双剣の翼

〜はじめのつぶやき〜
格好いいんですよぅ。彼らって。

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捕り物が始まると、いつものことだが、その場は混乱し始める。

「神谷さんは……っ!」

総司が振り返って下がらせようとする間もなく、小さな体は一瞬で先頭まで走り込んで正面から敵に向かって行こうとする。その両脇を山口と相田が遅れない速さで走り込んだ。

刀をセイが敵に向かって振りかぶったのを敵がにやりと笑って脇構えからセイの横腹に向かって刀を繰り出してきた。

「はぁっ!」

両脇にいた山口と相田が相手の首筋と腕の腱を斬った。すぐに後ろから総司が走り出て、セイと山口、相田にそれぞれ息のある者達を捕縛するように指示を出す。

指示通り捕縛に回ったあと、次々と捕えられていく人数を数えていたセイが、ぱっと弾けるように走り出した。

路地の奥に逃げ込んだ人影に追い付くと、利き足を軸に綺麗な弧を描いてセイの刀が横に走った。逃げられないと思ったのか、まだ逃げられると思ったのか。

渾身の一撃で振り下ろされた刀をセイに追いついた相田が受けて、山口が足元へ浅手を加える。峰を返したセイが、最後に首筋を強打して相手が崩れ落ちた。

「ふうっ」
「よっし、こいつ縄掛けてさっさと戻ろうぜ」

相田が刀を納めて、すぐに懐から捕縛縄を取り出した。素早いし、鋭い一撃を繰り出すのは分かっていても、セイには持久力もパワーもない。これだけの取り物に出動すると、最後の一撃でセイの体力は使い果たしているはずだ。

山口と相田で捕縛した相手を引きずって行き、セイは敵の持っていた刀を持ってそれに続いた。

皆が集まっているところに戻ったセイをみて、ほっとした総司は状況を確認すると、奉行所への引き渡しをすませて屯所に戻った。

 

 

 

「神谷、いいかぁ?」
「はーい」

山口がセイにむかってくいっと腕をあげた。すぐにぴんときたセイが竹刀を持って駆け寄ってきた。山口の隣には相田が待っている。

「やるか?」
「もちろん」

にこっと頷いたセイと共に、道場の中から中庭に出て行く。表に出ると、まずはセイと山口が組んだ。相田が敵役になって立ち合いを始めた。

「はぁっ!」
「とぅっ!!」

相田とセイが向かい合い、立ち会っている背後から山口が攻撃を仕掛ける。
セイの打ち込みには迷いがなくまっすぐに敵に向かって行く。相田はわざとその隙を突くように足さばきを変えて、脇に回り込んで攻撃を繰り出す。

それを山口が防いだ。

「相手、しましょうか?」
「沖田先生!」

道場の中から出てきた総司が声をかけると、振り返った三人はお願いします、と頭を下げた。今度は総司を相手に、セイが向かって行き、その両脇に山口と相田がつく。

総司相手だと、セイにとっては総司の長身に向かって斬りつけるのは難しい。そうなると足さばきと身のこなしの速度が上がり、山口と相田がそれについて行くためにさらに速度を上げる。

結局のところ、最後まで一打も打ちこめはしなかったが、それでも相手が総司になると格段に稽古の濃度が上がった。道場の方も稽古の時間が終わり、小川が呼びに来たところで終了となる。

「あ、りがとうございましたっ」

息を切らせてセイと、山口、相田が礼をすると、総司は先にお疲れ様、と戻って行く。その後ろからついて行きながら、今度は三人がそれぞれに、あそこはこうだ、ここをこうしたら、と言い始めた。

 

隊部屋に戻った後、雑用に動きまわるセイの姿を見ながら総司は山口と相田を捉まえた。

「別に咎めるわけじゃないんですが、最近、今日の稽古みたいなことをずっとやってますよね」

山口と相田はそれぞれ顔を見合わせると、廊下に座っていた総司の目の前に腰を下ろした。

「すみません、勝手なことを」
「あ、いや、だからですね。悪いって言ってるんじゃなくて何をしてるのか教えてもらえたらなぁと思ったんです」

相田がくすっと笑うと、口を開いた。

「出動の度、捕り物の度に沖田先生が一番口を酸っぱくしておっしゃってるんで、おわかりだと思うんですが、神谷の奴、いっくら言っても、稽古で腕を上げて行くとどんどん突っ込んで行って、あの早さにもう誰もついていけないじゃないですか」

腕を上げれば上げるほど、セイの反射速度が上がって行くのは確かで、力で負ける分、早さで補おうとするためにますます、周りが追い付かなくなっていた。
飛び出すだけ飛び出しても、結局力と持久力が乏しいと後半には押し負けてしまう。

セイはそう思っていなくても、セイの危険度だけがどんどん上がって行って、周りにいるものは気が気ではないのだ。

「それで、俺と相田で相談したんですよ。俺達ならまだ何とか神谷の反応に半拍くらいの遅れでついていけるんで、やってみようかって」
「神谷は正面から敵に向かって行きますし、強い相手なら回り込んで隙を狙おうとしても、結局まっすぐな剣じゃないですか。なので、俺達はその両脇や裏に回って、敵にむかってみようとしてるんです」

山口と相田の話に、総司は眉間に皺を寄せた。それだけセイの無鉄砲さが際立ってきていて、彼等二人にも危険を背負わせているのなら組長として、厳しく諌めなければならない。

総司の表情が固くなったのを見て、山口と相田は急いで続きを話し始めた。

「誤解しないでください、先生。俺達は自分達も危ない目に合おうなんてこれっぽっちも思ってないんですよ」
「そうです。逆に効率の問題なんですよ」
「効率?」

二人の言葉に総司が問い返す。一番隊において、セイの早さについて行きつつ、腕が立つこの二人をセイの両脇につけるということはそれだけ戦力としても、勿体ないように感じたのだが、そうではないという。

「つまり、神谷は敵を嗅ぎ分けるのがものすごく速くなったんですよ。しかも、本人は無意識でしょうけど、強い相手から見つけるんですよね。本当に腕の立つ奴なら沖田先生がでられるじゃないですか?」
「となると、二番目以降で強いのから神谷が見つけて行くなら、それを援護しながら俺達で仕留めて行けば、ただ乱戦で目の前にいる奴から仕留めて行くよりよっぽど効率がいいんですよ」

確かに、人数が多ければ多いほど、それほどでもない者達は、他の隊士達が捕縛していくし、もしそんな相手にあたってもセイ一人で仕留められる。相手が強ければ山口と相田が援護して仕留める。

「それに、あいつ、逃げた相手を追うのも早いし、間違いないんですよね」
「あれでもう少し力負けしない筋肉と持久力がつけばいいんですが、こればっかりは仕方ないですからね」

ようやく納得した総司の顔がふっと緩むと、今度は苦笑いが浮かんだ。
自分だけでなく、山口と相田も結局はセイが心配なのだろう。

「お二人には、気を遣わせてすみません」

組長としてもっと配慮すべきだったと、総司が頭を下げると二人がとんでもない、と言った。

「俺達、あいつには振られましたけど、まだまだ惚れてんですよ。沖田先生が、組長の立場でなかなか身動きとれないときも、現場では俺達がアイツを守りますから!!」
「そうですよ!俺達はアイツが幸せになるのを見届けるまでは死んでも死にきれませんから!何が何でも守って、無事に沖田先生の元に帰すのが使命だと思ってます!」

総司とセイが衆道の仲だと疑っていない隊士達は、常に自分達にできることはしてやろうと思っている。これはその一つなのだと、言われた総司は離れた井戸端で他の隊士達と共に洗濯に精を出している姿に目を細めた。

小柄で、華奢で。弱いくせにすぐに突っ込んで行って。

だが、その姿は沢山の大きな翼に守られて、大きく羽を広げていく。小さくても折れない翼がいつまでも羽ばたき続けられるように。

「ありがとう。山口さん、相田さん」
「礼なんか無用ですよ、先生。俺達、どう頑張っても恋敵にはならないでしょうけど」

 

それでも守りたい気持ちは同じなのだと。視線の先には……。

 

– 終わり –

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