風こよみ 1

~はじめのお詫び〜

すごーく幸せで甘甘なのが書きたくなりました。
BGM:GReeeeN 愛唄
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しゅるっ。

長くなった髪をひとつに束ねたセイをみて、何を感じたのか、総司が手をひいてセイを腕の中に引き戻した。

「ちょっ、せんっ……総司様……」

まだ薄暗い部屋の中で慌てた声が、うっかり以前の呼び方に戻りそうになって、それからゆっくりと甘やかな声に変わる。

目を閉じて、寝ているようにみせても、抱き寄せた腕が目を覚ましていることをはっきりと表している。後ろから抱きしめて、髪の香りを感じる。

ぎゅうっと後ろから抱きしめる腕を、上からそっと押さえた。

「……もうだめです。支度しなきゃ」
「駄目」

耳元で即答されて、困った人だと心の中で思いながらも、セイは再びその腕を今度は軽く叩いた。

「総司様はまだ、休んでてください」
「駄目」
「もう……駄目ばっかり……私だって駄目ですよ。朝餉も差し上げないままなんてできません」

聞こえているくせに、聞かないふりをして今度はセイの腕まで一緒に、己の腕の内に納めて髪の香りを楽しんでいた顔がそのまま首筋に唇を寄せた。長くなった髪にその顔を隠したまま、その腕と唇が狡さを見せる。

「~~…………っ本当にっ駄目っ」

ぎりぎりのところで、踏みとどまったセイがその腕からようやく逃げ出した。もちろん、わざと緩められた腕のせいで抜けられたものの、恨めしそうな視線だけを送って、セイは着物を整えた。

床の中からは、くすくすと笑い声だけが聞こえる。

総司とセイが大騒ぎの祝言を挙げた後、二人揃って過ごした3日の休みはあっという間で、総司にとってはまだまだ離れがたいところである。

セイが着物を整えて台所で朝餉の支度をしている音を聞きながら、総司は子供のころのような幸福感に浸っていた。三月のうちに、今の出で立ちにはすっかり慣れたのか、セイは手際よく支度を整えている。

後もう少し……と余韻を楽しんでいたところに、セイが現れた。

「総司様、そろそろ起きてくださいな」

枕元に控えて、布団越しに触れた手をぱっとつかんで、その手首に口づけの跡を残す。慌てて引かれた手を離して、総司はその目を開いた。

「おはようございます」

手首に付けられた跡と、不意打ちのように目が合った瞬間の総司の笑顔に、セイはふわぁっと鮮やかに赤くなった。困ったように、視線を外して口元を覆いながら、セイは急いで立ち上がった。

「もうっ、早く起きてくださいね。遅れちゃいます!」

まだ、くすくす笑っている総司を置いて、急いで自分の支度にかかった。

そう。今日から二人は共に屯所へ通うことになる。ほとんどの者たちが二人を認めてくれているものの、それでもこれまで女子であるころを隠してきただけに、きちんとしなくては、と思う。

セイは、屯所の中に新たに建てられた診療所へ向かうための荷物を、手早く整えた。

顔を洗って総司がセイの前に現れた。セイは、朝餉の膳を運んでくると、給仕を先にと控えたセイに、総司は気にせず食べるよう、促した。

「私たちは同時に出るんですから、貴女も一緒に食べておしまいなさい」
「ありがとうございます、総司様」

嬉しそうに笑って、セイも食事を急いだ。いくら屯所が近くても、そんなにのんびりしていられるわけではない。

朝餉を取り終えると、総司の分のお茶を残して、セイは膳を下げたり総司の着物を用意したりしている。

「あのー、セイ?そんなに無理して頑張らなくても、私も一通りは自分でできますから……」

ピタッと総司の前に、すっかり準備の整ったセイが座る。

「沖……、総司様。初めのうちは慣れないことも多いので、私も慌ただしくしてると思いますけど、できるところまではやらせていただけませんか?せっかく、武家の妻女として仕込まれましたし」

そういうと、自分で口にした妻女という言葉にうわー……と恥ずかしそうにつぶやくと、総司の着替えを手伝い始めた。言われた総司も、その部分に照れたのか、いくらか頬を赤くしながら、わかりました、と答えた。

着替えを終えた総司に、袖口をつかって、直に刀に触れないように気遣いながら刀を渡すと、うっ、と自分の刀を前にして手が止まった。

医師は、苗字も帯刀も認められている。しかし二本を指したままの医師などはいるはずもない。困っていると、すっと目の前に刀袋が差し出された。

「それに入れて、和泉守様に打っていただいた方を持っていきましょう。屯所との行き来の間も、屯所でも何があるかわかりません。家にはもうひと振りのほうを置いておいたらいいでしょう」

こくん、とうなずくと支度を終えた総司とともに、セイは家を出て屯所にむかった。

 

 

– 続き –