下げ緒
〜はじめの一言〜
史実バレあり。組太刀とペアなお話になります。
BGM:AI 大切なもの
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組み合った後に、彼女が刀を納めた鞘には、彼女のものではない下げ緒が熨斗結びに結わえられていた。
高麗打ちの縹色のそれが、誰の物であるか、総司にはすぐにわかった。
「祐馬の分と、俺の分も頼む」
総司がそう言われたのは何日前のことだったか。
「神谷には言い含めておいた。アンタについて行けばいいと言っておいた」
だから、頼むと。
自分を恋敵と言い放ったことがある男が、それでも自分に預けたのは想う人。
斉藤が、御陵衛士に参加すること周知の事実として知れたのは、分離の直前だった。
事ある毎に『兄上』と慕っていたセイが、涙を溜めて俯いていた姿が思い出される。
セイはセイなりに、局長付き、副長付きと小姓をこなすうちに、どうしようもない事が時として起こることも経験として理解するようになっていた。
斉藤が伊藤参謀を支持しているなど、誰も思っていなかった。だからこそ、なぜなのか本当の理由はわからなかった。
悲しくなかったわけではない。
この別れが、いずれどうなるか知らないわけではないのだから。
それでも、『兄上』が決めたことだから。武士としての責任を背負っていくのだ。
いつも斉藤が昼寝をしていた川原で、これからは沖田さんだけを信じていくがいい、と斉藤は言い含めた。
そして、何かあっても、お前だけは生き延びろとも。
頷いたセイが斉藤の顔を見た。
「何か、兄上のものを頂けませんか?」
静かに言った言葉に、ほろ苦い笑みを浮かべてわかったと言った。
いつか、隊を辞めさせて自分の嫁にするとまで言ったことも、今となってはいつどうなるかわからない身の上に、連れて行くことさえ叶わなくなってしまった。
屯所に戻ると、整理していた荷物の中から、最も気に入っていた刀に使っていた下げ緒をはずした。
目利きであり、刀好きの斉藤が、拵えにも凝っていた一振りからはずした下げ緒をセイのものと取り替えた。
セイの鞘に手早く結わえてやり、はずした下げ緒は普段自分が使っている鞘の物と取り替えた。
高価な高麗打の下げ緒だと気づかなかったわけではない。それをあえて自分に与えてくれた斉藤の心がありがたくて、切なくて、涙の変わりに、セイはにこっと笑った。
「お前はそうして笑っているほうがいい」
斉藤はそういうと、残りの荷物を片付け始めた。もう生きて戻ることがないかもしれない場所に別れを告げて、伊東や藤堂と共に屯所を後にしたのは、それからすぐだった。
総司や、他の隊士たちが、離れていく彼らを見送ることは分かっていたが、セイはあえて彼らが去っていく前に、屯所を出ていた。
ひたすら振るう型に、いつかの総司の姿が重なる。涙を封じるように型を使う姿が。
その涙を、型を、受けたのは総司だった。
隣り合って座った、その肩の温かさを感じながら、総司は暗くなっていく空を見上げる。
「神谷さん、ずっと一緒にいてくれますか?」
掠れた、小さな声が口をついて出る。
―― いつか、自分は彼らに刃を向けるかもしれない。
近藤の命令や隊命であれば、自分は彼らを斬るだろう。
貴女は許してくれますか?
―― 先生が、離れろと言っても離れません。ずっと、お傍にいます
「いさせてくださいますよね?」
優しいこの人の言葉に、頷くことができない自分。
それさえも、この人は何も言わなくてもわかってくれるだろう。
こつん、と頭を寄せて。本当は思い切り抱きしめたい気持ちを抑えて、その肩を引き寄せた。
あと、もう少しだけ。
– 終わり –