。野暮天王でなければ、とうにこんな事態にはなっていないはずだ。

「そっか。そうだね。斉藤さん、さすがだ。もしかして斉藤さんもそうなの?」
「そう、とは?」
「うん。神谷の事好きなのかと思って」

あまりにあっさりと口に出されたことに斉藤の方が固まった。ぴしっと動かなくなった斉藤にからからと笑った。

「なーんだそうなんだ。へーえ」
「いや、藤堂さん……」
「あ、気にしなくてもいいよ。俺、気にしてないから」

―― 気にするとか気にしないとかそういう問題なのだろうか

石になった斉藤が脳裏でそんな反論を唱えている間に藤堂はすたすたと歩いて行ってしまった。

「俺よりも……手強いかもしれんぞ。沖田さん」

ぼそりと思わず口から出てしまった呟きを口を押えて、苦虫を噛み潰した斉藤はがっくりと肩を落とした。

 

 

のろのろと一番隊の隊部屋から行李を運んできたセイを見て、土方が押入れの一角を明け渡した。

「すみません。ありがとうございます」
「いや……。お前、本当に総司を怒らせたことの心当たりがないのか?」
「……すみません」

心当たりというならこれまでも怒らせて当然のことがたくさんあって、それでもこんなことは一度としてなかっただけに、本当にセイには理由がわからなかった。
しょんぼりとうな垂れたセイをみて土方はぽんと、セイの頭に手を置いた。

「いや。まあいい。当面、ほとぼりが冷めるまでお前はここでおとなしくしていろ」
「わかりました」

土方にも理由がわからないことにはどうしようもなかった。セイが隊に不要だとまで言い出すにはわけがあるのだろうが、それを聞き出さないことにはなんとも仕様がない。
働きだけをとってみれば、問題を起こすことも多いが十分にセイは結果を出してきている。

「お茶、入れてきます」

どっぷりと落ち込んだまま、副長室からセイが出て行くと土方は腕を組んで隊士名の並んだものに目を落とした。

「さて……な」

一度はあれほどセイに執心し、土方が衆道を疑ったほどセイをかわいがっていた、総司の手のひらを返したような態度にどんな理由があるのかと思う。

セイの方は変わらずに総司を慕っているように見えるところから、野暮天同士の仲違いのようにも思えた。一番隊の隊士を締め上げて吐かせた話もそうとしか思えないが、果たしてこれを修復させるべきか、このままにしておくべきかも悩みどころだった。

総司の態度は一番隊だけでなく、立場からしてもその動きは隊にも影響が大きい。

そう思うと、一時の不安定さは仕方がないとしても、このままセイを引き離したほうがいいようにも思える。

「ったく……、面倒くせぇ」

大事な弟分の悩ましい状況に土方は、舌打ちをした。

 

賄いに茶を入れに向かったセイは一番隊の隊部屋の前を背を丸めて、まるで姿を隠すように通り過ぎようとした。

「神谷、おい、神谷」

隊部屋の中から山口たちが手招きしている。怯えたような顔を向けたセイに小声で隊士達が呼んだ。

「大丈夫だ。今は、沖田先生いないから」

ほっとしてセイが近づくと、一番隊の隊士達が一斉にセイを取り囲んだ。

「大丈夫だぞ!神谷。先生のあれはきっと今だけ何か機嫌が悪いからなんだからな」
「そうだぞ。出張の間だって、お前にきつく当たっておいてきたこと、あの人、本当はすんごく気にしてたんだからな!」

握りこぶしを固めて頷く隊士達に、セイは力なく頷いた。

「ごめんね。皆、心配かけて……。でも、今度こそ本当に先生に愛想つかされちゃったんじゃないかと思うんだよね。だって、こんなに長いこと無視されたこともなかったし、隊には不要だとまで言われちゃったしさ」

言いながらセイの目にじわりと浮かぶ涙に、隊士達が慌てた。

「なっ!泣くな!神谷!」
「そうだよ!お前が隊に不要だなんて誰も思ってないぞ!」
「仮に沖田先生がそう言っても俺達が局長に直訴してでも止めてやるからな!」

ありがとう、と泣き笑いの顔でセイは礼を言うと賄いへと向かった。

それからしばらく、総司は最低限の報告を除いて副長室へは近寄らなかった。それだけでなく、空いた時間は極力屯所にいないようにしているように見える位だ。

「どうするつもりだ?歳」
「どうもこうもねぇだろ。仮にも一番隊の組長が不要だって言ってる隊士をそのまま置いとくわけにもなぁ」

休暇を願い出たセイに許可を与えて、近藤と二人だけになったところで近藤は困りきった顔をしていた。
一番隊からセイが外れた後、着々とセイがいなくても問題ないように隊の中の役割を整えた総司は、ほかの部署でも関わりのないセイがこれまでの様に手伝うことに異議を唱えた。

そもそも、手伝いが必要なら人手を増やせばよく、それをしないのは職務怠慢であるという総司の主張は、もっともなことで、確かに不足だという部署には人手を増やすことにして、実質今では土方の小姓という仕事以外にセイができる仕事はなくなっていた。

そして、いよいよ土方にどうしても小姓が必要なのか、という無言の問いかけをするようになってきている。

「総司はあれだけかわいがってきた神谷君を本気で隊から辞めさせる気だと思うか?」
「まあ、ここまでやつがきっちりと外堀を詰めてきたからにはそうなんだろうなぁ」
「しかし、神谷君にはこれまでも十分な働きをしてきてくれたことだし、お前だって神谷君がいないと困るだろう?」

セイを評価してきた近藤はそう口にしたが、土方はきれいにそりあげた顎を撫でた。

「そうはいってもなぁ。確かに奴は気がまわるが、今までも何かと問題を引き起こして来ただろう?多少、気が利かない奴でも他に小姓の変わりはいくらでもいるからな」
「じゃあ、本当に辞めさせる気か?」

心配から徐々に憤慨という顔になった近藤に、涼しい顔で土方は答えた。

「そうだな。他の隊でも引き取り手がなかったらそうなるだろうな」
「それなら斉藤君の所だって平助の所だって手を上げるだろう?」
「そりゃ、神谷だからだろ。別に隊士が足りてねぇわけじゃないしな」

―― まあ、本当にいざとなったら考えるさ

土方はそう呟いた。

 

– 続く –