白き梅綻ぶ 2

〜はじめの一言〜
サイドストーリー系第二弾でございます。
BGM:Metis   梅は咲いたか 桜はまだかいな
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「戻ったぞ、タエ」
「お帰りなさいませ」

永倉を屯所に送り届けた後、自宅に戻った秀介は勢いよく玄関の引き戸を開けた。
新撰組に入ってから秀介はこんな風に夜半に戻ることがある。特に非番の日など、そんなに前からわかるわけではないだけに、突然の帰宅もざらであった。玄関まで迎えに出たタエはいつになく、機嫌のよさそうな秀介を微笑をもって迎えた。

「タエ、聞いてくれ。俺は永倉先生の二番隊に配属になった。一番隊は局長の親衛隊であり、他の組はその組番の若い順に精鋭部隊なのだぞ。その二番隊に加えていただくことができたのだ!」
「それはよろしゅうございました。おめでとうございます」

興奮気味に話す秀介が部屋に入るのについてきたタエは、畳に手をついて祝いを口にした。タエにとっては、二番隊がどれほどの栄誉なのかもわからなかったが、秀介がこれほど喜ぶところを思えばそれは素晴らしいことなのだろう。
すぐに台所に向かうと、酒肴の用意を整えて膳を運んだ。屯所に住まうようになってから、秀介がこの家に戻ってきたのは数えるくらいであったが、いつ秀介が戻ってもいいように常に酒肴の用意は常に欠かさないタエであった。

「改めておめでとうございます。旦那様」

酒肴を運び秀介が盃を手にすると、酌をしながらタエは心から祝った。タエにはこのように秀介が喜ぶ姿が何よりの喜びであった。

「うむ。俺はやはり新撰組に入ってよかったと思う。タエ。それもこれもそなたが支えてくれるおかげだ」
「女子ができることなどたかが知れております。すべては旦那様のお力でございますよ」

秀介の労いにタエは静かに首を振った。この努力家の夫が新撰組の中でどれほど心を砕いているかと思えば、自分などは何もしていないと思う。せめても と、秀介の給金には一切手をつけず、仕立物の仕事で日々を暮らしている。なにせ、付き合いの多い場所でもあり、清貧でいられるようなところではないのだ。 いざというときに金で面目をなくさせるような真似はできない。

タエの心遣いは秀介にも伝わっていた。秀介は懐から手拭にはさんだ銀の簡素な平打ちを取り出した。

「いつも寂しい思いをさせてすまぬ。このようなものを買い求めたのは初めて故、よくわからぬのだが、隊の神谷さんに見立てていただいてな。気に入ってくれればよいのだが」

タエの手に渡されたそれは、決して高価なものではなかったが、嫁入りの際に秀介が送ってくれた着物同様にタエの心には響いた。嬉しそうに髪に挿しながらタエは微笑んだ。

「うむ。よく似合う」
「ありがとうございます。神谷様にも是非お礼をお伝えくださいませ」
「もちろんだ。神谷さんはな、まだ前髪の方なのだが、一番隊の沖田組長の愛弟子なのだ。見目は女子のように柔らかで可愛らしい姿をされているが、古参の隊 士でな。隊内では幹部の皆様の信も厚く、古参を鼻にかけることもなく身を粉にして働いておられる。年下とはいえ、見習いたいことがいくつもある方なのだ」
「本当に、よい方々に巡り会われたようですね。他にはどのような方々がおいでになるのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

控えめにたずねたタエに、秀介は嬉しそうに頷いた。己ばかりではなく、タエにも日々の屯所での暮らしを知ってほしかった。

「もちろんだとも。まず近藤局長だ。会津藩お召抱えの声もかかったことがあるということなのだが、ご自身ではまだ見合う働きができていないとおっしゃって辞退されたのだ。なかなかできることではない」

平隊士の秀介は、近藤と直接、接することなどほとんどないが、その姿はやはり大きな影響を与えているらしい。また、幹部の者たちは隊士同士の間で語り継がれる逸話にも事欠かないともいえる。

「鬼の副長は、まさに鬼といわれる采配ぶりでな。幹部の方々もよく怒鳴り飛ばしていらっしゃるんだが、皆さん、それを厭うこともない。常に隊のことを考えていらっしゃる姿が伝わるのだろうなぁ」
「幹部の方々というと多くいらっしゃるのでしょうか?」

素直なタエの問いかけに秀介は頷いた。そして矢立を持ってこさせると、紙に書き始めた。

「局長と副長のお傍には、参謀がいらっしゃる。兵法に長けていらっしゃる伊藤参謀はその物腰の柔らかさからは想像もつかない剣の腕をお持ちで、いつ ぞやは副長との稽古試合で見事な腕前を披露されたそうだ。またな、土方副長が大好きでいらっしゃるらしくて、いつも丁々発止のやり取りが面白くてかなわん のだ」
「まあ。伊藤参謀は衆道がお好みでいらっしゃいますの?」
「それがそうでもない。江戸には美しい奥方がいらっしゃるというし、こちらでも花香太夫を身請けしていらっしゃるような方なのだ。誠に面白い」

懐紙にさらさらと名前を書きながら秀介は楽しそうに笑った。まさかに日頃繰り広げられるあのやりとりのすべてを語って聞かせることはできないが、その雰囲気は思い出すだけで笑ってしまう。
さらに、組長方は一番から十番まで皆逸話に事欠かない顔ぶればかりである。

「一番隊の沖田先生は甘味好きで有名だな。よく神谷さんを伴って甘味所巡りをされている。いつもはにこにこと笑顔の絶えぬ気さくなお姿だが、いざ刀 を抜かれると、鬼神の如くとはまさにあの方をさすよ。私はまだ一緒に捕り物に出させていただいたことは一度しかないが、一番隊は鬼神の沖田組長と阿修羅の 神谷さんで有名なのだ」

秀介は二番隊の出動の際に一番隊の姿を目にしている。すばしこい神谷の姿や、組長の沖田を取り巻く一番隊の姿はまさに精鋭部隊だった。
秀介はそれから二番隊を初めとして次々に隊の人々について説明していった。その姿をみているだけで、どのような方がいて、どんな風に日々を暮らしているかがよくわかる。
タエは遅くまで秀介の話しを楽しんで聞いていた。これまで秀介と暮らしていた日々の中でもっとも会話が進んだ時間かもしれなかった。

翌朝、久しぶりのタエの朝飯を取った後、非番明けで屯所に戻る秀介にタエは着替えの包みとは別に、羽織の包みを差し出した。

「旦那様の組長でいらっしゃいます、永倉様へ差し上げてはいかがでしょうか。お独り身と伺っておりますので、これからも何か繕い物などがありましたら、是非伺ってくださいまし」
「おお。ふむ、よい色合いの羽織だ。永倉先生も喜んでくださるだろう。ありがとう、タエ」
「旦那様の新しい羽織はお着替えの中に入れておきましたので」
「そうか。助かる。寂しい思いをかけるが、また次の非番にな」

玄関口で大きく手を振った秀介にタエも小さく手を振って送り出した。
物腰の柔らかく、日頃の態度も悪くない秀介だったので、近所の者達の評判も悪くはない。角を曲がる途中で近所の者に声をかけられている。

「あら、佐々木センセ。お休みやったんどすか?ご苦労様どすなぁ」
「いやぁ。またしばらくの留守の間、タエをよろしくお願いします」
「心得てます。お勤めお気張りやっしゃ」

明るく答える秀介に町屋の内儀もニコニコと答えている。さらに道の先の角を曲がるまで、タエは秀介を見送り続けた。

屯所に戻った秀介は、隊部屋に戻ると永倉の元へ向かった。二番隊の隊士達は比較的落ち着いた面々が揃っているので、非番あけの秀介をからかうものも少ない。

「永倉先生、非番の休み、ありがとうございました。ただいま戻りました」
「おぅ。また飲みに行こうぜ」
「はい。戻りましたところ、妻が永倉先生へとこれを……」

隊では皆、隊服以外は各々の裁量であるし、永倉ほどの男であれば支度をしてくれる女子などいくらでもいるとは思ったが、このようなものが幾枚あっても困るわけではない。
風呂敷から差し出した羽織を見て永倉も喜んだ。

「俺にか。いい色合いの羽織じゃねぇか。ありがたくいただくと内儀殿へお礼を伝えてくれ」
「承りました。喜んでいただけて何よりです」

早速、羽織に腕を通している永倉に、秀介も喜んだ。 隊内でも数少ない妻帯者である秀介を他の者たちも微笑ましく時に思っている。

「なんだ、佐々木さん。俺にも!!」
「そうだよ。俺にも作ってくれ~!!」
「はは、仕立ての内職ができるなぁ」
「奥方に是非に!」

他の隊士達も笑いながら手を上げた。店で仕立てることも、仕立てる妓にも困らぬ男達ではあるが、誰かの内儀の手によるもの、というのが嬉しいらしい。半分ふざけながらも、皆、佐々木に俺も俺もと頼み込む姿が隊部屋でにぎやかに繰り広げられていた。

 

 

– 続く –