草紅葉 10

〜はじめの一言〜
先生が我儘なのは……基本セットですよねぇ?

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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「どうしてなのか、それを私が聞くのは間違ってるのかもしれません。でも、どうしても私にはそれが納得してのことだとは思えないんですよ」
「ならとことんまで聞いてやればいいじゃないか」
「そうなんですけど……」

それを聞いていいのか、本当は迷いがあった。それでも聞いたのは、斉藤がただ報われない想いから逃げ出すのなら止めたかったというのが言い訳で、ずっと同じようにセイを想い続けてくれるような気がしていただけだ。
裏切りだというのはあまりに勝手な言い分だろう。

「それだけじゃわかんねぇな」
「ですよね。すみません」

総司が迷っていることはわかったが具体的な話ではないので、土方はそれ以上何かを言ってやることはできなかった。だったら、詳しく話せというところだがそれを聞いても、話す気があるならとうに言ってるだろう。

「ったく、お前はいつまでたっても甘ったれだなぁ」

苦笑いを浮かべて土方は天井に向いていた目を閉じた。総司は、いくらかふてくされて横にいる土方の方へ顔を向ける。

「どうせ末っ子ですよ」
「ちげぇよ」

くくっと土方は布団の中から腕を出して額に手を当てる。本人は自覚がないのだろうが、その我儘の相手にどこかで甘えているのだろう。それが同輩であっても、総司にしては珍しく常に一緒であるとどこかで思いたかったようだ。
それだけ総司が信頼する相手と言えば試衛館の仲間と組下の隊士達と……。

「お前、もしかしてその相手は斉藤か?」

閉じていた目を開けた土方が目線だけで問いかけると、総司が半身を起しかけた。

「そ、そんな」
「くっくっく。お前わかりやすいなぁ。なんだ、斉藤が見合いするのがそんなに嫌なのか」
「そんなんじゃ……」
「なるほど。図星なんだな?」

そこまで追い込まれると、総司はもう何も言えなくなってむっつりと黙り込んだ。甘えているつもりなどはないのだが、そういわれれば何とも言い様がない。ぶつぶつと口の中で何かを呟いた後、どさっと体を横にした。

「……そんなんじゃありませんよ」
「じゃあ、なんなんだ?お前も嫁がほしくなったのか?」
「それこそ冗談じゃありません。私は生涯独身と心に決めてるんですから」
「馬鹿だな。そんな情けないこと言うな。家の事だけじゃねぇ。いつかお前にどうしても守りたい女が出来たら、ちゃんと考えてやれよ」

―― どうしても守りたい人ならいるんですけどね

その相手を巡って、斉藤と微妙なことになっているのだとはさすがに言えない総司は、ふう、とため息をついて土方に背を向けた。斉藤の様に、セイを嫁にするということは今まで全く頭になかった。
土方の何気ない言葉から、総司は自分がセイを嫁にするということを改めて考えてしまった。

―― まさか……。神谷さんはそんなこと思いもしないでしょうに

自嘲気味に自分を笑ってしまう。総司がセイを嫁にするかどうかより先に、セイがそれを望むかどうかと考えれば答えはすぐ見える気がした。
総司にしてみれば、セイは常に武士として生きることを望んでいるようにしか見えない。自分の事も武士として、総司が近藤を慕うように、慕ってくれてはいてもそれは武士としての事だ。

「本当に、私は馬鹿だなぁ……」

総司がつい漏らしてしまった独り言を、背後にいた土方は寝たふりで聞かなかったことにした。

 

 

 

 

朝になって起床の時間になると、土方はぱちっと自然に目が覚めた。隣には涎を垂らしてだらしなく寝ている総司の姿があって、一瞬、ぎょっとしたがそういえばと昨夜を思い出した。

「……ったく……」

苦笑いを浮かべて総司の肌蹴た布団を戻してやると、手拭を手にして部屋を出た。はぁ、と吐く息が白くなるというのに、土方の口元は珍しく綻んでいた。
どうせしばらくすれば、総司を起こしにあのうるさいのがやってくるだろう。

土方が思った通り、起床の太鼓とほとんど同じくらいにぱたぱたと小柄な姿が幹部棟の方へと現れた。
昨夜は、隊部屋に戻らなかった総司が土方の元にいることはわかっていただけに、気になるものの様子を見に行くこともできず、セイは悶々として一晩を過ごしたのだ。

副長室の前に膝をつくと、冷えた空気を吸い込んだ。

「おはようございます。神谷です」

声を掛ければいつも土方は寝ざめがいい方ですぐに応じる。返る声がないので、細目に障子を開けたセイは、部屋の主の姿がないことに気付いて大きく障子を開けた。

いつもの平和な顔で大の字になっている姿に、セイは顔が左手で描いたような顔になる。昨夜自分が眠るに眠れず、心配して過ごしたというのに、この姿を見ていると無性に腹が立ってきた。

「おはようございます!!沖田先生っ!!」

大音声のセイの声にびくぅっと総司が飛び上った。眠い目を擦りながら、飛び起きた総司がきょろきょろとあたりを見回して、枕元に座っているセイに気づく。

「……神谷さん。起こしてくださるのはありがたいんですけど、もう少し……、穏やかな起こし方をですね」
「とんでもありません!これで温い起こし方をして気合が入っていないなどと言われてはかないませんから!!」

険しい顔のセイに、ぽりぽりと頭を掻いた総司は大あくびをした。

「そんなこといいませんよぅ」
「いいえ!!」

何度この甘言に惑わされた事だろう。大丈夫と言われながらも、結局不機嫌になった総司に叱られたことが何度あったかしれない。
その手には乗らないとばかりにぎろりと総司を睨んだセイは立ち上がると土方の布団を片付けて、まだ欠伸をしている総司の布団も引っぺがした。

「うわっ、なにするんですよう!」
「もう!とうに、起床の太鼓はなりました!下の者の手本たる組長がそのような姿では示しがつきません!」
「わかりましたよぅ。もう、神谷さんてば……」

ぶつぶつと文句を言いながら総司が起き上がると、顔を洗い、厠を済ませた土方がさっぱりした顔で戻ってきた。

「なんだ。お前、まだいたのか?」
「ひどーい。まだいたのか、はないじゃないですか。土方さん」
「神谷、このうるせぇのをさっさと連れて行け。邪魔だ」

土方の言い様に、何て言い草だ!とおもったものの、朝から面倒な土方に説教を食いたくはない。つん、と顔を逸らしてわかりました!と怒鳴るように答えると、セイは寝ぼけ眼の総司の着物を引っ張って副長室を後にした。

 

– 続く –