もみじの欠片

〜はじめの一言〜
原作の切なさにダメージを受けているあなたへ。

BGM:
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幹部棟の庭をセイが掃き清めて、懐から大事そうに手拭を取り出した。
たまたま、喉が渇いたと局長室から出てきた近藤がその姿を見て声をかけてくる。

「お?なんだ?神谷君じゃないか」

とっくに小姓ではないのに、こうして暇を見ては幹部棟のあちこちを掃除したり、近藤や土方の手伝いをしたりするセイがまた今日もそうしているのかと近づいてくる。

「いつもすまんなぁ」
「いえ。ちょうど手が空いてたんです。お茶ですか?お持ちしましょうか?」
「いやいや。ちょうど体が動かしたかったんだ。自分で賄いまで行くよ。それより、なんだい?」

セイが大事そうに掌に載せている手拭を見て、近藤が手を差し出した。ふわりと微笑んだ、セイは内緒ですよ、といって手拭を開いて見せる。

「なんと。もみじじゃないか。まだ早いだろうにこれはずいぶん色を付けてるなぁ」
「そうなんです。この前、文の使いで黒谷まで行ったときに見つけて、拾っておいたんです」
「ふむ。それでなんで内緒なんだい?」

近藤の疑問にセイがし、と人差し指を口元にあてた。

「最近、また副長がお忙しくてだいぶお疲れですよね。句作に向かう時間もないってぼやいていらっしゃったので、こうして気がまぎれるものを目にされたら……。少しは句作に向かって、気分転換されるんじゃないかなと思ったんです」

屈みこんだセイは、きれいになった庭から濡れ縁に上がる石積みの庭下駄の上にもみじを置いた。
これならば、土方が廊下に出たときに、目に入るだろう。

満足げなセイの顔に、近藤がふと息を吐いて微笑んだ。
人数の増えた隊の中でもこれができるのはセイしかいない。そのセイに皆がどれだけ助かっているだろう。

「君は……本当にどんどん有能になっていくなぁ」

一緒になって屈みこんだ近藤がしみじみと呟いた。
勘定方へ行っていた土方が廊下を歩いてきたところで、屈みこんだまま話し込んでいる近藤とセイに気づいて、廊下の角を曲がらずに足を止めた。

「私には、副長のお仕事も、局長のご苦労もわかりません。目に見えるカッコいい一面しか。沖田先生だって、どれほどお傍にいても、私はたった五年やそこらしか先生の姿を見ていなくて、それ以外のお姿を知らないんです」
「うん?そりゃあそうだろう。俺達も君達に裏側の汚いことなんかみせたくはないさ」
「ええ。そうなんですよね。そうやって、誰でも、見せたい自分を見せていて、どんなに傍にいても、よく知っているつもりでも知らないことの方が多いんです。いざとなったら本当に何も知らなくて……」

セイは、庭掃除を思い立つ前に、屯所近くの菓子舗の傍で可愛らしい娘相手に立ち話をしている総司を見かけていた。

いつもの総司の顔ではなく、穏やかで、どこか格好良くて。
それは総司の男の顔だと思った。

それを見たセイは、胸の真ん中を掴まれた気がした。セイは、総司の寝顔も、鬼と呼ばれる恐ろしいくらいの顔も、昼行燈と言われる顔だって見知っている。

それでも、総司のどれだけを知っているだろう?

そう思うと切なくなって、気がまぎれるかと庭掃除を始めたのだ。まだ青々する葉の多い庭を掃いては空を見上げ、ため息をついては庭を掃く。
副長室を出た土方がその姿を見かけたが、それさえもセイは気が付かなかった。

やがてセイの心の中で一つの答えが、光が当たったように浮かび上がる。

「でも、こうして見せて下さる局長の優しさや、副長の疲れた顔や、そんなことを少しずつ集めて、いつか先生や局長と同じものを見られるようになりたいと思ってるんです」
「そうか」

ぽん、と近藤はセイの頭の上に手を置いて立ち上がった。
廊下の角に寄り掛かって二人の話を聞いていた土方の傍に、セイを探していた総司が現れた。

「あれ?土方さん、何して……」
「し……」

話しかけた総司に、人差し指を立てて黙らせた土方は、くいっと廊下の曲がった向こうを指した。

「近藤先生と神谷さん……?」

小さな声で総司が囁いた。
立ち上がった近藤は腰に手を当てて、うーんと一つ大きく伸びをした。

「じゃあ、まだまだ俺や歳は君に余計な心配を掛けないようにしないといけないな」
「えっ?」
「だってそうだろう?このくらいで君に気を遣わせるくらいじゃまだまだじゃないか。どうせ見るなら一緒にもっと大きく広い世界をみたいじゃないか。我々はそのために日々、努めているのだからな」
「局長……」

二人の会話を聞いていた土方と総司は、顔を見合わせて、くす、と小さく笑った。
セイだけでなく、近藤もらしい、といえばらしい。

「全く馬鹿野郎が集まったもんだ」

ぼそりと、廊下の向こうに聞こえないように呟いた土方に、今度はくくと笑いを堪えた総司が照れくさそうな土方の顔を覗き込んだ。

「その片割れにいわれてもねぇ?」
「うるせぇ!」

つい大きくなりかけた土方を今度は総司が口をふさいで、しーっと人差し指を立てた。
ほとんど片付けの終わった庭からセイが廊下へと上がったところだった。

「局長!飛び切りおいしいお茶を今、お淹れしますから、副長を探してきてください」
「それもいいな。俺の部屋にうまい菓子がある。神谷君も一緒にどうだい?」
「ありがとうございます。じゃあ」

二人がそういって、連れ立って廊下のこちら側へと歩いてきたので、土方と総司は慌てて廊下の端の納戸を開けると身を隠した。

「でも、本当に最近の副長はお疲れみたいですね」
「そうかもしれんなぁ。俺ができない仕事はみんな歳が引き受けてくれてるからなぁ」
「意外とあれで不器用なのかもしれませんね。副長ってば」
「お?今頃わかったのかい?神谷君」

納戸の前を通り過ぎる二人の会話に、戸をぶち破りそうになった土方を総司が羽交い絞めにする。

「土方さんっ!!」
「童のくせに!!あいつは生意気なんだよ!」
「そんなことより!早く我々はここからでないと!」

近藤とセイの気配が離れると二人は納戸をでて副長室に向かった。部屋の前で土方は足を止める。

「土方さん?」

急に立ち止まった土方に怪訝そうな顔で総司が声を掛ける。
拾い上げたもみじの葉を手にすると土方は口元をゆるめて部屋の障子をあけ放った。

「たまには気分転換もいいな」

土方がもみじを文机に置いて、書類を脇に押しやると手文庫から俳句帳を取り出した。
ぷっと吹き出しそうになった総司は、廊下に座って、セイが清めた庭をぼんやりと眺めた。まだ屯所の庭のもみじは青い葉のままだが、いずれここも朱色に染まるだろう。

「私だって、知らないことの方が多いんですよねぇ」

一人呟いた総司は、青空に映えるもみじの葉を思い浮かべた。

 

 

– 終わり –