天にあらば 31

〜はじめのつぶやき〜
でも、昔ならいきなり偉い人から、バッサリと突き放されることも多かったんだろうなぁ。
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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「このような姿で失礼いたします。お呼びと伺い参上いたしました」

宮様と浮之助が会談している部屋に呼ばれた土方が頭を下げた。宮様と浮之助はたった今まで話をしていたようだが、土方の登場で話が途切れていた。

「わざわざすまなかった。土方殿、明日、先にむかった一行と浮之助殿のご一行、また雲居の家の者達も合流することになるだろう」
「は」
「あえて、到着をずらせす故、浮之助殿のご一行が到着と同時に引き継ぎを済ませて、京へ戻られよ。仕事は終わりだ。ご苦労だったな」
「な、我らは宮様が京へお戻りになるまでを警護するが勤め。その仕事も半ばで帰れと申されますか」

いきなり仕事は終わりだから、帰れと言われても納得できるものではない。食い下がった土方に浮之助が加わった。

「ここにお前らにいられては困る事情ができたんだ。いいから仕事は終わったんだ。帰れ」
「それでは宮様はいかがして京へ戻られますか」
「俺が共に帰るから心配はいらん。その姿も深夜を過ぎたら解いておけ」

土方が畳についた手が僅かに震えた。

ここまで、特にセイが神経をすり減らしても頑張って来たからこそ、雲居も何とか無事にここまで辿りついたのだ。
なのに、いきなり用事は済んだから帰れと。

――  これだから偉い奴らは身勝手だというのだ

眉をひそめても、怒ってもどうしようもないことをわかっていても、やりきれない思いが心を占める。こんな姿をしてまで警護してもこうなのか。

土方の不満が伝わったのだろうが、浮之助も宮様も怒りはしなかった。ほかの者達であったなら無礼打ちにあったかもしれないが、二人はこの冷静に見えて、熱血漢な男達だということをよくわかっている。

「不満はわかる。だが、状況が変わったのだ。より隠密裏に話を進める必要が出てきてしまってな。己の知らないところで世の中が動いていくのは面白くないだろうが堪えてくれ。そなた達の尽力には感謝する」

そういうと、宮様はこの通り、と土方に向かって頭を下げた。
そこまでされては仕方もない。土方は改めて居住いを正すと、頭を下げた。

「承知いたしました」
「土方。一つ、馬でも駕籠でも使っていい。だからお前たちは早急に京へ戻れ。お前達がここまで来たことをあまり世に知られては困る。いいか?」

厳しい顔で浮之助がそういうと、傍にいた者が懐から袱紗に包まれた金を土方の前に差しだした。

「これは今回の仕事のためではない。帰りの費えだと思っていい。行先を誤魔化す位何でもないだろう?」
「……承知いたしました」

土方には差しだされれば、泥水を飲む覚悟は元々ある。帰りの費えと言われて差しだされても面白くはないが、ここは黙って受け取った上で引くことにした。

「この後も、我らは雲居様に付き添います。夜半に姿を整えて明日の朝のご一行到着を待って、我らはこの任から離れ、帰京いたします」

浮之助と宮様が頷くと、土方は立ち上がって控えの間に戻った。先程、土方を呼びに来た者が、控えの間まであとをついてくる。

「土方殿、明日のご出立は馬でよろしいでしょうか。私の方で手配をいたしますので」
「そうですか。では、お手数をかけますがお願いできますか」
「もちろんです。四頭で向かわれますか?」

頭数を数えた相手に、土方はセイの事を思い浮かべた。首を振ると、三頭でよいが元気のいい馬をと頼んだ。

「お安いご用です。あれで若も気にしていらっしゃるのですよ。どうか、許してやってくださいまし」

相手の口調に、江戸から附いて来た生粋の武士ではなく、どうやら新門一家のものだとわかると、土方も素直に頷いた。

 

 

 

翌朝の帰京に一番ゴネたのはやはりセイだった。このまま雲居を置いて行くのが心配でならなかったのだ。しかし、午後には雲居の家の者達も合流すると聞いて、しぶしぶ帰りの支度に身を包んだ。

「そんな顔するもんじゃありませんよ。神谷さん」

総司に宥められながら、荷物を整えると、もはや到着するであろう浮之助の一行が来る前に、雲居のもとへ向かった。

「雲居様」
「神谷殿、お帰りになるんですってね。短い間でしたけど、楽しかったわ。どうもありがとう」
「ご実家までお供できずに申し訳ございません。どうかご無事で」
「ありがとう。貴女もお元気でね」

セイは懐から桜の花の塩漬けを取り出した。そっと枕元に置くと、顔があげられなくなってしまった。

「これを、残りを置いていきますね。よく塩を抜いてからお飲みください。気鬱の時には、慰めになりましょう」
「神谷殿。本当にありがとう。いつかまたね」
「……はいっ」

なんとか涙を堪えてなんとか顔を上げると、にこっと笑った。雲居は笑っているのに、自分が泣くのはおかしい。そう思っていても、切なくて、悲しくて、涙が出そうになる。

それをわかってか、土方、斎藤、総司がセイの背後に現れた。

「雲居様。我ら新撰組一同、これにてお傍を離れます」
「皆さん、どうもありがとう。御達者でね」

横になったまま、雲居が礼を言うと、それぞれが頭を下げた。それをきっかけに、セイも雲居の傍から離れて総司の隣に座った。

「本当に、お二人はいつまでもそのままでいらして。そして、私のことを覚えていて」
「もちろんですよ。雲居様。是非、ややがお生まれになりましたらお知らせください。我ら一同からもお祝いさせていただく日を楽しみにしております」

再び俯いてしまったセイの代わりに、総司が答えた。
宮様や浮之助達とは顔を合わせることなく出発することになる。馬の手配をしてくれたものが呼びに現れた。

「皆様方、そろそろお立ちになりませんと」
「では、雲居様、失礼いたします」
「左様なら」

荷物を持った土方達は立ち上がると、振り返らずに部屋と廊下を隔てる障子を閉めた。
彼らには、大きな流れを止めることも雲居を最後まで送り届けることもできなかったが、それでも何かを雲居の想いを受け取ってやることだけはできたのかもしれない。

唇を真一文字にして、涙を堪えているセイを馬に乗せて、土方、斎藤、そして総司は馬上の人となった。

「公と宮様にご挨拶できませんでしたが……」
「はい。私からお伝えいたしますので。皆様方もどうぞお気をつけて」

最後に言葉を交わすと三頭の馬は、京へと走り出した。

 

– 続く –