草紅葉 6

〜はじめの一言〜
ちょっと間が開いちゃってすいません。

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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翌日、朝餉を取った後、ゆっくりと時間を見計らってから斉藤は華の泊まっている宿屋に出向いた。供の者は斉藤に任せると言って、宿屋に留まることになり、華は斉藤と共に芝居見物に出かけた。

「昨日は、斉藤様のお話を伺ったから楽しくて。ぐっすりと眠れましたわ」
「あのような話でおもしろいものですか」
「ええ。だって、私には殿方だけの暮らしぶりなど想像もつきませんもの。しかも、皆様方、名高い新選組の方々ですし」

うふふ、と本当に嬉しそうに口元を袖口で隠した華を伴って、芝居小屋に向かう。華を気遣っていつもよりゆっくりを歩きながら、歩く斉藤はいつになく浮かれた気になっていた。

「華殿は、いろいろ巷で言われている我々の事が恐ろしくはないのですか?」
「まあ。斉藤様はそのようなことを気にされますの?」
「私はそういうことを気にするわけではありませんが、女子からすれば私のような無愛想な男でしかも新選組と聞けば、お父上もご心配されるのではないかと思ってな」

一歩先を歩く斉藤に華は顔を上げてついてきた。晴れやかなその顔には、日ごろから斉藤達が市中の人々から向けられるような陰りに満ちた色はない。

「そのようなこと、お気になさることありませんわ。私の方こそ、お縫物も賄いも不得手でございますのよ?」
「そうか。逆もまた、ということですな」
「斉藤様は気になさいます?」

おどけた顔で、隣に並んだ華が悪戯っぽい顔で斉藤の顔を覗き込んだ。その邪気のない笑顔が一瞬、誰かの顔に似ている気がした。だが、今はそんな無邪気な様子も可愛らしかった。

「日々の飯に困るのはさすがに気になりますが」
「ま!斉藤様ったら、思ったよりもお口が悪くていらっしゃいますのね」
「申し訳ない。嘘は不得手でしてな」

えっ、という顔をした華ににやりと斉藤が笑うと、華がぽっと頬を染めてから弾けるように笑い出した。至極珍しいことだが思いきり破顔した後に、華に手を差し出した。
頬染めた華は、一瞬戸惑った後にその手にそっと手を重ねた。

斉藤に手を引かれて華は歩きだした。

 

 

「はぁ……」

ため息をついたセイは洗濯物を干しては、またため息をついた。
斉藤が休みをもらって出て行ってから、まだたった一日しかたっていないのに気になって仕方がなかった。

「何してるんですか?」

急に声を掛けられてセイが洗濯ものを手に飛び上った。稽古着姿の総司が背後に立っている。ため息をつきながらもたもたと干していたためにそろそろ稽古の時間だということをすっかり失念していた。

「もうそんな時間?!申し訳ありません。すぐに支度します」
「構いませんよ。そんなに気が散っていたら稽古にもならないでしょうから」

じろりと睨まれてセイは、きっ、と顔を向けた。あれからずっと総司の機嫌も悪くて困っていたのだが、そんな風に言われることには反発があった。

「それとこれとは別です!確かに兄上の事は気になります。でもそれで他の事を疎かにしたりはしません!!」
「ふうん。なら構いませんけど。もうすぐ稽古はじめますよ」

いかにも興味ありません、という様子を装ってはいるが、総司も気にしているセイを気にしているというおかしな状況にセイは気づいていない。

手早く干し物を終わらせたセイは、急いで隊部屋へと駆け戻った。どうせ機嫌が悪いのはわかっているために、総司を見ない様に動いたセイだったが、気になって隊部屋に入る前にちらりと振り返ると総司はそのまま佇んでいるのか、あとをついてくるような気配はなかった。

総司はセイが去った後もその場に立ったままだった。いつもならそのあたりの木の上から斉藤が降りてきそうなところなのに、今は誰も居ない。

いつも斉藤がいる木に寄り掛かると、総司は上を見上げた。あれほどまでにセイを深く想ってきた斉藤がなぜ急にそれを捨てようというのか。武士として断れぬ何かがあるにしても斉藤らしくないと思ったのに。
それを同じようにセイが気にしていると思うと、言いようのない苛立ちを感じる。

―― 私は我儘だなぁ

思わず心の中で呟く。斉藤ならばセイを幸せにしてくれると思っていたのに、そんな斉藤がセイを諦めて、見合いをするというのを聞けばこうして苛立ってしまう。ましてそれをセイが気にかけているとなればなおさらだ。

自分はセイを手に入れることもなく、見守るつもりだと言いながら誰かが手を伸ばせば悋気を起こし、諦めればまたそれに苛立つ。どこまで自分勝手なのかと自分で呆れてしまう。

セイの事をどうこういえたものではないのだ。

ざざっと足音も高く、総司は道場へと向かった。

 

 

芝居を見ながら、話を楽しんだ斉藤達は、昼餉をとりに出た。湯豆腐と引き上げ湯葉で名の知れた店に入ると、座敷に上がった。あらかじめ店には予約をしていたので、座敷には支度が整えられていた。

「私はあまりよく知らないのですが、豆腐料理では有名な店の様なので試してみようと」
「私も名前だけは存じておりましたけど、初めてなので楽しみですわ」

女中に心付けを渡した斉藤は、すぐに運ばれてきた先付と食前の酒に軽く会釈をしあうと、くいっと一息に飲み干した。一口ばかりの酒を華も少しばかり口にした。
五年物の梅を酒に漬けておいたので、ほんのりと梅の香がする。

「あら。おいしい」
「ふむ。昼餉だけに、少しばかりですが華殿はたしなまれるのですか?」
「いえ、本当に少しばかり、お付き合いさせていただくくらいですわ。どうぞ、私にはお気になさらずお召し上がりになってくださいね」

頷いた斉藤は、不意に酔っぱらって暴れるセイの事を思い出して口元を歪ませた。それを見た華は、自分が何かおかしなことをしたのかと、きょろきょろと視線を彷徨わせた。そんな華に、酒を頼んだ斉藤は、くいっと酒を干した杯を見せた。

「いや、つい思い出したもので申し訳ない。屯所に、と言っても私の組下ではないのですが、それほど強くもないくせに酒席にはほとんど表 れて、酒を飲めば酔っぱらって暴れるという者がいまして。まだ若い、弟のような者なのですがそれと酒を飲むのは大変なのですが、いつも楽しい」

酔っぱらってくると、絡んだり、泣いたり、ひどく面倒だが根は素直になるだけで、一層可愛らしいと思ってしまう。それを思いだした斉藤の顔が自然に柔らかくなるのをみて、華が胸元を押さえた。
未来の夫になるかもしれない斉藤に、衆道の趣味があるのかとどぎまぎした華はそれでも、黙っているような気性ではない。素直にそれを口にした。

「その方、とてもお気に召していらっしゃいますのね」
「気に入る、というか、その者の兄と同門だったことがあるのです。もうその男は儚くなりましたが、そのせいか、当人からも兄上となつかれれば、面倒を見てしまう。いや、おせっかいと笑ってくださって結構です」
「まあ……そうなんですのね。私はてっきり、斉藤様に衆道のご趣味があるのかと思ってしまいましたわ」
「しゅっ、……っぷ」

あまりのことに華から衆道を疑われるとは思っていなかった斉藤は、口に運んだ酒を吹き出した。その慌てようがますます華の疑いを深くしてしまうのだが、今は斉藤に向かって手拭を差し出した。

「どうぞ、こちらをお使いくださいませ」
「ああ。いや、大丈夫」

懐から手拭を取り出すと、こぼしてしまった酒を拭う。土方でもないのに衆道などとんでもない。うっかりセイを女子だと言わないようにしなければ、どこかで引き合いにだしてしまいそうだった。

 

 

 

– 続く –