天にあらば 6

〜はじめのつぶやき〜
いつの間にセイちゃんは修行しているのでしょう~。

BGM:浅井健一 Mud Surfer
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

総司に頼まれた松本が二人の家を訪ねて、家にいた間にたっぷりとセイは叩き込まれた。初めに松本と南部から医術を学んだ時は、屯所で役に立つようにいわゆる怪我や外傷に対するものと、内科的なものを中心に教わっていた。

婦人科的なものに縁があるのは自分くらいなものだけに、今まではそれで事足りたのだ。

一通り講義をしつつ医学書を読んでいくと、自分がお馬だということもあって、説明を聞けばなるほどと思ってしまう。そうはいっても、今回は懐妊中の女房を連れての旅だけに思いつく緊急時や、その際の処置などを念入りに教わった。

「確かに病気じゃねぇけど、まあよくやるよなぁ」
「近くに宿下がりするってわけじゃありませんからねぇ」

一休みと茶を飲みながら松本が呆れたように言う。それにはセイも素直に頷いた。
京のどこかなど、近距離ならまだしも普通に行っても幾日かかかるところを妊婦連れでである。日常生活では何も不自由ないとしても無茶な話である。

そうは言っても、決まってしまったことは仕方がない。
松本がセイの顔を眺めた後、セイと視線をあわせないように部屋の中に視線を向けた。

「お前もアレだ。まったく希望がないわけじゃねぇんだからな」
「えっ……。ああ……」

今回は仕事ということでまったく他人事のように受け止めていたが、セイの中でもそれは自己防衛だった。考えてしまえば、気配もない赤子のことを考えてしまう。まして、普通でも悩むところをセイの場合は腹に受けた怪我のことがある。
このまま授からない可能性もあるのだ。

ため息をついたセイは苦笑いを浮かべた。

「総司様は、気にすることはないっておっしゃってくださるんですが、こればかりは……」
「まあ、お前の気持ちもわかるがな。沖田がいいって言ってるんならあんまり気に病むなよ。それが一番差し障りがあるって言うしな」

曖昧に頷いたセイは、ちょうど今、お馬でじんわりと時々痛む腹に無意識に手を伸ばした。
今の生活に不満があるわけでもなく、十分に幸せだというのに、贅沢を望むようで、こればかりは誰に零せる話でもなかった。

 

休み明けで仕事に戻ったセイは、自分が不在の間に薬の不足がないように、多めに整えてたり、不足を手配したりとやることはたくさんあった。物によっては薬種問屋に頼んでも取り寄せに時間がかかるものもあって、その場合にはどうするかを指示したりと、忙しい日々だった。

その合間を縫って、一番隊の稽古に参加させてもらった。総司には内緒で、木刀を振ったり、基礎的な稽古は続けていたので、序盤の稽古にもまったく問題なくついてくるセイに総司のほうが驚いた。

「神谷さん、いきなり無理しなくても」
「無理してませんよ。大丈夫です。それでなくても、皆さん、私には加減してくださるのでありがたいんですけど、困るんです。沖田先生は構わずにいてくださいね」
「まあ、それはできる限り」

こと、剣術に関して言えば、総司も容赦がないというか、セイを他の者と区別するようなことは少ない。
道場に移って、立会い稽古になると、初めは一番隊の隊士達を中心に行われた。セイは皆の邪魔にならないように隅の方で山口と相田に相手をしてもらっていた。
隊士達が一巡すると、総司がセイに声をかけた。

「神谷さん、始めますか」
「お願いします」
「防具は?」

セイは稽古着姿で防具をつけてはいなかった。

「あまり時間もありませんので、実戦向きな稽古をつけていただくわけには参りませんか?」
「というと?」

他の隊士達が見守る中、セイは総司に打ち込んでもらい、それを受けるか、かわすかで反応できるようにしたいのだと言った。

「こんな短期間に防具をつけた通常の稽古をしても付け焼刃にしかなりませんから。私が今回する仕事は、医師としての仕事と、襲撃されたときは沖田先生達が敵を片付けてくださるまでの時間稼ぎだと思ってます」

確かに、前線にでて襲撃者に向かっていくのは困ると思っていた総司は、セイが冷静に状況を受け止めていることに、自分がセイを舐めてかかっていたことを知った。てっきり、久しぶりの出動扱いで勇んで稽古をと申し出てきたのだと思い込んでいた。

「わかりました。それでも防具はつけてください。手加減しませんから出張前に稽古で怪我をしては困るでしょう?」
「わかりました」

セイは、かわしきれる自信があったが、素直に防具をつけることにした。総司の表情から、セイが昔のように動くのではと思われていたことはわかっていたが、実際に動いてみればわかる。
舐められることも、甘く見られることも、かつての自分なら怒っていたところだが、とうに慣れっこになっていた。わかってもらうには実際にやって見せるしかない。

手早く防具をつけると、道場の真ん中で手をついた。

「宜しくお願いします」
「行きますよ」

すうっと息を吸い込んだ総司が竹刀を構えた。すぐには動かない総司に、セイも冷静に動きを読む。正面から打ち込んできた総司を左にかわすと、その動 きを読んでいた総司が下から竹刀を振り上げてくる。それを軽い片腕の動きで竹刀を操るとぱあんとはじき返して、そのまま立ち位置が入れ替わった。

おっ、と見ていた隊士達の目の色が変わる。隊士達もセイの動きが変わっていると思っていなかっただけに、総司の打ち込みを一振りではじいたことに驚いたのだ。

神谷流の動きに似てはいるものの、手にしているものは竹刀のため、まったくの我流とも違う。

今度は立て続けに左右から打ち込んでみると、セイはそれを受けながらすすっと後退した。後退していけばいずれ左右にしか逃げ場はなくなる。どちらか にかわしてくると見ていた総司の予想に反して、頃合を見計らっていたセイは、懐に飛び込むような突きを繰り出して一瞬の隙を作ると、総司のぎりぎりの脇を 擦り抜けて再び体を入れ替えた。

徐々に見ている隊士達も膝に置いた手に力が入ってしまう。それだけ面白い立会いになっていた。

上段から振り下ろしたかと思ったら、踏み込んで腰を落とした総司がセイの足元を狙った。向う脛の辺りに間違いなく入ったと思ったが、セイは片手を床について体を捻るとかろうじてかわした。

ふう、と総司が竹刀を下ろしたのを合図に、セイも立ち上がった。

「いいですね。もう少し、次の動きを読みにくくする工夫が欲しいところです」
「ありがとうございます」

手をついて礼を言ったセイが防具をはずすと、わぁっと隊士達が取り囲んだ。

「神谷!すげぇな。お前」
「かわすだけとはいえ、沖田先生の打ち込みをあれだけかわせる奴はそうそういないぜぇ?」

加減しない、と言いながらも傍目にはわからないように加減してしまった総司もそれは思っていた。以前、武田に向かって行った時もいつの間に腕を上げたのだと驚いたものだが、今の動きはもっと驚いた。
一打や二打は加減しても打ち込んでしまうだろうと思っていただけに、見事にかわしきったセイがいつの間にそんな動きを身につけたのかと思う。

―― 後で聞いてみないと……

明らかに、自分の知らないところで稽古をしていたと思える動きに、総司は胸の内でため息をついた。

 

– 続く –