紅葉の伝言 5

〜はじめのお詫び〜
嫁さん激怒り!の巻き(笑)あ、5話じゃ終わりませんでしたね。だって、セイちゃんが~怒ってるんだもん

BGM:土屋アンナ 暴食系男子

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屯所内は、この夫婦の話題に関してだけ言えば秒速で噂話が伝わる。
部屋の外で一部始終を目撃していた小者の話や傍で漏れ聞いていた隊士達の証言によってその日のうちにその騒動は広まった。

永倉から遣いが来て、島原にいるのでそのまま屯所に泊まれと書かれていたために、腹がたってはいたが、仕方なくセイは屯所に泊まった。
夕餉を頼みに賄いに行っても、診療所の小者達も、噂を聞いて皆セイには冷ややかな態度で接してきた。

その態度に、言うに言えない理由を抱えたセイは結局夕餉もとらずに一人、小部屋に籠った。そして朝になっても一睡もせずに怒りに身を任せていた。

 

 

総司達は朝になってから屯所に戻ってきたらしいが、それさえ誰もセイには教えにはこなかった。セイにとっては、それはそれでかえって腹が座った。
何一つ悪いことはしていないにも関わらず、勝手に邪推され、悋気で怒られ、皆からも冷やかな態度をとられる云われなどないのだ。

一晩かけて、こうなった経緯と説明責任を求めた文をしたためたセイは、当の本人の都合を問い合わせることにした。懐に入れていた文は、件の文箱に再びしまってある。
どうせ、明日の朝になれば夜番明けで、二日非番になるはずだった。頭を冷やすにはちょうどいいと思っていた。

徹夜明けの顔を洗って、着物を取り換えるとセイは、冷やかに無視を決め込んでいる門番にぴしゃりと町飛脚まで言ってくると言い置いて屯所を後にした。どうせ、そう言えばまたセイが文を出しに行ったと話は広まるはずだ。

―― どうとでもなるがいい!!

怒り狂ったままのセイは、そのまま町飛脚に大至急だと言伝て、文を頼んだ。そのまま、一度家によって着替えを手にすると、気が重かったが屯所に戻った。
セイが戻るとざわざわとした視線が集中したが、セイも負けじと皆の視線を無視して小部屋に入った。

そこに小者が呆れた風情で使いが来たと言いにきた。セイは平然と皆の注目の中、診療所の前まで案内されてきた使いの者が、屯所内のピリピリした空気に苦笑いを浮かべながら、口頭でセイに何事かを伝えた。

その様はそれこそ屯所中の者達があちこちから眺めていた。

隊士棟からは腕を組んで柱に寄りかかったままの総司が眺めており、その周りには原田や永倉、そして一番隊の者達がその周りを囲むように、使いの者に視線をぶつけている。

笑いを噛み殺した使いの者がセイに小声で囁いた。

「なんにしても災難でしたね。約束の時間にはおいでになりますので」
「災難だと思うなら引きずってでも必ず連れてきてください!警護の人も忘れずに連れて来てくださいよ!!」

低い声で、それこそ歯ぎしりしそうなセイがそう言うと、使いの者は頭を下げて今度こそ裏門から帰って行った。表からでは無事に出られるかどうか、不安だったのだろう。

顔を上げたセイは、注目していた皆に鋭い視線を返した。それは総司達の方にも向けられた。舌打ちとともにセイはふいっと視線を外し、小部屋に戻った。あまりに鋭い視線に、睨みつけられた者たちは皆一様に鼻白んだようだった。

それを見ていた藤堂が、総司達の所に歩み寄る。

「あ、あのさぁ…なんか……もしかして誤解だったりする可能性って……」
「何言ってんだよ、平助!」
「俺らは現場をみてるからなぁ」
「だってさ、そう言うけど何をみたのさ?神谷に文を寄越してる本人を見たわけ?それともその文を読んだの?」

その後ろに、なんとも言えない顔の斎藤が立っていた。しいて言うならば、定型外の斎藤の顔とでもいおうか。
しかし、それにはその場の者達は全く気づかずに藤堂に向かって食いついた。

「何を言うんですか!藤堂先生!!」
「そうですよ!俺らは神谷を見損ないましたよ!」

斎藤からもしや、という話を聞いた藤堂はそれ以上は何も言えずに斎藤を振り返った。
斎藤も藤堂の顔を見返したものの、事の次第を想像したくもないのか、首を横に振った。異様な盛り上がりを見せる彼等から藤堂は離れて、斎藤の隣に立った。

「ねぇ……神谷、怒ってるよねぇ?」
「この上もなく怒ってるだろうな」
「庇わなかった俺達も後で怒られるかなぁ」
「まあ、間違いなくそうだろうな」

向き合った斎藤と藤堂は二人揃ってため息をついた。
本当に傍迷惑な夫婦である。

 

 

話は当然のごとく近藤と土方の耳にも入っていた。

「まさか、いくらなんでも」
「俺だってそう思うけども!あいつらがその場にいたっていうわけだし、これだけ騒ぎになっててそのままにしておくわけにもいかねぇだろ」

困惑顔の近藤を前に、土方もどうしたものかとは思っていた。しかし、これだけ隊を巻き込んでの大騒ぎになっていれば、一応事情を聞かないわけにはいかない。
ようやく騒動が落ち着いたと思っていたのに、あの夫婦は人騒がせなことだと、それだけでも士道不覚悟として怒鳴りつけたいところであった。

「仕方ない……か」
「おう……」

―― あの弟分のためにも

二人は深々とため息をついてから隊士を呼んで、セイと総司を連れてくるように言った。

さすがに隊内での詮議というにはあまりに馬鹿馬鹿しいと思われたが、幹部である総司と幹部扱いのセイとのことでもあり、これだけ隊内でも騒ぎになっている。

しばらくして、先に総司が現れた。能面のような顔に近藤と土方は顔を見合わせた。局長室には近藤と土方に総司だけがいたが、副長室には原田や永倉、斎藤、藤堂に井上までが顔をそろえていた。

「総司!かまうこたねぇから白黒はっきり付けちまえよ!」

背後から声を上げた原田の頭を井上が拳骨で殴った。

「いってぇ!」
「馬鹿いうな!神谷がそんな真似するなんて何かの間違いに決まってる!」
「だって、井上さんよぅ」

当然のように副長室と局長室を取り囲んだ廊下は満席状態だった。その廊下のざわめきが急に静かになった。皆が両脇に退いて、こちらも白い顔で手には文箱を持ったセイを通した。
局長室の前でセイは膝をついた。

「神谷です」
「入れ」

静かに障子をあけて部屋に入ったセイは、誰とも視線を合わそうとせずに、部屋の中の下座に座ると目の前に文箱と脇差を抜いて置いた。
すうっと息を吸い込んだ音がして、セイが口を開いた。

「御用だと伺ってまいりましたが、まるで詮議のようですね」

 

 

– 続く –