風のしるべ 12
〜はじめの一言〜
原田さんはどうしてもおまさちゃんのところに戻りたかったんだろうなぁ
BGM:Zhane Hey Mr. DJ
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「よっ」
「ひぇぇ!」
未生は、近づいてくる人がいるなとわかってはいたので、すぐに原田だと気づいたが、まさみは飛び上がって驚いた。どうにも視界が狭いのか全く気付いていなかったらしい。
「おっ、驚かさないでくださいっ!!」
もはや条件反射の勢いで原田に噛みついたまさみに、スーツ姿にポケットに手を入れるという、初めてまさみと電車で会った時と同じような姿で首を傾げた。
「……っかねぇな。んなこといったって、遠くからまさみちゃ~ん!って宣伝しながら近づいて来たら、それはそれで恥ずかしいんじゃないの?」
「当たり前じゃないですか!誰もそんな極端なことしろなんて言ってませんよ。……あー、びっくりした」
空気を察して、なかなか微妙な立場になってしまった未生は大人しくその場で二人の顔を眺めていたが、鞄を小脇に挟んだ原田がにこっと笑いかけたのをみて、小さく頭を下げた。
「名前なんだっけ。彼女、この前のバイトできてた子だよね?」
「富永です。こんばんは。菅原さんに誘われて一緒に来ちゃいました」
「そうだってね。バイトで一緒だった子と一緒に行きますって聞いた」
こちらは和やかに挨拶を済ませていると、ぶつぶつ文句を言いながらまさみは、携帯をチェックして、近くの店をいくつか表示させていた。
未生が見ているのに、スーツ姿にビジネスバックを脇に挟んで、スーツのポケットに手を突っ込んだ姿の原田は、まさみを見ているだけで、至極嬉しそうだった。周囲にざわめいている待ち合わせの人々がいるなかで、なぜか原田はその場から動こうとはしない。
人が多い場所だからか、なかなか検索が表示されなくて焦るまさみに原田は笑って、軽く頭を撫でた。
「あー、まさみちゃん。焦んなくていいよ。何食べたいの?二人は」
「えっ?今日はこの前のお礼ですから、原田さんが好きなものでいいんですけど」
「いやいや。そんなわけにいかないでしょ。気持ちだけありがたく頂いとくけどさ。社会人と学生じゃ、ね」
情報サイトで、駅からそう遠くないあたりの雰囲気の良さげな店を調べてきていたまさみは、原田の言葉に慌てた。お礼をしたくてこうして場を設けたのに、奢られたのでは困るのだ。
すっとポケットから手を出した原田は、腕時計を眺めた。
「悪いね。もうちょっと待ってくれる?そろそろ来るはずなんだわ」
「来るはず?」
「そ。若手女子二人に俺一人じゃ申し訳ないからなぁ」
何が申し訳ないのかわからなくて、未生はまさみの顔を見ると、まさみの方も予定が変わってしまう、と困った顔をしていた。
その間にもどんどん、空はオレンジ色の名残から濃紺の色に変わっていき、あちこちの電飾がきらきらと輝き始めていく。あまり遅くなってしまうと、いい時間になってどの店も入れなくなる。
それを気にしてまさみが店だけでも決めてもらおうと、原田に携帯を差し出した。
「あの、遅くなるとお店も入れなくなっちゃうから決めませんか?」
「ああ。何食べたいか聞いといてアレだけど、予約してるから大丈夫」
「えぇ?!そうなんですか?」
「そらそうでしょ。まさみちゃんのお誘いだし?」
待ち合わせてからうろうろする気など原田には全くなかった。
自分勝手というか、大人だと言えばいいのかわからなかったが、学生二人はもはや、原田の言うとおりにするしかないらしいと大人しく並んだ。
「なんか……、ごめんね。富永さん」
「いえ。大丈夫です。でもやっぱり変わってますね」
―― 原田さんて
ひそひそ、と二人が囁き合っていると、不意に原田がスーツの胸の内側から携帯を取り出した。
「おう。俺」
どうやら着信があったらしく、何やらどこにいるのなんのと話をしている。そのうち、話しながら駅の方に顔を向けると、片手をあげた。
「ここ、ここ」
いきなり現れたもう一人のスーツ姿の男に、まさみも未生も目を丸くして顔を見合わせた。さすがに今度はまさみも、その顔に覚えがあった。奏は、どちらかといえば仏頂面で原田に向かって『伝言』を伝える。
「原田さん、土方さんが文句言ってましたよ」
「ああ?」
「帰りがけにメール投げ逃げして帰ったって」
あちゃ、と言う原田に、あれこれと仕事の話をしていた奏が、傍に立っていた二人にようやく顔を向けた。
「あの、面接のときにいらっしゃった方ですよね?」
まさみの記憶力があまりあてにならないらしいと知った未生が、誰もがわかる場面を口にすると、原田が奏の肩に手を置いて、二人の方へと体を向けた。
「これね。同僚でこの前のイベント一緒にやった奴。沖田奏っての」
どういう紹介ですか、とぼやきながらも軽く息を吐いた奏は低い声で話し出した。
「こんばんは。沖田といいます。原田さんが女子大生と女子高生二人では申し訳ないっていうんで急に参加してすみません」
落ち着いた話し方だったがどことなく冷たい印象があって、未生は自己紹介するまさみの隣で軽く頭を下げただけで、何も言わなかった。
男二人は再び顔を見合わせると、ぼそぼそと何か話をした後で、まさみと未生を振り返っておいでおいで、と手を振った。
「とにかく、お待たせしてすみません。出がけにちょっと引っかかってしまったものですから。お店は原田さんが予約していますから行きましょう」
「そそ。お腹すいたっしょ。二人とも」
行こう、いこう、とはしゃぐ原田に、どうしたものかと顔を見合わせた二人は、仕方なく原田達の後に続いた。
おかしな店に行きそうだったら、未生を連れてすぐに帰るつもりだった。だが、落ち着いた雰囲気の居酒屋というより、和食の店らしいところに連れて行かれたまさみは、違う意味で店の前で躊躇してしまった。
「原田さん、これじゃ全然お礼なんて」
「いいからいいから。気にしなくていいからとにかくおいで」
入ったことはなくても、店の雰囲気や、入口に置かれたメニューをちらりと見れば自分達の様な学生が来るような場所ではないというのもわかるし、その値段も大学生がコンパや飲み会で足を運ぶような居酒屋とはマルの数が一つ違う気がする。
付き合いとはいえ、自分の分は自分で払うつもりだった未生が困って顔を上げた先で沖田と名乗った男と目があった。
ひょいっと肩を竦めて、原田が先に入った店の入り口に手をおいて二人を中へと促す。
「遠慮することはないと思いますよ。仕事で知り合ったお二人にこちらから連絡したのなら、いろいろ問題になりますが、今回は原田さんが個人的に知り 合いになっていた経緯もありますし、その事情を忘れずに連絡をくれたことが嬉しかったみたいですから遠慮なく。それに、店の入り口でごたごたしていてもお 店の迷惑ですよ」
優しいのか、冷たいのかよくわからないセリフを口にして奏は、まさみと未生を店のなかへと押し込んだ。
―― この人、優しいんだか冷たいんだかわかんない
単なる付き合いであるのに、自分までと困ったことをまったく子供扱いされて少しばかりむっとする。
ボックス席に案内されると、まさみと未生は男二人と向き合う形で席についた。
「よっしゃ。じゃ、女子二人はノンアルコールのカクテルだな」
勝手にドリンクも決めてしまった原田が、よくわからないうちにさっさとオーダーまで済ませてしまった。すぐに温かいおしぼりを持ったウェイターがやってきて、それぞれに手渡すと季節の花がプリントされた紙をそれぞれの前においてテーブルを整えて行った。
– 続く –