草紅葉 8

〜はじめの一言〜
ちょっと間が開いちゃってすいません。

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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夕餉を終えた後、三々五々と風呂や花街に繰り出す者がいる中で総司は斉藤を誘って、珍しく飲みに出た。

「珍しいな。アンタが俺を誘うだけでも珍しいのに」
「たまにはいいでしょう?」

珍しい組み合わせに、門脇の隊士も目を丸くして二人が出て行くのを見送る。腕を組んで長着姿の二人がそぞろ歩きで縄のれんをくぐると、小上がり席を取った。

すぐに運ばれてきた酒二本に、杯と蕪の煮びたしのようなものが添えられた。

「どうぞ」

総司に銚子を差し出された斉藤は、軽く首を振って自分で杯に注いだ。上げた手に苦笑いを浮かべて総司は自分の杯に酒を注いだ。互いに何も言わずに酒を口に運ぶと、斉藤の方が先に口を開いた。

「話しはなんだ」
「いきなりですねぇ……」
「俺がアンタと世間話をしながら酒を飲む間柄だったとは知らなかったな」
「冷たいなぁ。斉藤さんは」

斉藤はまだしも、総司も飲もうと思えばかなりの量を過ごす。あっという間に杯を干した二人は、すぐに酒を注いだ。

「じゃあ、仕方ないなぁ。斉藤さん」
「なんだ」

言い難いのか、総司は運ばれてきた蕪に箸を伸ばした。つつくだけつつきまわして、薄い一切れを口に運んだ。小気味いい音をさせながら総司が食べ終えるのを待って、斉藤は酒を飲む。

「……お見合いって、本当ですか?」
「なんでアンタにそんなことを言わなきゃならん」
「だって、屯所中の噂ですもん。土方さんのところには休暇願と共に報告が来たっていうし、三番隊の皆さんは巡察のついでに相手の女性を見かけたっていうし」
「……っ!あいつら、そんなことを……」

舌打ちをした斉藤は、いつもなら苦虫をかみつぶしたような顔になるところを苦笑いを浮かべるだけに納めた。そんな斉藤に総司は何とも言えない顔で見惚れた後、目の前の杯に映る灯りに目を落とした。

「本当なんですね」
「だからなんだというんだ?言いたことがあるならはっきり言ってみろ」
「……なんですか?」
「あ?」

背を丸めて俯いた総司のつぶやきが聞き取れなくて、斉藤が聞き返す。本当は、斉藤にも総司が聞きたいことはわかる気がした。

セイの事はどうでもよくなったのかと。

「斉藤さんは、幸せですか?」
「……は?」

てっきり、セイの事を聞かれるのだと思っていた斉藤は、思いがけない問いかけに固まってしまった。一瞬、斉藤の顔から何の思いも消えたところを総司がきりっと顔を上げる。

「斉藤さんが幸せなら……、それでいいんです」
「……何が言いたい」

繰り返す総司の言葉がようやく腹に落ちてきて、斉藤は初めて眉間に皺を寄せた。きっと誰よりも斉藤の胸の内を理解しているのは総司なのだろう。打ち消したい思いも、迷いも、理解したうえで幸せかと問うのかと思うと、心の底から殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

「何も。斉藤さんが一番よくわかっているでしょうから」
「知った風な口をきくな!何がよくわかっているというのだ」

怒りをにじませた斉藤に、こちらもむっとした顔で総司が言い返してくる。
セイは単に慕っている兄分が見合いということで気にかけているのだろうが、総司にとってはそうではない。奇しくも恋敵であり、唯一、総司の想いを理解できる、また斉藤の想いを理解できる相手だけに斉藤が何を考えての事か手に取るようにわかる。

「斉藤さんが、あの人から逃げるのかと思ったんです。私に言いましたよね?嫁にするって」

それが誰を指しているのかは、念のために口には出さないが、互いにそれがセイであることは言わずともわかる。

互いの酒はあっという間に干されて、軽くなった銚子に逃げ場をなくした二人は最後の杯を煽ると店主に向かって酒を頼んだ。

「逃げるとは人聞きの悪い。俺はほとほと嫌になっただけだ」
「ほら。逃げるんじゃないですか。嫁にするとまで言ったくせに、辛くなって逃げるんですか?」

たんっ。

苛立ちのあまり机に叩きつけた杯が痛い音を立てた。
辛いのかと。

お前が問うのかと、言いそうになった斉藤は膝の上に置いた手を机の下で握りしめた。斉藤から見ると、このところの総司とセイは、まるで互いに想い合った同士のようにみえた。もとより割り込む隙などないとわかっていたはずなのに。

そんな心の痛みから逃げようとしたのかと問われれば、心の奥が痛んだ。

ずっと迷い、ためらっていた自身の奥底を覗きこまれたようで、しかもその相手が総司だということに斉藤は堪らなくなった。

「アンタに何の関係がある。無用の詮索はやめにしてもらおう」

追加の酒を頼んだはずなのに、斉藤は腰を上げた。このまま、総司の前にいては本当に手を出してしまいそうだった。
立ち上がって、腰に刀を差した斉藤に総司も腰を上げた。

「私からも逃げるんですか?!斉藤さん」
「逃げるも何もない。話にならん、と言っているだけだ」
「嘘です!斉藤さんだってわかってるはずだ!逃げても、自分からは逃げられないんですよ!!」

中腰で斉藤をとどめようとした総司に構わず、草履に足を乗せた斉藤はさっさと店を出て行った。その後ろ姿に向かって、総司が怒鳴るのも聞かず、縄のれんをくぐって表に出た斉藤は無性に腹が立った。

逃げずに立ち向かってどうにかなるのならしたいと斉藤自身も思う。だが、人の心だけは思い通りにはならないのだ。

例えどれほど目の前にいて、手に触れるほど近かったとしても。

ちっと鋭い舌打ちをした斉藤は華の泊まっている宿屋に顔を見せると、宿の者に明日は昼過ぎに顔を見せると言い置いてから屯所へと戻った。本当は浴びるほど酒を飲みたいくらいだったが、そんなものでこの憂さが晴れるとは到底思えなかったのだ。

門限よりも早々と戻った斉藤は、稽古着に着替えると登場へと足を向けた。

 

一方、追加の酒、二本を前に店に置き去りにされた総司は、いつまでも斉藤が出て行った店のあたりをじっと見つめたまま酒を手にした。

誰よりも、そう、誰よりきっと斉藤の今の心の底を理解できるのは自分だけだろうと思う。

屈託ない笑みが、自分ではない誰かに向けられる時。わかっていても、見守るだけで十分だと自分に言い聞かせても、心の奥に住み着いた恋 情という獣は容赦なく自分自身に向かって爪を立ててくる。その痛みから逃れたいと思う気持ちも、獣よりも穏やかに笑いあう人を求める気持ちも。

―― 誰よりも私が一番よくわかっているんですよ。斉藤さん

見る見るうちに、総司はやりきれない思いで目の前の酒を空にしていった。

 

 

– 続く –