風は今も吹いているか 8

雨降りです。
憂鬱な気分にますます拍車がかかるような天気で困りますねぇ。
湿度も高いので、いろいろ困ることが多い。あと少し、と思ったんですが、さすが44巻。
難しい・・・多分44巻だけであと2話いるんじゃないかなぁ。
でもそれが終わったら最終回のところに差し掛かります!あれもスーパーサマリーになってるので先が読めませんが、今一度最終回を読みながら読んでいただけるといいなぁと思っております。

BGM:From now on
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予感は、あったのかもしれない。

はっきりと自覚はしていなかったにせよ、セイの帰りが遅くて、部屋の中だけでなく表の音がほとんどしないことに違和感があった。

「ここはこんなに静かなところだったんですねぇ……フク……」

音もなくそっと庭先から上がってきたフクが膝の上に上がって、セイが出て行ってから、転寝をした総司の傍にずっといたようで、一緒に昼寝もしてくれていたようだ。

喉を鳴らさずに時々、頭を総司の胸に擦り付けて眠っているフクの寝息が思ったよりも人に近いのがおかしい。

だからこそ余計に人に話しかけるように話しかけてしまう。

「あっ……噂をすれば」

化粧をしたセイの顔を見た瞬間、きれいだ、と思ったのと同時にどこかで冷えた感覚を感じた。
改めてその小さなかけらを拾い上げてみれば、一番当てはまるのは“怖さ”だったのかもしれない。

「神谷さん……」
「遅くなって申し訳ございません」

その違和感を見なかったことにしたかったのかもしれない。

「綺麗ですよぅ~~。これならいつでもお嫁にいけますよぅ~~」
「泣くことはないでしょう!どの立場で見てんですか私の事」
「んー……。お父さん?」

父のような。
兄のような。
最も近しい男として。

半分以上のおふざけとごくわずかの本音と、きれいに混ざり合った感情にはもうだいぶ慣れた。
だから。

ありふれたいつものやり取りで終わると思っていた。

「カンベンしてください……」
「そうですね。やっぱりお父さんは近藤先生の方が適役だから……」
「……!」

顔色が変わる、というのは化粧をしているとわからないのかと初めて思った。
ほんの一瞬。

セイが、ぎくりとした気がしたのだ。

「どうかしましたか?」

何に反応したのか。

―― 近藤先生……?

「大福を買ってきたのを思い出して……」

ごく何気なくセイがそう答えたことも上滑りするように耳に入らなかった。
ごくごく自然にふるまうセイの様子に、足元から冷えていくようだ。

「……近藤先生になにかあったんですか?」

ゆらり。

ゆっくりと立ち上がって、セイのすぐそばに立って。
ほんのわずかのごまかしも見逃さないと、近づいたセイは、どこまでも笑顔だった。

「いえ!結局情報は何も……」

何も。

―― 口にできないことを知ったのか……

つまり、それは何を表すのかというと、たった一つしかない。

近藤の、死である。

「大丈夫ですから教えてください。亡くなったのはいつなんですか?」

これで、セイはどこまでもしらを切るなら。
ここから先、セイを信じられなくなるのではないか。

ほんのわずかの間でそこまで考えた総司はみるみる涙をあふれさせたセイを見て、どこかでほっとしていた。

「私の話、聞いてます先生?!」
「……まだまだ修行が足りませんね。神谷さん」

いっそ、ほんのわずかの隙もないくらいに騙し切ってくれていたら、総司のセイを見る目が変わっていたかもしれない。
だが、ある意味安心するほどにセイは変わらなかった。

「―-……悔しいぃっ!」

腕の中にセイを抱きしめることもどれくらいぶりだろう。

泣いて、泣いて。
そのまま倒れこむようにセイを抱えて、長い時間を過ごした。

いっそ、涙が出る方がましだったかもしれない。

涙も出てこない自分は冷たいのか。
膝の上にセイを抱えながら考え続けた。

ふと、セイが疲れ切って眠ってしまったのを見て、そうっと布団を引き寄せた。
畳んで、セイが寄りかかりやすいようにして、体には寝間着をかけてから、しびれた足を無理矢理動かして部屋の中を見回す。

静かで、宵闇がこんなに優しく包み込んでくれるとは思わなかった。

床の間の刀掛けに自然に体が向かう。脇差を手にして、そっと部屋を出た。
庭先の桜の木の下に向かったのは特に何か考えていたわけではない。

体が自然に動いたとしか言いようがない。

「近藤先生……」

脇差を抜いて、今ならこの病に侵された体でも、こうして刀を握れる。そう思った時、膝をついた総司の懐に黒いものが飛び込んできた。

「――……っ」

はっと、一瞬で刀を引いた総司の懐が温かくなる。

「……フク」

なぁ~、と鳴いたフクは総司の懐に潜り込もうとして何とかそれをやり遂げると、満足そうに総司を見上げた。

あっという間の出来事だったが、フクがいては腹を切ることもできない。
この猫を傷つけることになってしまう。

脇差を地面に突き立てた総司は、急に重くなった刀と懐の温かさに涙があふれ始めた。

あの人の温かさと大きさに救われた日々がある。
そして、いつしかその手足になって働くことが生きがいになった。
共に、夢を見て、未来を目指した。

その人はもういない。

その最後に立ち会うこともなく、こうして離れた地で。

―― 最後に、盾になって死ぬことだけを思ってきたというのに、自分はこんなところで無様に床に着いている間に、近藤先生は逝かれたというのか……

あふれる涙は悲しみより、虚しさと、怒りのためだ。
もう今更、騒いでも何をしても取り戻せないことはわかっているのだからその事実よりも、その場にいられなかった自分、情けない自分、役に立てない自分……。

腹を切れなくてもこの首を掻き切ることができれば……。

「先生!!」

駆け付けた手に簡単に抑え込まれて、力づくでも引き寄せることさえできない。

「何をしてるんです!!止めてください!!」

これが……山南さん。あなただったら。
きっと、止めなかったんじゃないか。

武士なら。誠の武士として生きた人なら。

主君の大事に追い腹を切ることを止めたりしなかったかもしれない。

「私は武士です。近藤先生をお守りする。それだけのために生きてきたのに……」
「先生……」
「どうして死なせてくれないんですか……」

武士でありながら女子でもあるセイを、責めて済むなら責めてそして思うままに逝きたかった。
でも、それさえできないことも重々わかっている。

だから、セイを責める代わりを黒猫に負わせた。

「この子は……っ!」

フク猫だと喜ぶセイの傍で、寄りかかるためにしか脇差を扱えない自分とその言い様の狡さを責めるように胸が痛んだ。

「敵わないなぁ……。いてて」
「先生?!胸が痛むんですか?早く床へ!!」

そうして、布団を大風呂敷で縛り上げて崩れないようにしたものに、寄りかかれば口を開く気になる程度には楽になった。

―― こうしてまた一つ。……私は罪を重ねていくんですね

そこから、しばらく総司は熱を出して朦朧とした日を重ねた。

—続く