威嚇

〜はじめのお詫び〜
UPし損ねた黒の代わりの黒でございます。
BGM:氷室 京介 JEALOUSYを眠らせて
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新参だった池田という隊士の処分から、総司は何かを考えているようだった。口には出さないまでも、時折、診療所に顔を出す様子を見ていればなんとなく分かる。
ただ、何を考えているのかまでは分からないし、セイも仕事に関することかとあえて問いかけなかった。

副長室に呼ばれた総司は、土方から大阪出張を言い渡された。

「局長の供だ。一番隊は大阪に行ってこい」
「はあ」
「なんだ、その気のない返事は」

いつもなら嬉々として引き受けるはずの隊務をこの男がこんな風に言うのは珍しい。
分かりきっていることとはいえ、土方はつい聞いてしまう。

「どうせ、いない間の嫁が気になるんだろう?心配しなくてもお前が帰ってくるまでは屯所に寝泊りすりゃいいじゃねぇか」
「まあ、そうなんですけど」

何かを考えるようにして、総司はぽりぽりと頬を掻いた。この前の一件もあるだけに、土方も気になってしまう。

「他にも何かあるのか?」
「いいえ、なんでもないです。じゃあ、早速皆に声をかけて支度しますね」

そういうと、あっさりと総司は副長室から出て行った。土方は首を傾げながらも、あの弟分の考えることがどうせたいしたことではないだろう、と判断してそのまま仕事に戻った。

隊部屋にもどった総司は、組下の者達に出張を告げて支度を整えるように言った。自身も屯所においてある荷物で簡単な支度を済ませると、出張を告げに診療所へ回った。

「え、沖田先生、出張ですか?」
「そうなんです。だから、その間は神谷さんは屯所に寝泊りしていいと土方さんから許可が出てますよ」
「そんな、大丈夫ですよ。そこまでしなくても」
「まあ、そういわずに。支度は屯所においてあるもので済ませましたから、後半刻もしたら出発します。貴女も見送りに出てくださいね」

それだけ言うと、総司は再び隊部屋へ戻っていった。
セイはそこまでしなくても、と思いながら後姿を見送った。心配性の夫である総司の身のほうがよほど危険と隣り合わせで心配だというのに、その本人はなかなか分かってはくれない。

もうちょっと何かあってもいいのに……と思ったセイは、後で深く後悔する。

 

 

半刻後、出張に出る近藤や一番隊の見送りに多くの隊士達が門前に集っていた。
特別危険な出張ではないにしても、近藤と一番隊が出張であれば自然に皆が集まってくる。見送りに出たセイも、一番隊の隊士達に話しかけた後、近藤の下へも歩み寄った。

「局長、決して無理されませんように。これ、胃のお薬です。調子が悪いと思われましたら、早めにお飲みになってくださいね」
「やあ、ありがとう。神谷君。すまないね。まだ新婚だというのに、総司を連れて行って」

近藤の邪気のないねぎらいにかぁっと頬を染めたセイの姿がいかにも新妻風で、周りにいた隊士達も思わず目を向けてしまう。

「いえっ、お仕事ですからそのようなことは……」

恥らう姿に近藤が微笑ましい視線を向ける。その後ろから、総司が声をかけた。

「この人恥ずかしがり屋さんなので、素直に寂しいって認めてくれないんですよね」
「沖田先生!」

局長の前でそんなことを言われればますますセイは赤くなってしまう。

そんなセイの姿をみてにっこりとほほ笑んだ後、総司に向って、内心ケッと思った者が数名。

近藤が面白がって、総司に問いかけた。

「なんだ、総司は寂しいのか?」
「当たり前じゃないですか。近藤さんにおいていかれるのも寂しいですけど同じくらい寂しいですよ」
「馬鹿だなあ、俺と神谷君では一緒にならんだろう」

近藤が笑い出すと、呆れた顔の土方が口を挟んだ。

「馬鹿な話をしてんじゃねぇよ。近藤さん、そろそろ出ないとまずいぞ」
「ああ、そうだな」

ざわざわと皆が動き始めた。
セイが、その中から少しだけ後ろに下がる。隊士達に声をかけた総司が、ふいにセイの元へ戻ってきた。

「じゃあ、神谷さん。屯所に泊まって下さいね」
「……分かりました」

出発間際なので、セイも素直に頷いた。にこっと笑った総司がぐいっとセイを引き寄せた。

「忘れてました。お守りです」

そういうと、引き寄せたセイの首筋に噛み付くような口付けで赤い跡を残した。

「ちょっ……~~~っ!!」

慌てて離れたセイに向ってにっこり笑いながらも、視線はその後ろにいる一部の隊士達に向けられる。
セイにまとわり付いている男達と残らず視線を合わせた総司は、くっと口角だけをあげているものの、目だけが笑っていない。
呆気にとられた面々と、ひゅうとあがる口笛に耳まで赤くなったセイは、首筋を押さえて堪らずに逃げ出した。

「総司!!てめぇ、局長待たせて何やってやがる!」

土方から怒声があがった。踵を返した総司がすぐに近藤の隣に並ぶと、一番隊の隊士と近藤からはそれぞれ違う視線が向けられる。

「まあまあ、トシ。奥手だと思っていた総司がなぁ。やるもんだなぁ」

どこか、違う意味で感嘆している近藤と、セイにつけられた所有の印と威嚇の視線にさらされた者達に合掌する一番隊の隊士達は、上機嫌な男を横に見ながら出発していった。

後ろのほうで面白がってこの様子を眺めながらはやし立てた原田達は、彼らを見送りながらこんな呑気な声を上げた。

「やるなぁ、アイツ」
「ほんとだよね。総司の威嚇ってさ。無駄が無いよね」
「される本人にも有効なところが特にな」

確かに、あんな真似をされては、屯所に泊まらずに家に帰ろうとしても、誰かが必ず引き止めるだろうし、屯所に寝泊りしたとしても、あの威嚇で捻じ伏せられた者達が何か、コトを起こすことなどできるはずも無い。

今頃、診療所で真っ赤になったまま恥ずかしさに暮れている本人には可哀想だが、この一撃が確実にセイを巡る揉め事に効いたのは確かだった。

そして、定形外の斉藤が、セイを慰めながら、『あの男いつか絶対ぶっ殺す!!』と剣呑なことを考えていた事は誰も知らない。

 

– 終わり –