悋気拡散

〜はじめのお詫び〜
新婚さんですから!!甘X2 プチSSってところです。
BGM:氷室 京介 KISS ME
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「沖田先生!いい加減にして下さい!」

セイは、怒ったまま小部屋のから外に向かって歩き出そうとした。その腕を総司が掴む。

「神谷さん、どう貴女が思っていてもですね」
「沖田先生?この屯所にいて、私に中村さんが変なことするわけないじゃないですか!」

その数刻前、セイは診療所の中で高い場所にある薬をとるために、踏み台に上がって四苦八苦していた。そこに現れた中村が、バランスを崩して落ちかけたセイを折よく支えてくれたのだ。

それを屯所の中庭から見ていた総司が不機嫌全開で診療所に現れたのだ。一睨みで中村を診療所から追い出した総司が、今度はセイに悋気をぶつけはじめたのだ。

セイに隙があるからそういうことになる、不用意にそんな真似をするからだ、気が抜けている……。

さすがに他の隊士や小者の前で悋気に満ちた苦情をぶちまけられてはたまらない。急いで小部屋に逃げ込んだセイを追って、総司がついてきて、延々恨み事を言い続けたのだ。それに堪忍袋の緒が切れたセイが、怒り始めたのだ。

セイが怒り始めたので、総司も引くに引けなくなってくる。セイの片腕を掴んでいた総司は、そのままセイの腰に手をまわして引き寄せた。

「貴女がどう思ってても、中村さんが貴女のことを」
「それ以上言ったら、今日は私は一人で屯所に泊まります!!」
「セイ!!」

怒りに燃えたセイが、総司の手を振り払った。
確かに、中村はセイを好きだったし、今でもそう言い切る時もある。でも、今日のようにたまたま、不可抗力で倒れたところを支えてくれた相手すべてがそういう感情を持って、不届きなことをしようとしていると言われれば、いくらなんでも言い過ぎだろう。

それに、セイに隙があるとか、不用意だと言われると、隊士時代にもあったように、全否定されたような気持になってしまう。

「沖田先生。私には仕事があるんです。先生もどうぞ、隊務へおもどりくださいませ」

冷やかなセイの声と、振り払われた手にひどく傷ついた顔で総司がセイを見て、小部屋から黙って出て行った。

 

「ほんっとに!!もうっ!!なんでっ!!?!」

怒りにまかせて、そのまま外出した。消毒用の焼酎やら、病人用に置いておく葛湯などを買い求めに出る。いくらなんでも、総司の悋気はセイには許せなかった。

―― どうして……もう……。隊の中でも悋気なんて……。

怒りが、ひどく悲しい気持ちになる。無理に用事に意識を向けて、片っぱしから買い物を済ませて屯所へ足を向けると、診療所の裏から直接、小部屋に入った。セイのいない間に原田と斉藤が小部屋に陣取っている。

「よう、神谷。随分派手な喧嘩したらしいな」

ひどくげんなりした顔でセイが、二人の顔を見返した。この二人ということは、人選は土方だろう。妻帯者の原田とセイの兄分である斎藤だ。

「お二人がいらっしゃってるってことはやっぱり……その」
「おうよ、あれだけ言い合いしてりゃー、屯所中に知れわたるってもんだぜ」

がっくりと肩を落としたセイから、斉藤が抱えた荷物を持ってやる。

「中村さんにお詫びしないといけませんね」
「あー……、まあいいんじゃねぇ?アイツも役得だったんだからさ」

無言のまま斉藤がこくりと頷く。
セイが、目を剥いて言い返した。

「そういう問題じゃありません!」

噛み付かんばかりのセイの勢いに、原田がうぉっ、と体を引いた。

「神谷清三郎だった頃からしたら、今なんか平和なもんなんですよ?!それを一々目くじら立てられたらおちおち仕事もできませんよ!!」

「まあ、それはそうかもしれんが……。女子だと分かった上でちょっかいを出す輩がいればそれは今までとは違って真剣に身を案じることも致し方ないのではないか?」

決して総司を擁護するつもりなどはないが、もし自分が総司の立場だったらと思うと、斉藤は思わずそんなことを口に乗せた。
しかし、セイはまったく怒りを収める気配がない。例の威嚇として皆の前でされたことが尾をひいているのかもしれないが、さすがに清三郎時代に散々怖がられたように怒ったセイはなかなかに恐ろしい。
原田は早々にとりなしを諦めて、怒り狂ったセイを斉藤に押し付けた。

「怖えぇ怖えぇ。ウチのおまさも怒ったら怖いけどよ。やっぱ、お前が怒ると怖いわ。中村は全然堪えてねぇみたいだったし、あんまり気にすんなよ」

そういって、原田は小部屋を後にした。残された斉藤はそこに何かをいうというより、セイと他の者達との堤防になっているようだった。
そんな斉藤に、セイも隠し置いている斉藤の好きな酒を汲んで出した。

「せっかくの非番にすみません。兄上」
「なに、俺はお前の兄だからな。面倒を見るのは当然だ」

そういうと、セイが診療室や賄い所などを忙しく行き来しているのを、小部屋に居座った斉藤が見守ることになった。
代わりに、被害にあったのは一番隊の隊士達で、稽古で総司の八つ当たりにあい、全員が仕舞いには全員が床と仲良しになっていた。
次々と運び込まれる隊士達をみて、セイの怒りはさらに収まらなくなった。

「もぉぉぉぉ!!!ありえないし!!」

しかし、思わず叫んだセイに、一番隊の隊士達は、意外にも総司に対して同情的だった。

「そういうなって。お前が心配なんだよ~」
「そうそう。今まで散々我慢してきたんだからさ~。許してやれって」

次々と、湿布や膏薬をつけていくたびにそういわれて、セイのなかで鬱憤が堪っていく。
夕方になると、本来は家に帰るはずだが、セイは小部屋に戻って、さらに仕事を続けていた。酒が底をついた時点で、斉藤にも礼をいって引き取ってもらっている。

夕餉の後、セイが整えた書類を持って土方の部屋を訪れると、土方がニヤニヤした顔でセイを迎えた。

「おう、夜遅くまでご苦労だなぁ。今日はお前も総司も屯所に泊まって仕事していくらしいな?」
「私は、泊まりますが、沖田先生については存じません!!」

どことない部屋の空気から、どうやらつい先ほどまで総司がこの副長室でとぐろを捲いていたらしい。
余計にセイはぴしゃりと言い切ると、さっさと部屋を出ようとした。そこに、いくらかまじめな声で土方は面倒な弟分を庇った。

「おい、神谷。お前の気持ちも分からなくはねぇがな、ちょっとやそっとの悋気ぐらいほっとけ。いずれアイツだって落ち着くだろうよ」
「仕事に支障がでないなら私だって騒ぎません!」
「お前が騒げば騒ぐだけ支障ってのがでるんじゃねえのか?」

くるっとセイが振り返って、恨みがましい目を向けた。

「ふ~く~ちょ~?」

普段ならこんなことに口を出す人ではない。そんなことは分かっているだけに、ここにいたはずの男がどれほど零していったことやらである。
土方は視線をはずしてわかったわかった、とうるさげにセイを追い払うことにした。

小部屋に戻ると、仕事を切り上げたセイは、床の支度だけして手持ちの包みからばさりと縫いかけの羽織を取り出した。屯所での時間の合間で縫っていた新しい総司のものである。
夏物の紬の無地でさらりとした手触りが気持ちいい。

残りは仕上げばかりになっていたので、無心に針を動かして、一気に仕上げてしまった。羽織を置いて、針の道具をしまうと、脇においていた羽織を広げる。
仕上がりを確認すると、セイは静かに立ち上がった。

外への階段の一番上に座っている背中に、仕上がったばかりの羽織をかける。
振り返ろうとする肩に両手を回すと、背後から静かに寄り添った。

「いくら夏でもこんなところに夜通しいるつもりですか?」

総司の耳元にセイの声が柔らかく響いた。肩に回された腕を大きな手が包みながら、拗ねたような声が返る。

「だって……貴女は怒ってるし、一人で家に帰っても仕方が無いし……」
「まったく……子供みたいですよ?さあ、中に入ってください」

総司の肩から腕を引くと、大きな手をひいて部屋の中に連れて行った。
小部屋に入ると、今度は総司がセイの背後から小さな体を抱きしめる。

「ごめんなさい」
「……そんなに、私、隙だらけですか?」

近頃では慣れてきた仕草の、セイの髪に総司が顔を寄せるときは、大概、総司がセイに甘えているときが多い。本人の自覚はさておき、髪に顔を埋めたまま、唸るように総司が言った。

「隙、があるわけじゃないですけど……ただ、私が嫌なんですよ~~~」
「そりゃ、私だってわざとだったら嫌ですけど、不可抗力なのは仕方ないじゃないですか」
「不可抗力でも何でも嫌なんですもん!」

くるっとセイの体の向きを変えさせて、自分に向けると、ぎゅっと懐に抱え込んだ。肩に羽織っていた羽織が畳みの上に落ちる。
呆れたようにセイが大きな背中に手を回して、軽く叩いた。

「もう、沖田先生が焼餅焼きだって屯所中に知れ渡っちゃうじゃないですか」
「そのほうがいいじゃないですか」
「そんな無茶な……」

言いかけたセイを勢いのまま、総司は床の上に押し倒した。

「ちょっ、総司様、ここは屯所ですってば」

慌ててセイが押しのけようとするのを、総司はそのままきつく抱え込んだ。

「分かってます。なにもしませんよ」
「総司様……」

抱きかかえられている体勢から少し体をずらして、セイは総司を胸に抱えるように抱きしめた。

―― 仕方ないなぁ、もう。

つい、こうして滅多に見せない姿で甘えてこられると許してしまう。

「私……沖田先生の邪魔になってる気がしてきちゃいます」
「そんな言い方やめてくださいよ。言ったじゃないですか」

肘をたてて総司が頭だけを上げた。我慢しきれずに、セイはくすっと笑った。

「なんですよぅ」
「ほんとに……子供みたいですよ?」
「嫌なものは嫌だし、面白くないものは面白くないんですもん」

その眼の中に傷ついた子供がいる。剣をとれば誰よりも強いくせに。

「仕方ないなあ。機嫌、直してください」
「セイだって機嫌直してくださいよ」

総司はセイの隣に横になると、セイの額に自分のそれをこつんとあてた。
困ったセイは、ふと思いついて、総司の頬に軽く口づけた。総司がこうしたことをするのは多いが、セイからこうしたことをしてくるのは、たとえ頬でも恥ずかしがって滅多にしてはくれない。総司は驚いて頬に手をあてた。

「セイ……それはずるいです……」
「え、駄目……ですか?」

きょろっと黒い大きな目が邪気もなく総司を見つめる。ぷっと総司が吹きだした。

「すみません。貴女が野暮天さんだって忘れてました」
「ひどーい。総司様に言われたくないです」

言い返すセイに今度は総司が頬に口づけた。可愛い仕返しに、二人はくすくす笑い合って、どちらからともなく唇を合わせた。ふざけあったまま、まだまだ可愛らしい二人はそのまま寄り添ったまま眠りに落ちた。

それから開き直ったのか、セイがどんなに怒ろうとも、飄々としたまま独占欲全開にしていくのはこの後のことだった。

 

– 終わり –