予兆 5

〜はじめのつぶやき〜
え?ここで終わり?と思われるでしょうが、“予兆”ですから終わりですw

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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翌朝、状況を聞いた近藤と土方はすぐ市中見廻りの強化を決めた。
ここしばらく市中での不穏な噂が本当だったことが、今回で証明されたわけである。

「そんな話が合ったんだったら教えてください!副長」
「そんな話があったんだって教えたらお前の事だから、わざわざ出ていきかねないだろ!!」

朝餉を取った後、セイが局長室へと再び報告に来ていた。総司がセイの代わりに聞き取ったことを報告すると、憮然とした土方に向かってセイが噛みついた。
呆れるほど息の合った二人の言い合いに近藤が頬をぽりぽりと掻いて止めに入った。

「まあまあ。歳も神谷君も落ち着いて」
「相変わらず仲良しさんですねぇ。土方さんと神谷さん」

呑気な声を上げた総司をぐるん、と土方とセイが同時に振り返った。

「「仲良しさんじゃねぇ(ありません)!!」」
「ほーら。なんだか妬けますねぇ」
「沖田先生?!」

あはは、と笑いながら総司は稽古だと言って局長室を出て行った。笑っている割にはっきりと不機嫌になった総司は、件の新人隊士を全体稽古の中でこれでもかというくらい叩きのめした。

報告を終えたセイは診療所に戻るといつも通り仕事を始めた。

「本当に大丈夫ですか?神谷さん」
「もちろん。ちょっと疲れて昨日は休んだだけですから」

それでもゆっくりと動いて、いつもよりも時間をかけて一つ一つの仕事をこなしていく。しばらくは様子を見に幹部たちが入れ替わり立ち代りで診療所に現れていた。

夕方、わざわざ外を回って診療所の小部屋に黒い影が現れた。早めに小部屋に引き上げて一休みしていたセイが文机から顔を上げた。

「ちょっといいか」
「副長。どうしたんですか?わざわざ」

のっそりと小部屋に現れた土方が周りを気にしながら部屋を覗き込んだ。

「総司はいないのか?」
「こんな早くにいらっしゃいませんよ」

くすっと笑ったセイに照れくさいのかセイの顔を見ないようにして土方が部屋の中へと入ってきた。文机から向き直ったセイの前に土方が屈みこんだ。

「副長?」
「まあ、なんだ。その、お前、具合大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。まだ産み月までは間がありますし、ちょっと疲れただけで大したことはありません」
「そうか。ならいい」

あからさまにほっと息をついた土方にセイが、ぽかんと口を開けた。ここしばらくは仕事以外では口も利かなかった土方が、わざわざ診療所までやってきてこんなことを言うなんて。笑いをこらえたセイが、思わず口を開いた。

「副長。らしくないです……」
「う、うるせぇ!」

そっぽを向いて照れくさそうにしている懐から、手の平に握れる位の何かを取り出した。ちりん、と鈴が鳴る。差し出された手を両手で受け止めると、セイの手の上に、竹で編んだ丸いものに鈴が入っているものが二つほど転がった。

「この前、ちょっと見かけたんだ。まだ早いのはわかってたんだが、なんとなく、な」

―― だから、頼むから無理をしないでくれ

去り際にそう言って、土方がそそくさと小部屋から出て行った。呆気にとられていたセイは、手の上で転がる鈴に笑い出した。

 

総司と共に、夕刻、家に戻ったセイは部屋の棚の上に土方からもらった鈴を置く。総司がちらりとそれを見て問いかけた。

「どうしたんです?それ」
「あ、これ。副長に頂いたんです。らしくないですよね」
「土方さんが?」

セイは、持って帰ってきた手荷物を片付けながらくすくすと笑っていた。その背後で総司が鈴を指でつついて転がした。ちりりん、と鳴る鈴の音を聞きながらセイは着替えを洗い桶に持って行く。そして、持って帰った書き物を持って部屋に戻ると、総司が鈴を前にじっと立っていた。

「総司様?」
「……ほんとにらしくないな」
「え?」
「いいえ、なんでも」

にこっと笑って振り返った総司は手に持ったままだった刀を刀掛けに置いた。

「ね、セイ。明日、本当は非番のはずだったんですが、ちょっと見廻りの強化になったので、私も出なくちゃいけないんです」
「ごめんなさい。私が余計なこと」
「神谷さん。市中の治安と貴女の事は別な話ですよ」

つい、自分が迷惑をかけたと思いがちなセイを総司が冷静に諌めた。恥じ入ったセイが申し訳ありません、と膝をつく。羽織を脱いだ総司は、一人で着替えを始めた。総司が脱いだ着物をセイが受け取って畳んでいく。

「貴女はどうします?一緒に屯所にいきますか?非番は非番だから小部屋でゆっくりしていてもいいと思いますけど」

来ても来なくてもどちらでもいいという総司にセイは少し考えてから総司を見上げた。

「屯所に行けば仕事もありますけど、家のこともあるのでよろしければ、私は家にいようと思います」

よろしいですか?と聞いたセイに、総司は頷いた。屯所にいてくれればそれはそれで安心だが、小さな悋気の火種を抱えた総司はどこかほっとした笑顔を向けた。

「かまいませんよ。貴女がゆっくりしてくれるなら私も嬉しいですしね」
「ご心配かけて申し訳ありません」
「ああ、もう!謝るくらいなら次はなしにしてくださいね。でないと」

長着に着替えて帯を締めた総司が屈みこんだ。

「謝れないようにしちゃいますよ?」

セイの口を指先で塞いで見せた総司に、セイが恨めしそうな視線を向ける。総司が急にこんなことを言い出した理由に思い当たったのだ。
セイは、頬を膨らませて畳み終えた着物を総司にぐいっと押し付けた。

「総司様。明日は、屯所にお泊りになっても構いませんから!」
「えぇ?!」
「だって、また意地悪い顔になってますもん」

腹に手を当てたセイがゆっくり立ち上がった。母に同意するかのようにセイのお腹の中で赤子が暴れている。

「ねぇ。父上はやきもち焼きさんですねぇ」
「……セイ」
「総司様、わかりやすいですよ?」

べっ、と舌を出して見せたセイが夕餉の支度をするために台所へと向かった。ポリポリと頭を掻いた総司は棚の上に置いてある鈴をもう一度つついた。
 

 

– おわり –