梅雨稽古 2

〜はじめの一言〜
ことさくら様への貢物です。こと様へみつぐならやはりこの方!

BGM:
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「俺も行ってかまわんだろう?トシ」
「あ……たりめぇじゃねぇか」

横を向いた土方は立ち上がると、あたふたと自室へと引き上げていき、近藤とセイは顔を見合わせるとくすっと笑った。

近藤へ頷きだけを返すと、セイは副長室に入り、今度は土方の着替えを用意した。さらりとした着流しに手拭を乗せると、土方へと差し出した。

「なんだ。俺はかまわん」
「駄目です」
「あぁ?!」
「副長も汗をかかれていらっしゃるのは一緒です。さっさと井戸端で水を浴びて着替えてください。角屋に集合っておっしゃったのは副長ですよ?!おっしゃった刻限まであと半刻もありません!」

土方に向かってぴしゃりと言うと、セイはすたすたと部屋を出て行った。後に残された土方は渋々と着替えを手に井戸端へ向かった。

夕刻、角屋には見事に小ざっぱりした隊士達が集まり、無礼講ということで飲めや歌えの騒ぎになった。

隊士たちを角屋へと向かわせた総司は、セイの姿がないことを気に掛けながらも、人が少ない屯所ならば、セイも気兼ねなく水浴びできるだろうと思って、あえて探さずにそっとしておいた。

 

 

近藤達と酒を飲みながら騒いでいるうちに、いつの間にか言い出しっぺの姿が消えている。らしいと言えばらしいが、思わぬことにならないとも限らない。酒を飲んでいても酔いきれない総司は足りない酒を追加すると言って立ち上がった。

「本当にもう……」

そっと宴会場を抜け出すと、総司は屯所へと戻った。
暗闇の中でひっそりしている屯所の中を傘を畳んで、ひたひたと人気のない廊下を歩いていると、道場へ向かう灯りが見えた。

「神谷さん……?」

その灯りを頼りにそちらに歩いて行くと、道場の中に誰かいるようだ。
夜中の稽古ならば自分の専門だと思っていた総司は、そこに灯りを持ったセイが向かったことを不思議に思った。

「かみ……」

声をかけようとして総司が止まった。
百目蝋燭を手にしたセイが道場の入り口で灯りをともすと、すたすたと二つの蝋燭を道場の中へと持って入っていく。

「……っ!」
「あ、まぶしいですか?もっと早めに灯りをつけられたらよかったのに」
「神谷っ、何だ手前……」
「何って……。副長の事だから、暑いよりも、くさくさする気持ちのままじゃいられないと思っただけですよ」

黒い稽古着姿で汗を流していた土方は、平然と現れたセイに慌てていた。てっきり皆、出払ったものだと思い込んでいたのだ。

「おまっ……」
「ご心配なく。副長のそういうところ、ご存じなのは私だけじゃありませんから」

セイにそう言われて、総司は自分の事かと道場へ足を踏み入れようとした隣を追い越していく黒い人影を見た。

「まあ、そういうことだよな」
「原田さん?」
「俺達には、こういうときは酒や女よりもこっちなんだよなぁ」
「永倉さんも」

着流し姿ではあるものの、竹刀をその肩に担いだ二人に、総司がぷっと吹き出した。
確かに、土方のへそ曲がりを熟知しているのは総司だけではないらしい。その間にも、夜稽古用の百目蝋燭へセイが火をともしていくと、道場の中がまるで昼間のように明るくなった。

「はは。土方さん。観念して、一本やりましょうか」

壁にかかった竹刀を手にした総司に、土方が苦虫をかみつぶした顔を向けた。

「―― ……お前、たまには俺にも勝たせろよ」

その一言を聞いたセイが、ぷぷぅっと吹き出した。

「この野郎、神谷!」
「あははっ、すみません!副長」
「駄目だ、許さねぇ!そこで、俺やこいつらが竹刀持ってるのに、唯一木刀できやがった奴と一緒に、防具持ってこい!」

悔し紛れに叫んだ土方の言葉に、今度はもう一つの出入り口から藤堂が現れた。

「なーんだ、ばれてたのか。巡察組だからって忘れないでよね」
「藤堂先生!だから木刀はよしたほうがいいって言ったじゃないですか」

セイがひそひそと囁くと、土方がぎろりと睨みつけた。よほど悔しかったのか、目を吊り上げた土方はそれから立ち合い稽古と乱戦を模した稽古をはじめることになる。

セイと藤堂の手で運ばれた防具をつけると、滅多に見られない土方や総司達との試合が始まった。

あはは、と楽しそうにしていた総司がすすっとセイの傍にやって来た。

「今の内ですよ、神谷さん」
「え?はい?」
「だって、貴女だけ昼間も水浴びできなかったでしょう?今なら幹部棟の風呂を使えますからどうぞ、入ってらっしゃい」

総司がそれを知っていた事に、一瞬、嬉しそうな顔をしたセイは、はっと自分が汗臭いからでは?!と慌てた。
ぺこりと頭を下げると、後よろしくお願いします、といって急ぎ足で幹部棟へ歩いて行った。

「さぁ!土方さん!今度は私が相手ですよ」
「総司!お前、いつも良い処で持ってくんじゃねぇよ!!」

夜だというのに、道場の中は賑やかな笑い声が広がっていた。顔を出した井上まで輪の中に加わった顔ぶれ場ひどく懐かしい空気で土方を癒していく。

 

そんなある、梅雨の一コマでした……。

– 終わり –