草紅葉 2

〜はじめの一言〜
斉藤先生も寂しいと思ったのかなぁ

BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
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「珍しいな。なんだ?用とは」
「は……」

興をそそられた土方を前に、どこか曇った表情の斉藤は、それでもいつもの様に淡々とした口調で願い出た。

「実は、数日ほど休暇を頂けないでしょうか」
「ほう?」

黙って続きを促す土方に気付かないふりで斉藤は軽く頭を下げた。
そのままで口を開く斉藤ではない。苦笑いを浮かべた土方は背にした文机に肘をついて問いかけた。

「その休みはお前の悩みに関係あるのか?」
「実は……」

悩みと言われてかさりと懐から件の文を取り出して、斉藤は土方に差し出した。土方が怪訝な顔になってそれを受け取った。宛名は斉藤宛になっている。

「いいのか?」
「構いません。父からです。実はそこに在りますように遠い親類の娘が尋ねてくるということでその面倒を見られないかと言ってきたのです」
「ほお。娘ってことはあれか?見合いってことか?」

斉藤宛に来たという文を読むと、どうやらその娘の面倒をみることで斉藤に見合いをさせようということらしい。
さらりと一読した土方は文を斉藤に返した。

「するのか」
「します」
「簡潔だな。悩んでいた割に」

土方の問いかけに答えた斉藤は、さらりと指摘されたことに素直に頷いた。迷いは、確かにあった。

「悩む、というより迷ってはいます」
「何を迷う?いい話じゃねぇか」
「そうですな」

迷っていると言いながらもいい話だと答える。そんな斉藤に土方の顔が急に曇った。一つの考えが頭をよぎって、首筋に鳥肌が立つのを堪えた土方が、まさかと問いかける。

「お前、なんだ、その。あれか、もしや」
「ご想像にお任せします」

澄ました顔の斉藤に鳥肌いっぱいの土方はぶるっと震えた。衆道嫌いの土方にとって、斉藤がセイに惚れているというのを咎める気はないが、どう頑張ってもそれを認める気にはなれない。
それよりは、まっとうな娘を嫁にしてくれた方がはるかにましというものだ。

苦虫を噛み締めた土方は二つ返事で休暇に許可を出した。

「す、好きにしろ。俺はお前がまっとうな道に進む方がましだ」
「そうですか。では」

土方に礼を言うと、斉藤は背を向けて立ち上がった。畳の上に文を置いたままだというのに、それも忘れているところが、斉藤らしくない。肩を竦めた土方がそれを手にして差し出した。

「おい、忘れもんだぞ」
「これは……。申し訳ありません」

受け取った文を懐にしまうと斉藤は、今度こそ副長室を後にした。立ち聞きしていたわけではないのだが、角を曲がったところでセイは斉藤と行き会ってしまう。
ずっと斉藤の様子がおかしいことが気になっていたのだ。

「あ。あの、斉藤先生」

ふっ、とセイの顔を見た斉藤は微笑んだ。いつもの様にセイの頭に手を置いて撫でると、黙ってその隣をすり抜けて、歩み去って行く。
今、セイの顔を見ているのは辛かった。思いを断ち切ろうとしていてもこうしてセイの顔を見ていれば、物思いがぶり返してくる。

そのうち、あの男まで出てきては堪らないとばかりに斉藤は足早に去って行った。残されたセイは、いつもとは違う斉藤を切ない目で見送った。

―― 斉藤先生がお見合い……

まるで祐馬をお里にとられた時のように、むずむずと心の奥底にわだかまりが残る。
どうしようもなく嫌な気持ちなのだ。まるで、転んで砂を口にしてしまったような、言いようのない不快感に堪らなくなって、セイは斉藤の後姿を追った。

幹部棟を出て外へと向かっていく斉藤の後を追っていると、たった今まではそこに在ったはずの何かを無くしたようで、不安に突き動かされていた。
我儘と言えば、我儘なのかもしれない。

それでも、急に居場所を無くしたような感覚はどうしてもいたたまれなかった。

 

屯所を出た斉藤は、娘がくるという宿屋に向かった。女将に案内された斉藤は、もう着いていると言われて、部屋へと通された。

「ご免」
「はい、どうぞ。斉藤様でいらっしゃいますか?」
「ああ。早乙女殿か」
「はい。華と申します」

斉藤の遠縁にあたる早乙女家の次女、華は旅装を解いており、しとやかに手をついた。
早乙女家は大和の端の方にある地域では、名家であり、大きな家である。家は兄の拓馬が跡取りで、長女の静はすでに他家へ嫁いでいた。

華への縁談も降るようにあったのだが、本人が幼い頃に一度だけ会った斉藤にどうしてもと言って、今回無理に京都見物に出てきたのだった。
華は斉藤を招き入れて、宿の者に茶を頼む。家にあっては侍女たちがおり、今回もお供の者が二人もついている暮らしで人にものを頼むことに慣れていた。

隣の部屋から顔をだした供の者達に挨拶をして、斉藤が袴をぴしりと払って腰を下ろした。

「よく早乙女殿が京都見物になど許されましたな」

思わず斉藤は本音を口にしてしまう。この時代、物見遊山で年頃の娘を旅に出すなどあり得ないことなのだ。
武家の娘らしい姿で手をついた華は、どこかほわりとした雰囲気で若い娘らしい華やかさに溢れていた。

「斉藤様にお目にかかりたいと父にお願いしましたの。初めは父もよい顔はしていませんでしたけど、斉藤様のお父上と文を交わすうちに許してくださいました」

斉藤の呆れにもにた口調にこだわることなく、華はにこやかに答える。丁寧な受け答えは、十分しつけられた娘だが、どこか元気の良さが見え隠れする。突飛な発想もその元気のよさの表れなのだろう。

「お忙しいところ申し訳ないとは思いましたが、どうか数日で構いません。華にお付き合いくださいませ」
「うむ。私も父からそのように聞いています。こちらこそ、たいして面白くもないかもしれませんがよろしく頼みます」

通常の見合いであれば、もはやこれで見合いは完了、あとは祝言の日取りを決めるばかりという話になるのだが、今回は少し話が違う。早乙女家の方でも、こんな話をしようとする華に驚きと呆れてはいるらしい。
次女ということもあり、不自由もしていない家だけに我儘通りにやらせてはいるが、名家の娘としてはあまりない話だけにそんな無茶な申し出をする華の事を気に入れば、ということらしい。

斉藤の方も、新選組など名家からすればあまりよく思われはしないところにいるわけで、良い家の娘を望むのは難しい。
当然、斉藤が会津藩の密偵だということは父でさえ知らないのだ。

そんな、普通ではなかなか難しいと思われる同士だからこそ、一度、案内を兼ねて斉藤に合わせてみて、互いに気が合えばということなのだろう。娘が娘なら親も親だ。そんな親だからこそ華を送り出したのだろう。

斉藤と目が合うとにっこりと微笑む華に斉藤はまず何がしたいのか問いかけた。

 

– 続く –