縁の下の隠し事 17

〜はじめのつぶやき〜
ちょっとお待たせしました。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

てっきり総司が深く眠っていると思っていただけに、引き寄せる腕にどきっとする。
ただでさえも落ち着かなくて眠れないのに、先夜のように苛められてはますます眠れなくなってしまう。

思わず身を固くしたセイに、ふ、と背後の気配が微かに笑った気がした。

「……ねぇ、セイ?」
「……はい」
「私ねぇ、貴女と一緒になってからもちろん、わからないことばかりですが、思い知ったんですよ」

目を閉じたままの総司が小声で語り始めた。
寝物語というにはいかないが、やはり夜は誰でも素直に心境を吐露したくなるものらしい。

「何をですか?」

総司の次の言葉を待っていたセイは、少しだけ顔を背後にいる総司に向けて問いかけた。腕に重さがかからないように、気を配りながら、置き去りになった枕箱を引き寄せる。

「私がものすごく我儘だってことですよ」
「えっ、総司様が?」

思わず振り返ってしまったセイは、総司の顔をすぐそばでまじまじと眺めた。わずかに伸びてきた髭がところどころに見えるが、もともとあまり濃くはないので、かえって薄暗い中でも目に付く。

「私が、ですよ。本当に、もっと自分を律する者だと思ってたんですけどねぇ。よおく考えると、何もかもひどく我儘なんだなと」
「そんな、総司様が我儘だったら、私なんてもっと未熟者になってしまいます」
「ふふ。私は近藤先生が大好きなんです」

いきなり近藤の名が出て、セイが心底からきょとんとする。そんなことはとうの昔からわかりきったことだ。

「……存じてます」
「近藤先生のためなら命も惜しくないと思ってるんですよ」
「それも、存じ上げてます」
「でもね」

そこで言葉を切った総司がぱち、と目を開けてすぐそばで見上げてくるセイに顔を向けた。じっと見つめてくる総司と目が合って、どぎまぎしたセイが視線を彷徨わせながら次の言葉を待つ。間を開けた総司が、脈絡なくぽん、と口にした。

「貴女が大好きなんですよ」

正面からいきなりそんなことを言われて、セイが赤くなることもできずに、ただ目を見開いた。

「決して近藤先生と貴女は同列にはならないんですが、どうしてもどちらも譲れないんです。どちらも欲しくて、つい我儘を通したくなる」
「だって……、そんな、局長のことを先生が……っと、総司様がお好きなのはもっとずっと前からですし」
「そうなんですよね。近藤先生には私は自分を律した上で、お傍にいたいと思うんです。でも貴女は違う」

ひた、と見つめる目が怖いような、いたたまれなさをセイに感じさせる。それでも逸らすことができない。

「セイに関してだけは、自分を律することができなくて、困るんですよ」

困ると言われても、セイも困るところだが、それでも小さく申し訳ありません、と呟いた。それをおかしそうに総司が笑う。

「どうして貴女が謝るんです?私の我儘なのに。私が一番我儘を言うのは貴女にですよ?」
「……そうでしょうか?」

いつも、妻として不足することの多いセイに文句ひとつ言うことなく、共に働いているのだからと言って、屯所にいるときのように手を貸してくれて、常に支え手になってくれる。
そんな総司のどこが我儘だというのかセイには今一つピンとこなかった。

そんなセイの鼻先を総司がぺろりと小さく舐めた。

「……っ!」
「ほらね?我儘でしょう?貴女が困るのもわかっていて、意地悪をしたくなるし、貴女の肌が恋しくもなるし、ほかの誰かをたとえ、仕事でも見ていれば悋気も起こすし、貴女が無茶をすれば怒ってしまうし。我ながら呆れ果てるばかりですけどね」

―― こればっかりはどうしようもないみたいです

日頃から、大好きだと、平気で口にする総司であったが、あまり深い心象まで語ることはそう多くない。そんな総司のことだけに、勝手な宣言のようでもあるが、ひどく甘い睦言にも聞こえる。

どう答えていいのかわからなくて、何度も目を瞬いたセイがぺろりと舌を出して、自分の唇を舐めた。

「総司様、わかってないです」
「は?」
「あのですね。旦那様に好いていただいて、心配いただくとか、その……大事にしてくださることを我儘だと思う女子なんて聞いた事ありません」

自分の我儘に対して、ひどいと言われると思っていた総司は思いがけないセイの反論に目を丸くする。確かにセイの言う通りでもあるが、自分の場合、もう少し程度が違う気がするのだ。

「うーん、でも私の場合、もう少しひどい気がしますけど」
「そんなことありません。私も我儘させていただいてます」
「そうでした?……ああ、例えば」

―― 共寝を断られたりとか?

途中からくすくすと笑い出した総司がセイの耳元に近づいて、密かに囁くと今度はセイがぱっと顔を伏せて唇を噛み締めた。

「だって、それは……っ」
「わかってますってば。だから、今は我慢しますから私の我儘もわかってくださいね?」

鋭く射抜くような男の目にセイは、自分自身が思わず反応してしまうのを否応なく感じた。
着物越しではなく、素肌で触れたいと思うことは女子であっても、いや、女子であればこそ、その肌を知った身が求めるのかもしれない。

触れたい、触れてほしい。
抱きしめてほしい。

まさか、今山崎がいるかもしれない状況で自分がそんなことを思うとは思ってもみなかった。そんな自分に動揺したセイは、顔を伏せて総司にただ寄り添う。
互いに羞恥を覚えたとしても、夫婦になればこそ。

まだまだ、二人で積み上げていくことの多さを実感したともいえる。

薄闇の中で、互いの体温に何とも言い難い思いを抱えた二人の元へ、足早に駆けてくる足音が聞こえた。遠くから駆けてくる足音を知覚したセイと総司が、多少の時差こそあれ、甘い時間から抜け出す。

セイが先に身を起こし、すぐに傍に置いてあった上着に袖を通した。その背後で、総司も起き上がる。
間をおかずに、家の玄関先を叩く音が響いた。

「夜分に申し訳ありません。沖田先生!」

部屋の行燈に灯りを灯したセイが、先に手燭を手に玄関に向かった。がたごとと、戸締りを外して知らせを運んできた者を導きいれる。

見慣れぬ町人姿の男が提灯を手に土間に入ってきた。

「こないな時間に申し訳ありません。沖田先生に屯所の方へお戻りいただくようにとお知らせにあがりましたので」
「わかりました。沖田先生」

セイがすぐに奥にいる総司に声をかけると、手早く長着を身に着けた総司が顔をのぞかせた。

– 続く –