風の行く先 9

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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その頃、休暇を得たセイがお里の元にいた。セイが来て正坊を八木家へと連れて行った帰りに、セイが好きな柚子餅を買ってお里が戻ってくる。

「あんなぁ。おセイちゃん」

茶を入れながら、おずおずとお里が口を開いた。気遣わしげにセイを見たお里はここ数日に気がかりがどうやら本当らしいのではと思って、きれいな顔を曇らせていた。

「その……、この前沖田先生がここに来てな。おセイちゃんの手当てがなくなっても食べていけるかって聞かれたんよ」

ぼーっとしていたセイは、まるで熱い湯にでも誤って触れてしまったように跳ね上がった。

「ど……、どういうこと?!お里さん!」
「うちにもよくわからんのやけどなぁ。その……仮に、おセイちゃんが隊を辞めはったら、どのくらいあったら食べていけるのか、とか、正坊とふたりでやっていけるのかとか、色々……。理由はいくら聞いても教えてくれなかったんやけど、なにかあったん?」

それを聞いたセイは途中からぼろぼろと泣き出した。

「おセイちゃん?!」
「お里さん、もう駄目だぁ……」

笑いながら大粒の涙を流すセイにお里が慌てた。

「もう、本当に沖田先生に愛想尽かされちゃったみたい……」

セイから話を聞いたお里がその顔を歪ませて怒り出した。

「そんなっ!そないなことって!!」

まさか、まさかと思っていた。セイが隊を辞めるなんてことはありえないだろうと思っていたが、その時どうするのかと問われれば、セイに頼らずともやっていけるのも事実のため、そのまま素直に答えた。
今では長唄も三味線もそれなりに弟子もいて、正坊と二人なら贅沢をしなくても食べていける。

それがセイを隊から辞めさせることを後押しすることになってしまうとは思ってもいなかった。

「あんまりやないの!!」
「いいんだよ。お里さん。私が悪いんだ。今まで何度も何度も先生を怒らせたり、困らせたりしてきてさ。何度も隊を辞めろって言われてきたのに、ずるずる甘えてた私が悪いんだ」
「そんな……っ、だって、おセイちゃんは精一杯、お仕事にも励んでたやないの!」

不覚にもセイを慰めようとするお里の方が憤りに涙を浮かべてしまった。
セイがどれだけがんばってきたか、総司の次にわかるのはお里なのだ。こうして休暇をとってこれるのはたったの三日でしかなく、体調が悪いときは蒼白な顔に冷や汗を浮かべて、それでも重い刀を手にし、厳しい稽古をこなし、激務に耐えてきた。

それも一重に総司の傍にいるためだと思えばこそ、それだけセイが命がけで総司を想っているのだと思えばこそ、お里もできる限り手助けをしてきた。

なのに、それがこんな形で終わりを告げることになるとは思いもよらなかった。

「お里さん。ごめんねぇ……」

泣きながらセイは、お里に詫びた。
セイにしても、これまで自分のわがままのために、お里に苦労をかけてきた。もちろん、花街にいたときよりはよいのだろうが、姉とも慕うお里にも何くれとなく、面倒をかけてきたことは事実だ。

「ごめん。ごめんね。お里さん。今までたくさん、たくさん助けてくれて、応援してくれたのに、本当にごめんね」
「阿呆っ……。おセイちゃんが謝ることなんかっ」

お里とセイはそのままひしっと抱き合って、涙が枯れるまで泣いた。

彼らは並の男達ではない。
新撰組という場所で、常に戦い続け、いつ死ぬともわからない場に身を置いている。しかもそれは敵と戦うだけでなく、山南のように、口には出せない事情を抱えて死に行くものもいるのだ。

それを十二分に身に染みている二人だからこそ、セイが隊に残ることの意味を、辛くても想う人の隣にあり続けることの意味を幾度も考えてきた。

「お里さん。私、それでも今まで幸せだったよ。この何年か、本当だったら有り得なかった時間をたくさん過ごせたもん。沖田先生だけじゃなくて、一番隊の皆も、局長も副長も先生方も……」

泣き疲れたセイの零した言葉にお里は黙って、横になったセイの額を撫でた。

ずっと辛い思いをしてきたセイにどうか幸せになってほしいと願うのは罪だろうか。
お里は唇を噛み締めて、せめてセイが隊にいられる残りの時間、心惑うことなく過ごせるようにしようと心に決めた。

 

セイが休暇を終えて、屯所に戻ったとき、巡察に出て行く一番隊とすれ違った。はっと、道の脇によけたセイは、一瞬、総司の目がセイを捉えていたことを気がつかなかった。
心配そうな顔を向ける隊士達に頭を下げて見送ったセイは、その場で膝から崩れ落ちそうな気がした。

ぐいっと肩を支える手がよろめいたセイを支える。

「あ……」
「しょうがないなぁ」
「藤堂先生……」

セイの顔色が悪いのを見て、眉をひそめたものの休暇明けで屯所に戻るところなのはすぐにわかった。
セイをしっかりと立たせると、その手を引いて屯所へと戻る。副長室までセイを送ると、ぽん、と肩を叩いて去って行った。

―― もう少し力を抜きなよ?

藤堂の囁きに頷いたセイが副長室の中へと声をかけた。

「副長、神谷です」

声をかけてから一拍をおいて障子を開く。セイがいない間に、ほかの平隊士が土方の手伝いをしていた。その隊士がセイに向かって軽く頭を下げる。

「ただいま戻りました。休暇、ありがとうございました」
「ああ。夕方までゆっくりしていていいぞ。お前がいない間に荒木に仕事は頼んだ」

まるで、それはセイがいない時でも事足りるのだと言われたような衝撃があった。
今までそんなことはなかったのに、土方までもセイのことを不要だと言っているようで、ぎゅっと心臓をわし掴みにされたような気がする。
震える喉からうまく声が出せなくて、セイは手をついて障子を閉めた。

廊下に座ったまま、セイは動くことができなかった。
どこかほかの手伝いをすることも今はなくなった。小姓の仕事も今日はいいと言われた。

あとはどこに行けばいいのだろう。
本当にどこにも居場所がなくなってしまったのだろうか。

隊部屋に戻ったはずの藤堂がひょこっと幹部棟の廊下の端に現れて、にこにことセイに向かって手招きする。初めは俯いていて、気づかなかったが徐々に頭を下げて低い場所からひらひらと手を振る姿がセイの目に入った。

「あ……」

どうせぼんやりしていても仕方がない。セイはのろのろと立ち上がると藤堂の元へと歩き出した。セイが近くまで来ると、藤堂が声を潜めて懐のふくらみを見せた。

「神谷、暇ならちょっと付き合いなよ。いいものあるんだ」

そういうと、セイの手を引いて屯所の裏門から表に出た。今のセイには屯所のどこにいても居場所がないことを藤堂もわかっている。
 

– 続く –