予兆 4

〜はじめのつぶやき〜
あらしの前なのでございます。

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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「すぐに食べられますか?」
「……少し、休んでからいただきます」
「そんなに辛いならもっと早く言ってくれればいいのに」

めっ、と眉間に皺を寄せた総司にセイが小さく謝る。

「ごめんなさい。怒らないでください」
「なら大人しくしてくださいよ」

ため息をついた総司はとりあえず鉄瓶の湯で茶を淹れた。湯呑を傍に置いて総司は羽織を脱いだ。

「それで、何があったんですか?」
「?だって、報告聞いたって……」
「あのね……。貴女と違って、普通の、それも新人隊士の話ですよ?どこまで信じられるっていうんですか」

じわっと少しだけセイの顔に笑みが浮かんだ。少しして、ぺろっと舌を出したセイがふう、と息を吐いた。

「……いつものように出かけるたびに一緒についてきてくださることはないって毎回言ってるのに、今回も永倉先生が駄目だっておっしゃって。それで、新人の隊士二人が一緒に」
「正式な配属はまだなんですけどね。彼らが問題でも?」
「ええ。新しい方なので私の事はあんまりご存じないみたいで、当然ですけど、快くは思ってくださってなかったみたいだったんです。それで、なるべく早く帰ろうとしたんです」

そこで起こったことを総司に言うには、新人隊士二人がかわいそうな気がして言葉を濁す。しかし、すぐに思い直してセイは隊士達の怪我の様子と妻女の状況を説明した。

セイの枕元でそれを聞いていた総司は眉間の皺が深くなる。セイや自分達の事情を知らないのはそれとして隊士達は鍛えなおすべきだと思う。

「そういう時は、無理をしないで屯所に走らせればよかったんですよ。そんな体で彼らよりも早く奴らのところに行くなんて無茶が過ぎますよ」
「そん……なに早くはないですよ?ちょっとだけです、ちょっと」

視線をさまよわせたセイに総司は苦笑いを浮かべた。何を言ってもセイが新人隊士に後れを取るとは思えない。まして、自分が育てたセイだ。

「相手の様子は?」
「それが、どこかの武家の者らしい姿で、皆羽織もきちんとした着物を着ていました。揃った頭巾をかぶっていましたが、そんなに腕が立ちそうな感じじゃなかったです」
「どこかの家中の者……?」

何か知っているのか、総司は口の中でセイの言葉を繰り返すとしばらく考え込んでいた。セイは、自分が知らされていないことがあると、わかっても今は待つことができる。
そこから先のことを話そうとはしない総司に、セイはゆっくりと体を起こした。

「夕餉、少しいただいてもいいですか?」
「ええ。もちろん」

すぐにいつもの総司に戻ると、セイの前に膳を差し出した。先ほど入れておいた茶を膳に乗せると、温くなっていたが、それはそれで飲みやすいとセイが手を伸ばした。

「んっ」

湯呑に口をつけたセイが、片手をお腹にあてた。千野よりはまだだが、だいぶお腹の中で動くようになってきている。

「どうしました?大丈夫ですか?!」

慌てた総司に、セイがふふっと笑って手を差し出した。疑問符を顔いっぱいに浮かべた総司がセイの手に手を重ねると、その手を引いて腹にあてた。

総司の手に着物越しにぴく、と動きが伝わる。

「?!」
「えへへ。なかなか機会がなかったけど、ちょうどよかったですね」
「あっ、あの」

少しずつ動くようになってはいたが、夜になれば腹の赤子の動きも少なくなる。屯所にいる間はいくら動いても、それを総司にわざわざ知らせることなどできなくて、総司に少しだけ話してはいたが直に触れてほしかった。

「総司様?」
「あ、そのっ……」

他のどんな時よりも総司が狼狽えて、それでもセイから手を離すこともできなくておろおろとする総司にセイがくすくすと笑って手を離す。

「そんな狼狽えなくても」
「だ、だって……あの」
「はい?」
「その、気を付けますから、あの」

ふわっと床の上に座っているセイが総司の腕に包み込まれた。セイが苦しくないようにと思ったが、どうしても我慢できなくてセイを抱きしめた。

「苦しく、ないですか?」
「はい」
「なら、少しだけこうしていてもいいですか?」

不器用な総司の言い方にセイがくすくすと笑う。セイの首筋にそうっと唇を押し当てた。

「ちょ、総司様っ」
「少しだけ……」
「~~~っ」
「だって、すごく、すごく心配してたんですもん」

―― そして、すごくすごく、嬉しいんですよ

そんな総司にゆっくりとセイは寄り掛かった。

「ごめんなさい」
「お願いですから、これ以上心配させないでくださいね」

ゆっくりとセイから離れた総司がセイの背後に回って、セイが寄り掛かりやすいようにするとその肩口に頭を乗せた。

「さ。食べて」
「沖田先生……。ものすごーく、食べにくいです」
「じゃあ、食べさせてあげましょうか」
「そうじゃなくて」

振り返ったセイに軽くちゅっと口づけて総司が笑った。つられたセイが笑い出すと、ゆっくりと夕餉に箸をつけた。食べ終えたセイが横になっても、総司はいつものように一緒に横になることはなかった。それを当然のように受け取ったセイが話しかける。

「沖田先生?」
「はい?」
「大丈夫ですよ。副長のところでもなんでも行ってきてください」

見上げてきたセイに、総司は首を振った。以前ならまだしも、あれ以来、夜間にいくら屯所とはいえセイを一人にすることはほとんどない。

「明日でも大丈夫ですよ」
「でも……」
「このところ、市中で武家の妻女や娘が攫われてるという話があるんですよ。だからそれと同じ相手かもしれないと思っただけです」

どうせ黙っていても耳に入るだろうし、余計な心配をかけるよりはいい。

そんな総司の気持ちはセイにも伝わったらしい。横になるとどっと疲れを感じたセイは、総司に片手を預けて目を閉じた。

 

 

 

– 続く –