予兆 3

〜はじめのつぶやき〜
あらしの前なのでございます。

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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三月も産み月には早いという千野は、大量に出血をしたが、セイと駆けつけた医師、産婆の尽力で何とか一命を取り留めた。赤子も弱々しい泣き声だったが、なんとか無事に産み落とされた。

部屋の周囲で気をもんでいた坂上家の屋敷の者達が歓声を上げた。

残りは産婆と医師に任せると、坂上家の者に挨拶をしてセイは手回りの品と、薬籠と整えた。小者を先に屯所へと返していたセイは、迎えが来たという声に顔を上げる。

「沖田先生」
「ご苦労様。出られますか?」

こくりと頷いたセイを連れて、総司が坂上家の者へと礼を言い、屯所へと歩き始めた。門を出るとすぐにセイの荷物へと手を伸ばした総司が引き受ける。

その横顔に苛立ちが滲んでいるように感じたが、セイは何も言わなかった。セイを気遣ってゆっくりと歩きながら、総司も何も言わなかった。
屯所の門をくぐると、隊士達があちこちから飛び出してくる。

「神谷!無事だったか!」
「神谷さん!ご無事で何よりです」

次々と声をかけてくる隊士達に、心配をかけてすみません、と詫びながら総司に続いて幹部棟へと向かった。先に立った総司が局長室の前で声をかけた。

「総司です。戻りました」

まだ声をかけたばかりなのに、内側から勢いよく障子が開いて、永倉が飛び出してくる。

「神谷!!無事か!?」
「永倉先生。傍につけて下さった隊士が先に戻りましたでしょうに」
「馬っ鹿野郎!!あいつら帰ったからってお前が無事に戻るまではっ」

へなへなとしゃがみこんだ永倉の肩を総司が苦笑いを浮かべて軽く叩いた。つられる様に局長室へと入ったところで、セイもそのあとに続く。

「神谷君!君に何もなくてよかったよ!!」

無事だとは聞いていたが、それでも近藤が中腰になってセイを迎え入れた。部屋の中に座ったセイが、手をつこうとするのを近藤が止めた。そのままで、という近藤に礼を言って、セイがゆったりと座った。

「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。私はどうということもなかったのですが、連れ去られそうになった女子の手当てに手間取りまして……」

おおよその経緯や、状況はすでに報告されている。秋津家からも中津という襲われた妻女の夫君からも素早いことに、手厚い礼が届いている。また、坂上家からも労いの言葉が届けられていた。

「うむ。話は聞いているよ。攫われそうになった妻女も赤子もどうやら無事らしくてよかったなぁ」

しみじみという近藤に部屋に集まっていた原田や永倉達が頷いた。腕を組んでいた土方は、セイに向かって苦々しい顔を向けた。

「お前……」
「はい?」
「あの先に戻った奴らから聞いたんだが!曲者を捕まえようとした奴らの邪魔をして、敵の目の前に突っ込んで行って、妻女をかばったってのは本当か」
「そんなことありませんよ」

しれっと視線を外したセイにちっと舌打ちをした土方がずいっと身を乗り出すと、セイの額をばちっと指先で弾いた。

「いっ!!!……ったぁ……。暴力反対……」
「お前が懲りないからだろうが!!総司!」

黙ってセイの傍に座っていた総司が片眉を上げた。
過保護で心配症な総司が黙っているので、その分もと口を開きかけた土方はセイの顔を見ているうちに、眉間に皺を寄せて再び座り込んだ。

「土方さん?なんですよぅ、言いかけておいて」
「……総司。こいつを診療所に連れて行って、今夜は屯所に泊まれ。夕餉もまだだろう。賄の者には言ってある。さっさと連れていけ」
「……わかりました」

ふっと笑った総司が立ち上がった。セイが立ち上がった総司と、近藤と、土方の顔を順繰りに眺める。
近藤がはっと何かに気付いて、頷いた。

「もちろん。構わんよ。すぐに休んでくれ。済まなかったなぁ。疲れてるのに無理させて」
「そんなことありません。ご報告が遅くなって申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。ゆっくり休んでまた明日聞かせてくれるかな?」
「はい。それではお言葉に甘えて……」

大きくなった腹のために、畳に手をついて立ち上がるのを総司が手を貸す。すみません、といって、総司の手に掴まって立ち上がったセイは、頭を下げると総司とともに局長室から出た。

屯所に戻った時に、セイの荷物は待ち受けていた小者に預けてあった。診療所へむかうのも、やはり、ゆっくりと歩いてセイが顔を見せると、小者たちが心配そうに集まってきた。

「沖田先生!」
「神谷さん、大丈夫ですか?夕餉、まだですよね?」

皆に大丈夫だと頷いていたセイの顔が徐々に強張ってきたのをみて、総司がぽん、とセイの肩に手を置いた。

「私の我慢もそろそろ限界ですよ。神谷さん」
「え?……ひゃっ」

セイが何か言う前に総司がセイを横抱きにして抱え上げた。

「すみませんが、どなたか、小部屋に床を敷いてもらえますか?それから賄から夕餉をいただいてきてくださると助かります」
「わかりました!沖田先生。すぐに!」

ぱっと小者達が一斉に動いた。ある者は賄へと駆けていき、ある者は小部屋へと急ぐ。またある者は賄から熱い湯を鉄瓶にもらってきて、少しだけ手桶へと注ぐ。
その中に、夕餉の膳に使った柚子の皮や搾りかすを手拭にくるんで放り込んだ。

それを小部屋の中に置くと、柑橘系の香りが小部屋に広がる。

青ざめたセイを抱えた総司がゆっくりと小部屋に向かうと、小者達が部屋を整えてくれた。床の下には座布団を丸めてはさんでおり、少しだけ体を起こせるようにしてあった。

「お待たせしました!沖田先生」
「ありがとう。あとは私が見ますから」
「はい!お邪魔いたしました!」

すぐに夕餉の膳も運ばれてきて、後を頼むといって小者達は下がって行く。セイを床の上に横にならせると、総司はその頬に手を当てた。

「無理のし過ぎですよ。……セイ」
「ごめんなさい。ちょっとお腹が張っているだけで……」

いつもより顔色が悪く、腹が張っていると言ったセイはつらいのか横向きになってされるがままに体を預けている。今度こそはっきりと不機嫌をその顔に隠しもせずに、総司がセイの顔を覗き込んだ。

「言っておきますけど。怒ってますからね?」

上目づかいに総司を見たセイは、もう一度詫びた。

「ごめんなさい。だって……、放っておけなかったんです」
「それもわかってます。ゆっくりでいいからちゃんと教えてください」

怒りだけではなく、真顔になった総司はセイの枕元できちんと座りなおした。

 

 

– 続く –