風のしるべ 15

〜はじめの一言〜
実は苛立ってるには理由があるんですけどね。それに気づくのはまだ先です。
BGM:Zhane Hey Mr. DJ
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「富永さん?」
「!」

滑り込んできた電車のドアが開いて、幾人か降りていく人がきれると、順に並んでいた列が動き出す。
驚いた顔で固まっていた未生は、振り返った奏の声で我に返った。慌てて、電車に乗り込むと、後ろからもどんどん乗り込んでくる人の波に押されてしまう。

「こっち」

乗り込んだ側とは反対側のドアの傍に未生を立たせると、庇うようにその前に奏が立った。未生をかばうように握り棒に奏の腕が伸びる。

一瞬、みえた光景が目に焼き付いていて、込み合った電車の中で未生は窓の外を眺めている奏の顔を見上げた。

―― まさか、今のって、前世とかいう奴……?

自分が何を見たのかわからないながらも、着物姿やその情景からもしやと思う。
自分はそんな過去を見る霊能者のような力があるわけでもないはずなのに、なぜ、そんな光景が見えたのかも、何もかもがわからないまま、ポケットの中で振動する携帯で我に返る。

ごそごそと人にぶつからないようにポケットから携帯を取り出すと、着信アイコンを押してメールを開いた。

「……ふ」

まさみからの返信に、思わず吹き出してしまう。

『こちらこそ付き合ってもらってありがとう。それにしてもやっぱりこの原田さんっていう人、まじめなのか軽いのかさっぱりわからないわ。変な人!大丈夫だと思うけど、気を付けて帰ってね』

急に吹き出した未生に物問い気な顔をむけられたので、小声でまさみからメールが来たのだと今にも笑いそうになる口元を押さえた。

「原田さんのメールは知らなかったから、まさみさんに伝えてくださいってお願いしたんです。その返事でした」
「ああ、そうですか」

不愛想に答えながらもちゃんと話を聞いてくれる態度に思い切って未生は話しかけてみることにした。

「沖田さんは、本当は今日、来たくなかったんですか?」
「……どうしてです?」
「ずっと機嫌が悪そうに見えたから……」

未生の指摘に、ほんの一瞬、奏の顔から不機嫌さが抜けた。未生がバイトで何度か顔を合わせた時は、面接やイベントの最中で、今日のように難しい顔ばかり見てきた気がする。

―― あ。

その顔をみて、きっと普段はこんな顔なんだろう、と思った。

来たくなかったのかと問いかけられた奏は、自分が子供に見抜かれたのかと一瞬、気を抜いてしまう。それだけ自分が不機嫌だったのかと改めて情けなくなったが、どうせ見抜かれたのなら今更だと腹をくくった。

原田に頼みがあると声をかけられたときは、これほど不快になる事なんて、想像もせずに面白がっていた。今更、仕方がないかもしれないが、気を遣わせていたのなら確かに悪いことをしたかもしれない。まだ若い子には、来るだけ来て不機嫌な相手なんて、きっと最悪だと思われているだろう。

がたん、と大きくカーブする電車のなかで、寄り掛かってくる乗客から未生を守るために握り棒を掴みなおす。

「来たくなかったわけじゃありません。ただ、なんというか……、原田さんと菅原さんは会う理由があったかもしれませんけど、私も富永さんも付き合いだったわけでしょう?居心地が悪かっただけです」
「ああ!それ、すごくよくわかります。私もそうでした。菅原さんとは、いくら仲良くなったって言っても、この前のバイトで一緒になったばっかりだったし、社会人の原田さんと沖田さんはバイト先の人だし、何話していいかわかんなくて……」

あ、の形のまま止まっていた口は、ようやく話してくれたと、喜んだ未生が勢いよくしゃべりだしたものの、徐々にしりすぼみになって黙ってしまうと、もう一度動いた。

「この前会ったばかりなのに、飲みに付き合ったんですか?」
「だって!菅原さん、本当に困ってたし、確かに原田さんがわかる共通の人って私以外いないなって思ったし!」

少しは呆れてはいたが、責めているわけではない奏に向かって、未生は無意味に強がって見せた。勢いに任せて大きくなった声につられて周囲の視線がちらほらと向き始めるとあわてて声を落とす。ついさっき、共通項を見つけてほぐれた表情はすぐに硬くなってしまった。

―― ほら。だから困るんですよ。すでに言葉が通じないし

「……別に責めているわけではないんですが?」

自分自身も社会人になって何年もたっているわけではないが、それでも身近に女子高生なんてそうそう、いないのだ。先入観が過ぎると言われようと、奏にとっては、言葉の通じない子供としか見えなかった。

「私も、気は進みませんでしたけど、お礼がしたい菅原さんの気持ちもわかりますし、二人きりで会う気にはならなかったのもわかるから仕方がなかったんです。……なんか、責められてるみたいな言い方に聞こえ……てしまって」

ごめんなさい、と謝られるとますます困ってしまう。奏も巻き込まれたわけだが、それを言うなら未生も同じはずなのだ。
どうして謝ると言いかけた奏の先手を打って、未生が困った顔で見上げてくる。

「私も……、すごく態度が悪かったかもしれないなと思って。無理にきて、送っていただいてるのに、本当にすみません」
「そんなことは……、ありませんでしたよ。私のほうこそ大人げなくてすみません」

互いに謝り合うと、もう何も話すことがなくなってしまい、黙って電車の揺れに任せて、残りの駅まではあといくつだろうかと考える。
未生が言った駅に近いのだと原田は言っていたが、ほとんど見ず知らずの未生のことを奏が送り届けるような義理はないのだ。先に未生が礼を言って下りればそれまでだと思っていた。

「駅から、どのくらいかかるんですか?」
「え?あ、家ですか。15分くらいなのですぐなんです」

話題の継ぎ目に聞かれたのだと思ったが、気が付けば降りる駅はもう次である。今度こそうまく礼を言わなければと思っているうちに電車のドアが開いて、人の波が動き出した。
ドア際に立っていた未生は、奏の腕の下をすり抜けて下りようと少し頭を下げて足を踏み出そうとする。

―― えっ……

ちょうど腕の下をくぐろうとした未生の腕を掴むと、奏は、人の流れにそって電車から降りてしまった。ホームは立ち止っていれば間違いなく、人の流れの邪魔になってしまう。
せめて、邪魔にならないところにと思っていると、どんどん後ろを振り返ることもなく、奏は未生を連れて改札に向かって階段を下り始めた。

「沖田さん!ここで大丈夫ですから」
「いいから来なさい。人の邪魔ですよ」

腕を引っ張られているので、ついつい並んで階段を下りてしまう。確かに人の流れに邪魔になると思った未生は、結局、改札まで流されるように進んで、そのまま改札を出てしまった。

「どっちですか」

改札を抜けて数歩歩いたところで奏が立ち止る。ようやく、止まってくれた、と未生がほっとしたのもつかの間、未生が断っているのも聞かずに、家の方向を尋ねてくる。

「あの!本当に大丈夫ですから!」

今度こそ、一人で大丈夫だと言う未生に、片手にビジネスバックを抱えた奏はため息をついて未生の顔を覗き込んだ。頭一つ分以上、慎重さがあるのだと今更気が付く。

「この辺りがどうかは知りませんけど、駅から15分の距離は決して、こんな時間に女子高生が歩いて帰るのに大丈夫なんて言えませんよ。私が付き合わせたわけじゃありませんけど、大人としてちゃんと送り届ける責任があるんです。仮に、あなたが気にしないでいいといっても、ここに親御さんが迎えに来るわけでもないならきちんと家まで送ります」

反論の余地を与えない口調で、静かにそういわれると、未生もそれ以上何も言えなくなって、唇を噛むと踏切を渡る方向を指差した。

「じゃあ行きましょう。履歴書であなたの住所は知ってますけど、決して変な真似はしませんから安心してください」
「それはっ、疑ってませんけど……」

もうなるようになれと思った未生は、奏と並んで歩き出すと腕を掴んでいた手が離れて、二人はゆっくりと歩調を合わせて歩き出した。

– 続く –