風のしるべ 34

〜はじめの一言〜
現代だと少しだけ原田兄貴はがっついてません。兄貴、おっさんだから少し引け目をね・・・。
BGM:Believe in love
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肩の上に引き寄せたまさみの頭を、ゆるやかに撫でる。

初めて肌を合わせたまさみには、何もかもが未知のことで、ぐったりと力の入らなくなった体を言葉通りに大事にしてくれた原田に任せて、とろとろと半分まどろんでいた。

人の肌の熱も温かさも心地よくて。

そろそろ終電の時間でもある。このまま泊まるのはさすがに可哀そうな気がして、そうっとまさみの長い髪を踏んづけないように体をずらそうとした。

「……え?」
「あ、悪い。さすがに泊まりはまずいだろ?」

苦笑いを浮かべた原田に、肘をついて起き上がりかけたまさみは途方に暮れてしまった。

「あ……。うん……」

原田は、明日も仕事があって、学生の自分とは違う。そんなことはわかっていても、気持ちは正直だった。

―― 一人にしないで

困った顔で頭を掻いた原田はしかたねぇなぁ、と呟いた。

「あのねぇ。……」

くるっと後ろを振り返った原田はまさみの肩を覆っていた薄掛けをするっと当たり前のように剥いだ。

「!」

かぷ、という音がしそうな感じで、ぱくりと食いつかれる。ぬるりと舌が這う感覚に動けなかったまさみが慌てて身を引いて薄掛けを引っ張った。

「な、な、なに食べて」
「食べるよ。このままここにいたら。骨まで全部」

それでもいいの?と言われてるのだと気づいたまさみは、原田の肩に自分がされたのと同じように小さく口を開けてかぷ、と歯を立てた。

さすがに恥ずかしくて舌を伸ばすのは躊躇われた分、小さくちゅっと吸い付く。小さな朱色の跡が原田の肩先についた。

「食べつくされる前に私も」

―― 怖いんです。一人になるのが

このまま一人にされたら夜が怖くなる。まさみの中に眠るおまさが、置いて行かれた夜のことを思い出すのだろうか。

「……ごめん」

不意に口をついて出てきた言葉に自分でも驚く。そんなつもりなどなかったのに、ごめん、と謝ったのはきっと原田の中の原田だろう。

「わかった」

水、な、と小さく呟くと、原田は傍に放り出してあった自分の服に手を伸ばした。キッチンに向かうと傍に置いてあったコップを借りて水をくむ。小さな泡をコップの内側にたくさん張り付かせて、くみ上げた水を飲むと、残りをまさみのそばへと持っていく。

差し出された水を手にして、こく、と口にする。

枕元の小さなチェストの上にコップを置くと、その隣に静かに原田が座った。

「本当は、ね」

背中を向けているのに、ほんの少しだけぬくもりが触れる。

「そんなに無理させるつもりないんだよ。一緒に寝ようか」

ただ寄り添って、眠りたいという原田の背中にまさみがぎゅっと手をのばして抱きついた。

「なんだ。甘えたさんだな」
「だって……」
「何」

背中に頬を摺り寄せたまさみが小さく首を振った。ただ一緒にいたいというのがうまく言えなくて、ぎゅっと細い腕で張り付く。

その手をやんわりと解いた原田が布団の中にもぐりこんで、まさみを腕にすっぽりと包み込む。

「原田さん、体温高い……」
「馬鹿だねぇ。こういう時はただ温かいっていえばいいのに」
「あ……。そっか」

ふふっと笑ったまさみの肩を寒くないように肩まで布団をひっぱりあげる。我ながらずるいなとおもうのは、自分だけ服を着たことだ。

「あとねぇ」
「はい?」
「原田さん、はなくない?まさみちゃん」

うっと、言葉に詰まったまさみが原田の肩先に顔を埋める。よほど恥ずかしいのか、じたばたともがいた揚句、なんて呼べばいい?と助けを求めてきた。

それがあまりに可愛くて、くくっと原田が笑う。

「そーだな。忠一って呼びにくいからなぁ。じゃあ、イチとかどうよ。忠一の一」
「イチ、さん?」
「いいよー。イチクン、でも一ちゃん、でもなんでも」

相変わらず、軽いっと笑ったまさみが、じゃあ、というと、原田の耳元にぐっと近づく。

「一ちゃん、でいいですか?」

ぞくっと、耳元でささやかれた言葉に言われた方は、何とも言えない気分になる。そこで反則だと教えてやろうにも、嬉しそうに隣でくすくす笑っていたまさみは、いつの間にか眠そうにしていた。

今夜はしかたがないと、その背中を子供でもあやすように何度も撫でているうちに、健やかな寝息が聞こえはじめる。

―― あの頃より、もっと幸せに感じるもんだなぁ

あのころは、毎日が刹那の瞬間で、生きて帰るつもりでもいつどうなるかわからないことが常に傍にあった。
こんな柔らかな時間より、全力でその場を生きていたような気がする。

そういえば、このところ、様子がおかしいなと思っていた後輩のことをふと思い出した。

―― あいつは思い出したのかなぁ

もう何一つ苦しむことのない世界に今は生きているのだから、心置きなく幸せになればいい。もし奏も思い出したのだとしたら、そう言ってやりたかった。

思いがけない出会いは必ず身近にあって、出会うようになっているのだ。

– 続く –