風のしるべ 6

〜はじめの一言〜
そんなに簡単に恋仲になんてならんのです。仮に出会っていてもわからないという。あ、ネタバレだ・・・
BGM:Metis 花鳥風月
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「どうしたんですか?原田さん」
「どうって、なんかおかしいか?」

面接ために時間より前に会議室に移動してきた原田の姿をみて、沖田は何とも言えない違和感を覚えた。違和感というより、妙な感じがして、原田に問いかけたのだ。

「んー、なんか……雰囲気が違うっていうか。原田さんなんですけど、原田さんらしすぎて気になるっていうか」
「なんだそりゃ」

けけけっとシニカルに笑う姿もいつもの原田と全く変わりない。なのに、何が違うと思うのか、自分自身でもわからなくて沖田は首を傾げた。
その間に、原田は手際よく会議室の支度を終わらせて、資料を机に揃える。

「よし。これでいいな」
「ええ。じゃあ、これ、原田さん」

履歴書の束をクリアファイルに挟んで原田に差し出した。受け取った原田は、ぱらぱらとめくるうちに、ある一枚で手を止めた。

「総司、お前いいやつ……」

うっかりと重なった古い地図の呼び名を呼んでしまう。呼ばれたのが自分だと気づくのが遅れた沖田は、怪訝そうな顔で原田を見た。

「は?総司って誰です?」
「あ?ああ、悪い。なんでもねぇよ」

変な呼び方に眉を顰めた沖田に苦笑いを浮かべた原田は、通じなかったことが残念だったのか、ほっとしたのか複雑だった。
意識するよりももっと自然に口をついて出てくる。だが、怪訝な顔を向けられただけで何の反応もないことが嬉しいような寂しいような。気をつけなければとは思ったが、それよりも今は手にした履歴書の方が大事だった。

「いよぉっし。やるか!」
「おかしな原田さんですねえ。昨日、飲みすぎたんじゃないですか?」
「馬鹿言うなよ。いい夢を見たのさ」

腕時計を見ると、ちょうど面接開始の時間である。あけたドアの向こうで女子社員が受付をしている声が聞こえてきた。

部長の、というよりどちらかというと課長の方針で、彼らの部署にはアシスタント役の女子社員と専門スタッフとして配属されている彼らとは、仕事も何もかもが違っていた。
彼女たちは、一般職ではなく、事務職採用された派遣が多く、単純な事務作業のサポートが多い。

原田や沖田の作った資料のコピーをホチキス止めする、とか受け付け業務、離席している者への電話の取次ぎや、時には荷物の受け取りなど、単純作業がほとんどのため、人数も少ない。
それも基本的には、他の部門同様に、各自がほとんどの事をこなしてしまうので、最低限三人ほどが席に座っている。

その日の受け付けもこの中の一人が手伝っており、沖田の指示に従って手際よく受付を済ませて、5名ずつ中へと案内してきた。
見た目がすべてではないが、こうした企業のイベントの場合は、極端にラフな姿は弾かざるをえない。茶髪過ぎた何名かと、あまりにラフな服装だった者などに印をつけてふるいにかけていく。
当然、当日は完全な私服ではないのだが、それでも支給したものもくだけた着用をされては困る。

質問のほとんどは沖田がこなして、あくまで自分はサブに徹していた原田が、沖田がチェックした一人に上からぐいぐいと打ち消し線を書き加えた。

「ちょ、何すんですか」
「いいじゃん。この子入れようぜ」
「どうしてですか?」

くせのある髪が少し長くて、だらしなくみえはしないかと三角を付けていた沖田に向かって、なぜか目を輝かせた原田が曖昧に頷いた。

「いや、ほら。この子いれてもちょうど一人多いくらいだろ。当日の保険だ、保険」

バイトで、しかも単発のものだけに当日になって急遽休んでしまう者もいなくはない。そのための保険だと言われれば特に反対する理由もないが、なぜその子なのか、とちらっと原田の顔をみた。

「珍しいですね。原田さん、年下はあんまり好きじゃないでしょ」

仕事の相手に本気になるなどあり得ないと頭から度外視している沖田は、からかいのつもりで、理由を聞く代わりに原田の肩をぐいっと押した。

「ばぁか。遊びと運命の出会いは違うんだぜ?」
「はいはい。そうですね。原田さんの運命はいっぱいあって楽しそうですね」

いくら真面目なことを言っていても、口調も日頃の行いもふざけている原田だけに、いつものこと、と沖田は受け流した。
チェックを付けた者達を改めて履歴書で確認しあうと、予約時間に限りのある会議室はすぐに撤収である。

自席に戻った沖田はすぐに合否の連絡を始めた。ぱちぱちとキーボードを打つ音がするのもいつもと変わらない職場の光景ではある。

「なぁなぁ」

モニターの向こうからの声に顔を上げると、原田が首を傾げて顔を覗かせていた。沖田の方も椅子をずらしてモニターの向こう側を見ると、今日の原田はやはりどこか妙である。いきなり、前触れもない話を切り出した。

「お前の名前ってどういうアレなの?意味とかさ」
「はぁ?なんですか、急に」
「いや、ふと思ったっつーだけだけど」

仕事中の息抜きに他愛無い会話をするのはいつもの事だが、あまりに唐突な問いかけに面食らった沖田は、メールを打っていた手を止めた。

「名前、ですか」
「そ。謂れってやつ?」

あまりに唐突な話だったが、ふむ、と視線を彷徨わせた沖田は、子供の頃に聞いた記憶を掘り起こす。

「うちは、本当は兄貴がいたらしいんですよ。その兄が祐一でまだ赤ん坊の頃に亡くなってて。次は奏二だって決めていた親が、繰り上げ長男になった俺が生まれた時に、二をとって、奏だけになったんです。安直でしょう?」
「安直っつーか、……まあ、親御さんも、よっぽど思い入れがあったんじゃねぇの?」
「いやぁ、今更違う名前を考えるのが面倒だったんじゃないですかね?」

子供の頃には、学校で自分の名前のいわれなどを調べてくる宿題があったが、子供心になるほどなと妙に納得した覚えがある。
そう言えば、仕事場で沖田と呼ばれるが、ずっと『奏』と呼ばれる方が多かったし、自分でも居心地がよかった。
親にしてみれば、これだと子供が生まれる前から決めていた名前を今更、一から変える気にならなかったのだろう。

「まあ、私にしてみれば『そう』、でよかったと思いますよ。名字が沖田なのにそんな名前になっていたら漢字違いとはいえきっと子供の頃なんてからかわれてましたよ」

憮然とした物言いに原田はなんとも言えなくて苦笑いを浮かべた。昨日までの原田とは違う。
今の原田から見ると、名前のごとくその本人じゃないかと思いはするのだが、確かな証があるわけでもない。おとぎ話のような話を口にしたとしても信じてはもらえないだろう。
再びモニターの向こうに顔を隠した原田は、それでも呟いた。

「『そうじ』でもいい名前だったと思うぜ」

今の自分が懐かしいと思うこともおかしなことだが、ふいに口から飛び出してしまう呼びかけはやはりどこかでそうなのだと思いたいからかもしれない。
事あるごとに今は、そうだよなぁ、と呟いてしまう自分にますます苦笑いを浮かべた。

「原田さんこそ、どうなんです?」
「俺か?おれは面白くもなんともねぇよ。オヤジが忠雄だからそこからさ」

ぶっきらぼうな答えに相槌を打ったが奏にとっては、原田の胸の内に起こった出来事など知らぬ話だ。会話が途切れた間に、再びモニターに映る内容へと意識は戻って行った。

– 続く –