草紅葉 14

〜はじめの一言〜
斉藤先生は結局、振られたのかな。早い話が。

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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「それでは華殿。世話になりました」
「とんでもありません。こちらこそお世話になりました。またお目にかかる機会があるかわかりませんが、どこにおりましても斉藤様のご武運を祈っておりますわ」
「ありがとうございます。お父上にはよろしくお伝えください」
「かしこまりました。それでは斉藤様。どうぞお元気で」

部屋の中で挨拶を交わすと、頭を下げた華を置いて斉藤は部屋を出た。華と共に、供の者達も皆が頭を下げて、斉藤を送り出した。

後ろを振り返ることなく、斉藤は宿をでて華のために呼んだ駕籠とすれ違いながら歩き出した。様々なことは思い浮かぶのだが、どれも複雑で、切なくて、そのまま屯所に戻る気になれなかった斉藤は、少し酒でも飲むかと祗園へ向かった。
しかし、通りの店を見ても、酒という気分にもなれず、気の向くままにいつの間にか華と共に訪れた八坂神社へぶらぶらと歩いて行く。

先日よりはだいぶ天気が悪いが、それでも参詣のための人手は今日も多い。気づけば昼も食べていなかったとおもい、目についた茶店に入ると、軽く食べようと茶づけを頼んだ。

佃煮に出汁を添えて、香の物と茶が運ばれてくる。塩辛い佃煮を白飯に乗せて、よい香りのする出汁をかけまわすと、まずは出汁をすすりこんで味わう。それからざくざくと混ぜ合わせると、さらさらと流し込んだ。しめに香の物を口に運ぶと、濃い目の茶で口をさっぱりさせた。

腹が落ち着くと、気持ちの方も徐々に落ち着きを取り戻してくる。

代金を置くと、あの日と同じように境内までの両脇に並んだ出店を見るともなしに見て歩くと、華へ手鏡を買ってやった店がまた出ていた。斉藤は迷わずにその店に近づくと、この前と同じように手鏡の細工を眺めると、桜を手にした。

「これを頼む」
「へぇ。おおきに」

代金を支払うと、薄紙に包まれたそれを懐に入れて、お参りを済ませると、今度こそ迷わずに屯所に向かった。

 

 

斉藤の姿を見て門脇の隊士が意味ありげな笑みを浮かべたが、いつもの無表情で通り過ぎるとすたすたと幹部棟へ向かった。
間違いなく何かを言われるだろうと思いながら、斉藤は件の部屋の前で声をかけた。

「副長、斉藤です」
「入れ」
「失礼します」

障子を開けて土方の前に手をつくと、斉藤は深く頭を下げた。

「副長、休暇を頂きましてありがとうございました。また、先ほどはお気遣い申し訳ありません」

きりのいいところで筆を置いた土方が、膝を回して振り返った。

「いや、構わん。あの娘はどうした?」
「宿まで送って参りました。今日の内に出立するそうです」
「ふうん。まあ、お前が決めたことだから構わんけどな。お前も不器用だなぁ」
「そうでしょうか」

じろじろと斉藤の顔を眺めた土方は肩を竦めた。あの様子なら、それでも斉藤が望めば華は明るくて気の強い、よい嫁になっただろう。だが、それをしなかった。その斉藤を、土方は不器用だと言った。

ほろ苦い笑みを浮かべた斉藤は、首を振った。

「単に頑固なのでしょう。己自身も呆れるほどに頑固だっただけです」
「そうなのか?」
「自分自身でも気づくのが遅いくらいでしたが」

淡々と答えた斉藤に、呆れた顔を向けはしたが、それ以上土方も何も言わなかった。土方から見ても、華はいい娘に見えただけにもったいないと思ったが、こればかりは仕方がない。

それから、休暇明けの隊務について少しばかり話をすると副長室を辞した。
隊士棟へ向かうと一番隊の隊部屋の中には総司の姿もセイの姿もなかった。

「む……」

何か用かと尋ねる隊士になんでもないというと、屯所を出たわけではないらしいセイの事を探し始めた。いつもセイがいるのは、賄だったり、勘定方だったり、屯所の隅から隅まで一番把握しているのはセイではないかと思うくらなので簡単には見つからない。

だが、夕餉の時間に近いとなれば、賄いか、各部屋に配る行燈の手配りでもしているのだろうとあたりと付けた斉藤は、裏手へと回ると、ちょうどセイが裏から現れたところだった。

「斉藤先生!今日は屯所にお戻りになるんですか?」
「うむ。休暇は今日で終いだ」
「あ……。そうなんですね。そんな日にあんな騒ぎで申し訳ありませんでした」

洗い物を抱えたセイがぺこりと頭を下げた。一番隊はあの後、総司の大目玉を食らいながら町方へと男達を引き渡しに行ったのだ。そして、戻ってすぐたるんでいると総司に道場でがっちりと稽古をさせられて、ほとんどの者達は隊部屋でぐったりとしている。

セイも本当は休みたいくらいだったが、賄の手伝いはいつもやっているためにせめて洗い物だけでもと話をしていたところだ。
井戸端に屈みこんだセイの隣に斉藤が一緒になって屈みこんだ。

「どれ。手伝おう」
「そんな、大丈夫です!」
「いや、たまには清三郎の手伝いというのも悪くない」

井戸から新しい水を桶に汲んだ斉藤に、これから嫁になる娘のために、少しでもこういう手伝いに慣れておくためなのかとセイが難しい顔つきになる。思いのほか手際の良い斉藤のおかげで、さっさと終わらせてしまうと、セイは襷を外した。

「ありがとうございました。兄上」
「俺の方こそ、たまには清三郎と話すのも悪くないな」
「話すのもって、いつもお話ししてくださっていますけど?」
「そうだったな。お、そうだ。清三郎にこれをやろう」

セイと共にきれいな水で手を洗った斉藤が懐から買い求めた手鏡を取り出した。ぬっとセイに差し出すと、勢いでセイはそれを受け取ってしまった。

「あっ……。きれい……、って手鏡じゃないですか!私は男なんですけど!」

薄紙を開けたセイが、出てきた手鏡に思わず反応してから、はっと我に返って少しだけきつく言った。怒るかと思ったが、斉藤はふっと笑った。

「そうだが、見合いの相手には振られたのでな。こんなものだが捨てるのも惜しい。後は持っていても言い訳が聞きそうな者と言えばアンタくらいしか思いつかなかった」
「そ、そんな……。でも、本当によろしいんですか?」

斉藤が振られたと聞いて、なんといっていいのかわからなくなったセイは、急に勢いがなくなってしどろもどろになりながら手の中の手鏡に視線を落とす。桜の花をあしらった鏡は、セイの掌にちょうどよく収まっている。

「ああ。アンタにもらわれなければ後は捨てるだけだ」
「じゃあ、……いただいておきます」

渋々と見せながらもやはり心のどこかでは女子だ。セイは嬉しそうに手鏡を両手の中に包み込むと、行李にしまうべく隊部屋の方へ駆けて行った。
その後ろ姿を見送った斉藤は、背後の気配に気づいて裏庭へとゆっくり歩いていく。

「何か言いたいことがあるなら言えばいいだろう」

あたりに人がいなくなると斉藤が口を開いた。じわりと木陰からにじみ出た総司が腕を組みながら姿を見せた。

「そんなこと。斉藤さんに言いたいことなんて」
「ふん。それ見たことかと思っているんだろう?」
「そんなことありませんよ。しいて言えば……。おかえりなさい、斉藤さん」

振り返った斉藤が、口の端を片側だけ上げた。

「だからアンタは嫌いなんだ」

冷やかに言い放った斉藤に、総司が縋り付いた。

「ええ~!?私は大好きですよ?斉藤さ~ん!!」
「うるさいっ!」

片腕に総司をぶら下げた斉藤は、心底嫌そうな顔になって、なんとか総司を振り払おうとするが、泣き真似をする総司の声だけが隊士棟の方へと響いて行った。

 

 

– 終わり –