白木扇
〜はじめの一言〜
相当悔しい人がここにも。香ものは自分が好きなので、やっぱりたくさん湧いてきますね
BGM:ユニコーン WAO!
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斎藤は、屯所を出たセイを見かけてその後をつけた。いつものように、土方か誰かの使いなのかと思っていたら、香木の専門店へ入って行った。
―― ほう。神谷はいつもこの店であの匂い袋を買っていたのか
セイが時折忍ばせているという匂い袋は、想いを交わしたお里のためだといいながらも全くしない時もあれば、強く香るときもあって、その香はひどくセイに似合っていた。
たまたま見かけたセイの姿をみて、その謎が解けた気がした。他の者が知らないセイの姿を見た優越感に斎藤は口元がほんの僅かに綻んだ。斎藤は、セイの秘密をみて少しばかり気分がよかったのだろう。普段ならそのままじっ見守るのみのはずが、その店に足を踏み入れた。
「へぇ、おいでやす」
そんなに大きくはない店構えだが、品の良い物が揃っている。
「あれっ、兄上?」
「神谷か」
後から店に入ってきた斎藤の姿をみて、セイが驚いた。斎藤は初めてセイの姿に気がついたように振舞って、頷きを返した。
「どうしたんですか?兄上」
「うむ。知人に贈るものを考えていて、何かないかと思い、立ち寄ってみたのだ。お前はどうしたのだ?」
「実は……」
そう言うとセイは、土方の安っぽい香の香りの話をして、いささか憤慨するように言いきった。
「もう、あの人、口さえ開かなかったら男前なんですからそれに似合ったものを身につけてほしいですよね!」
―― あの副長が男前!!!
内心、斎藤はセイの言葉に衝撃を受けてしまう。
「あの副長が……」
おもわず、頭の中の考えがそのまま口から出てしまう。しかし、うまい具合にセイはそれを誤解して、そうなんですよ!と続けた。
「兄上もそう思われますか?」
「あ、ああ」
慌てて斎藤は取り繕うように頷いた。そして、セイは店主となにやら話をして、いくつか香を合わせてもらっている。そしてやっと納得のいく香になったのか、嬉しそうに笑うと、斎藤を手招いた。
「こちらを」
小さな香皿に入ったものを手で覆うようにして店の者が差し出した。斎藤が顔を近づけると、男らしい中にも艶めかしさが潜むような香だ。潔い香り立ちに思わず感心してしまう。確かにこれは土方を連想する。
「まさにあの人のための香だな」
「兄上にそういっていただければ間違いないですね」
「では、こちらを」
「あっ、それは……」
店の者が違う香を差し出した。セイが慌てて止めようとするが、それより先に斎藤が香を嗅いだ。
清々しい中に清冽な若木を思わせる香がする。これは……。
「沖田さんか」
かぁ……っとセイが頬を赤らめた。
あのクソ平目にこんなものがいるのか?!
斎藤の心の中ではそう叫びたかったが、セイはその心を知らずに塗香入れをそれぞれ選んでいる。やけくそになった斎藤は、いくつかの中から黒檀の物と桜の木からできている物を選んだ。
「兄上?」
「副長は黒檀のこっち、沖田さんはこっちだな」
セイの掌にそれを載せると、まじまじと眺めて、セイも納得したらしい。満足げにそれを店の者に渡した。まさか、あの二人はこの自分が選ぶことに手を貸しているとは知るまい。
そう思うと、少しだけ溜飲が下がる。ふと視線の先に香木で作られた扇をみて、斎藤は店の者にそれを見せてくれるように頼んだ。
「こちらは沈香から削りだした香木扇で、えらい貴重な品どすが、ええ香りがするものなんどす」
ぱらりと披いた瞬間になんともいえない甘い香りがふわりとした。白檀より甘すぎず、柔らかな香はセイの持つ匂い袋の香りに似ている。斎藤はそれを買い求めることにした。
「兄上は贈り物が見つかりましたか?」
斎藤が店の者に頼んでいるのをみて、セイは自分の買い物だけでなく斎藤も気に入ったものが見つかったことに、嬉しそうな顔をした。斎藤は、あえて何も言わず軽くうなずくと、セイとともに、包んでもらった品を手に店を後にした。
屯所に戻ったセイが、土方と総司にそれぞれ塗香を渡した後、斎藤はセイを捉まえた。
「神谷」
「あ、兄上!」
「副長や沖田さん達はどうした」
買い求めた物を受け取った二人の様子に興味を覚えて、つい聞いてしまった。セイも、二人に渡した時の様子を斎藤に面白可笑しく話して聞かせた。
内心では、自分が選んだものをセイが選んだものと思っているだろう男達を思って、斎藤自身、可笑しかった。しかし、それはセイから漂う香りにかき消される。
ふわりと漂う香は、いつものセイのものではなく、あの二つのうち、総司に選んだものに似ていた。
「これは……」
「あっ、これは、その、つける人によって、香り立ちがちがうと沖田先生にお知らせしたら、ちょっとつけられてしまって……」
付けられたのが耳から首筋のあたりなのだろう。セイはそこに手を当てて、はにかんでいる。
―― あんのエロ平目!!
心の中で総司を罵倒しながら、斎藤は袖口でセイの首筋をさっと拭った。
「お前にはその香は少し強すぎるだろう」
「あ、ありがとうございます……」
斎藤はそういうと、少しうなだれてしまったセイに、懐から香木扇を取り出して差し出した。
「やる」
「え?兄上?これはどなたかに贈り物として買われたのではないのですか?」
「副長や沖田さんが塗香なんて洒落た物が似合うとは思えんが、お前にはこれがいいだろう」
懐に忍ばせていたために、いくらか温まって開いた扇から甘い香りが立ち上る。セイが嬉しそうに斎藤に抱きついた。
「兄上~~~!!大好きですっ!!」
―― よし!!!
懐からは、セイに渡した扇と同じ香りがほのかに香っていて、しかもセイに抱きつかれている。斎藤が、心の中で拳を握り締めて、ほくそ笑んでいたことは言うまでもない。
今日の最終的な勝者は斎藤だったのかもしれない。
– 終わり –