草紅葉 12

〜はじめの一言〜
人間素直が一番!

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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散り散りになった隊士達の中には当然の様に一番隊の隊士達も含まれている。羽織の袖に腕を差し入れた総司が逃げてきた隊士の目の前に立ちはだかった。

「あっ……。沖田先生」
「皆さん、随分暇そうですね?」
「いや、あのっ」

じろりと睨みつけた総司に隊士達が震えあがる。不機嫌な総司は土方に負けず劣らず恐ろしいのだ。

「先日捕縛した者達を町方の牢へ移動する支度の最中だってことを忘れているんじゃありませんよね?」
「あっ!も、もちろんです!!」
「た、ただいますぐに!!」

慌てた隊士達が隊部屋へと駆けこんでいく。入れ替わるようにセイは隊部屋から羽織と刀を腰に差して出てきた。セイにまで文句を言いそうになった総司は、きちんと支度を終えていたセイに口を開きかけて寸前で止めた。
その動きにセイが気づかないはずがない。
むっとした顔で、セイが総司を見上げた。

「なにか?!私はもう支度が出来てますけど」
「……仕事ですから当り前です」

急に機嫌の悪くなった総司にセイがかちん、として片眉を上げた。朝といい、急に機嫌の悪くなった今といい、総司には振り回される。
その間に、慌てて羽織に袖を通し、刀を手にした隊士達が男を三人ほど縄をかけて引っ張ってきた。

「申し訳ありません!支度が整いました!!」

息を切らして揃った隊士達は、荒い呼吸さえ総司に見咎められたら叱られそうで、息を殺して白洲に並んだ。ずらりと並んだ一番隊の隊士達に、じろりと視線を向けた総司が頷いた。

「じゃあ、行きましょうか」

一瞬の隙だった。
慌てた隊士が結んだ縄が緩かったのか、はたまた縄抜けがうまかったのか、真ん中に並んでいた男が一人、がくっとしゃがみこんだと思ったら縄から抜けて全力で走り出した。
一人が縄から抜けたために、他の者達の縄も緩んでしまい、その隙をついて残りの二人も縄から逃れて全力で駆け出していく。

「あっ!!てめぇら!」
「こらっ!!」

浪士一人と、町人二人がそれぞれに逃れようと駆けだす。竹矢来さえ超えれば逃げやすいと思ったのか、一人ががばっと飛びつくと、足をかけてよじ登り始めた。慌てて後を追いかけた隊士達がその足に飛びつく。

まだ廊下にいたセイも急いで彼らの後を追って飛び降りると懸命に駆けだした。とはいえ、今は丸腰の彼らに向かって刀を抜くわけにもいかない。竹矢来によじ登っている者は、セイの身長では到底届くわけもないとみて、他の者達を追いかけはじめた。

その様子を見ていた斉藤は、華をその場に残して門の外へと走り出した。他の場所であれば一人になどしなかっただろうが、西本願寺の境内で、屯所からの目もある。問題ないと判断したのだ。

「何をしている!」
「うるせぇ!!どけ!!」

怒号が飛び交い、竹矢来に上った男はすぐに捕えられたが、表に走り出た浪人と町人一人は恐ろしい勢いで屯所から離れていく。足の速いセイが先に立ち、その後を隊士数人と総司が追いかけた。

セイに追いついた斉藤が、並んで走りながら片手で指示をだし、セイと斉藤の位置が入れ替わる。浪人と町人ではまだ町人の方が相手をしやすいと判断したのだ。背後からは隊士達と共に総司も来ている。

「待て!」
「うるさい!」

浪人と町人はちょうど運悪く通りかかった大店の主人らしい男と共についていた手代らしき男にそれぞれ飛びついた。決して以前からの知り人ではないはずなのに見事な連携である。

「ひぃぃぃ、お助け!」
「待て、おらっ!」

主人と手代の首をそれぞれが力づくで抑え込んでいる。手ぶらとはいえ、新選組に掴まって彼らの責め苦を受けてもこれだけ元気の残っている連中だ。腕を締めれば主人も手代もひとたまりもなく、あの世へ行ってしまうだろう。

「畜生。くればこいつらの命はないぞ!」
「俺達は、絶対に逃げてやる!」

それぞれに、怒鳴りつける男達を前に斉藤とセイは互いを見なくても呼吸を計って、立ち位置を決めた。彼らからの距離、間合いを考えて、微妙な場所に立つ。

「逃げられるわけがないだろう。大人しく戻れ」

仏頂面の斉藤が淡々と告げるが、彼らも必死だ。ここで逃れる機会を得たのは千載一遇の事である。

刀を抜くことなくじりじりと男達に迫った斉藤は、次にセイがどう動くのかもわかっていた。とっさに廊下から飛び降りたセイは足袋だけで草履をはいていない。その足元に何かを踏んだのか、ふっと屈みこんだ。

小柄とはいえ、セイが屈みこんだ姿に男達二人は一瞬、気を取られた。その隙に斉藤が浪人者の首筋を鞘ごと引き抜いた刀で打ち据えた。

「うぐっ!」
「ひぃぃぃっ!」

浪人のうめき声と、主人の首すれすれに打ち込まれた鞘に悲鳴が上がる。斉藤が動いた方へと顔を向けた町人は、とっさに腕を引いて手代の首を絞めていた。
セイは屈んだまま手代の足元を思いきり蹴りつけて払った。急に支えを失って倒れ込んだ手代の重さが腕にかかり、男がぐらりと体勢を崩したところに跳ね上がった黒い影が落ちてきた。

「神谷さん、そのまま!」

隊士達を追い抜いて駆けつけた総司が、ひらりと飛び上ってセイを飛び越えると、男の腕の腱だけを斬った。

「ぐわぁぁっ!」

叫び声を上げて、手代を離し斬り裂かれた腕を押さえた男が地面に転がった。ひゅっと刀ひいて懐紙で拭った総司が刀を納める。セイが屈んだまま手代に近づくと手を貸して立ち上がらせた。

「大丈夫ですか?思いきり蹴ってしまったし」
「う。ごほっ、ごほっ、だ、大丈夫ですっ」

まだ締められた首の苦しさに咳き込みながら、起き上がった手代はそれでも主人に駆け寄った。思いがけない災難とはいえ、いつどこで巻き込まれてもおかしくはない。

「だ、旦那様!」
「おお、大丈夫かえ」

主従が抱き合って無事を確かめている横で、隊士達が再び浪人に縄をかけている。町人の方には総司が斬りつけた腕を隊士が手拭で縛りながら押さえ込んでいる。

「神谷さん、貴女、草履も履かずに!」
「あ」
「神谷らしいな」

叱りつけた総司と、捕り物に夢中になっていたセイと、冷静に感想を言う斉藤と。
ごく、いつもの光景に三人は顔を見合わせると、笑みを交わす。はっと一番先に我に返ったのはセイだった。

「あっ!!斉藤先生!お見合い相手置き去りにしてます!」
「置き去りって……、神谷さん」
「あっ、あのっ、えっと」

あまりのセイの言い様に指摘した総司と、慌てて言い直したセイの二人を見ても、苛立つような気はしない。ただ、いつもの光景に斉藤は思わず笑ってしまった。

「斉藤先生?」
「いや……」

斉藤の笑顔に驚いたセイに向かって、斉藤はくしゃっとその前髪を撫でた。

 

 

– 続く –