縁の下の隠し事 13

〜はじめのつぶやき〜
こうして考えると、先生は相当ダークな自分に気づかずに生きてきたのねとつぶやいてみますBGM:
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休みは五日ということになってはいたが、もうお馬も終わり、土方の資料もできている。朝になってセイは、休暇は終わりにして屯所に出ると告げた。

「土方さんが喜びますね。あの人は神谷さんがいないとだめですからね」

そこはかとない嫌味を感じながらも、セイは無言でそれを受け流すことにした。仮に役どころなのかもしれないが、総司がどれだけ嫉妬深いのかと思うと、そこで何かを言ってもどうしようもない気がしたのだ。

「……ご迷惑かけないように、先に支度しますね」

総司よりもはるかに早く起き出していて、用意もほとんどできてはいたが、あえてそういうとセイは総司の前から離れた。うっかり、こんなに長く屯所をあけたことはないと、言いそうになったのだ。
それを言えば、総司と一緒になれるか試された三月が最も長い。

台所の片隅で片づけをしながら、まだ朝だというのに、すでに気疲れしている自分にため息をつく。

「……はぁ」

今は何を言っても差しさわりのある話題になってしまうので、黙るしかないのだ。とっくに着替えは終わっていたが、もそもそと台所に片隅にいたセイは、総司の朝餉が終わった頃合いを見計らって、部屋に戻ると総司の着替えを手伝った。

 

連れだって屯所に向かった総司は、いつもよりも、セイにうるさかった。診療所に落ち着いてから、小者たちの一日早い戻りを歓迎する声にほっと、気を緩めた。

「やっぱり落ち着く~」

思わずそんなことを漏らしたセイに、くすくすと笑う小者たちから声が上がる。

「神谷さん、そんな情のないことを言ったら沖田先生が泣きますよ?」
「そうだよなぁ。恋女房に家より仕事場が落ち着くってい言われちゃあな」

事情を知らない小者たちの言葉に真っ赤になったセイは、片手を振り上げて反論を始めた。変な話だけは伝わるのが速い屯所だけに、否定するところは否定しておかないと後が大変なのだ。

「そんなことないです!ただ、怪我人はいないかとか具合の悪くなった人はいないかと、家にいて気にするだけよりも、ここにいたほうがまだ、自分の目で確かめられる分、安心だってことで別に家にいて落ち着かないっていう意味じゃありませんよ!」
「そりゃそうですよねぇ。日頃から、神谷さんを溺愛してる沖田先生ですから、もう家にいりゃ今朝の屯所に来た時の比じゃないですよねぇ」

さらににぎやかな笑い声が広がって、ますます小者たちが笑い転げる。これにはセイも赤くなって閉口する以外に手がなかった。
役どころに徹するとなった総司は本当に徹底していて、その役回りがあることさえ知らないセイは目を白黒させるばかりだった。屯所に向かって歩いてくるときも、刀と手回りの品は総司が持って朝からセイの手を引いて歩く。

「神谷さん。いくら女子の着物とはいえ、もう少しその襟元、どうにかなりませんか」
「え?あ、崩れていましたか」

慌てて胸元を指先で引いたセイに、難しい顔をした総司は衣文が開きすぎていると言い出したのだ。

「……は?」
「他で女子の着物姿なら仕方ありませんけどね。屯所に向かうときはもう少し押さえた着方を心掛けたほうがいいですね。袴をはいているとはいえ、女子は女子。くれぐれも男所帯にいることは自覚していただきたいです」

これまではそんなことは一切口にしなかったのに、ここぞとばかりの指摘にセイは、しばらく口をあけていたが、しばらくして小さくはい、とだけ答えた。

屯所の門の傍まで来ると、髪が乱れていると言って襟足から手で髪を撫でつけながら歩き、門をくぐれば何の誇示なのかわからないが、軽くセイの背中に手を回すようにして診療所の小部屋まで送り届ける始末だ。

「あっ、あれはっ!たまたま私がちょっと休み明けで呆けていたので、心配してくださっただけで……」
「そーおですよねっ!そうそう!ちょっと、心配ですよね」
「くぅ~っ」

いつも隊士達のからかいの中でセイの味方になってくれる小者達さえこの始末である。後でほかの隊士達にあったら何を言われるかわからないとセイはげんなりして小部屋に逃げて行った。

 

 

セイと同じように隊部屋に入った総司は、隊士たちに即座にからかわれていた。

「どうしたんですか?沖田先生。なんだか休み明けだからですかねぇ」
「そうですよ。朝から見せつけるの勘弁してくださいよ~。そりゃ、俺達はみんな神谷が幸せだったらそれでいいんですけどね」

にやにやと笑いを浮かべた隊士達の言葉にいつもなら赤面して、逃げていく総司がにっこりとほほ笑んだ。

「やだなぁ。見せつけるつもりなんかありませんよ。つい休みで長く一緒にいたから普段の姿がでちゃいましたね」

普段からべったりあんな感じなのかと想像した隊士達が、じたばたと部屋のあちこちで暴れている。そこに駄目押しのように総司が言った。

「私が神谷さんを大好きなことは皆さんご存じじゃありませんか」

にっこりと笑顔で言い置いてからちょっと土方さんの部屋へ、と出て行った総司の姿を皆がまじまじと眺めていた。

「今日の沖田先生からなんか違うモノが出てる気がする……」
「出てるな……」
「妖気っつーかなんつーか」

ぶるっと震えた彼らは触れてはいけない部分に触れた気がして、これ以降、やたらと総司をからかうことは控えることになる。

隊部屋を出た総司は土方の部屋にいた。

「もう報告に来てるかもしれませんが、一日早く神谷さんが戻りました」
「お。そうか。ならじきに、持って帰ったやつを持ってくるかな」

比較的機嫌よく頷いた土方に、火鉢の傍で勝手に入れた茶をすすりながらふう、と湯呑を手にしている総司が同じくにこやかに告げる。

「そういえば、土方さん」
「ん?なんだ」
「神谷さんに何やら特命を命じられたみたいですね」

ぎくっと、土方が内心の動揺を隠して総司のほうを見ないようにしながら、さりげなく問いかけた。

「神谷が何か言ったのか?」
「いいえ。あの人は何も言いませんよ。特命をいわれなかったかという問いかけに答えられないと言いましたから、不用意に漏らすような真似をするような人じゃありませんよ」

思わずほっとした土方は総司と目があって、再びぎくっとして今度は湯呑から茶をこぼしてしまった。手拭いを差し出した総司の笑顔が恐ろしく感じるのは気のせいではない。

「どうしたんですか?土方さんらしくない。まあ、私は私なりにあの人を守りますから、何も聞かなかったことにしますけども、最後の責任は当然土方さんがとってくださるんですよね?」

にこり。

もし、セイともめるようなことになったら責任をとれと言っているように聞こえて、珍しく土方は顔をひきつらせた。この二人に関して言えば、何かもめ事でも起ころうものなら、取り囲む周囲の人々が総出で登場し、大変な騒ぎになることだけは目に見えている。

「……善処はする」
「よろしくお願いしますね」

言葉以上の圧迫で土方に迫った総司はそれから少しして隊部屋へと戻っていった。

 

– 続く –