たしなみ 5

〜はじめのお詫び〜
白へかんばっくっ!
BGM:AI Story
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「はぁ……」

深い溜息とともに余韻を吐き出して、セイは自分のはしたない姿を思い出して、恥ずかしさに泣きそうな気持ちになる。

総司にこうして抱かれることは嬉しくないわけはない。ただ、時々、こうしてわざとセイの羞恥を煽られることがたまらない。またそれに、操られるように感じてしまう。

妻らしいこともできないままに、そんな姿をさらすのが嫌で仕方がない。

すっと襖が開いて、総司が部屋に戻ってきた。手に酒肴の乗った盆を手にして後ろ手に襖を閉めた。

「このまま泊まるとお願いしてきましたよ」
「あっ、はい……」

セイは慌てて顔を伏せて、座を移す。琴の前から体をずらして、総司の座る場をあけようとしたが、その肩に手を置いて、総司はセイの隣に座った。

 

「貴女も飲みますか?」

総司が酒の入った銚子を軽く挙げて見せる。セイの分と二つ盃に注ぎかけて、その手を止めた。ひとつ分だけ注ぐと、その酒を口に含んで、セイに口づける。

酒とともに絡めた舌が温かい口中を辿る。ちゅっと音を立てて唇を離すと、ぎゅっとセイを抱きしめる。

「総司様」
「よく似合ってますよ、その着物」

頬染めて俯いてしまうセイに総司は優しく肩を撫ぜる。

「どうしてそんなに無理をするんですか?」
「無理……ですか?」

少しだけ寂しげな顔で総司が言う。

「貴女はどんなに私が無理しないでくれって言っても聞いてくれはしない」

それは、いつか総司のためなら目の前から消えてしまうことも厭わないかのようで、総司が夫婦になって一番恐れるようになった不安を思い出させる。

「だから嫌なんですよ。貴女が無理して疲れていくのを見るのは」

隣に座っているのは顔を見ないように、見せないようにしているからで、その不安に満ちた顔を見せたら、セイがどう思うのかが怖かった。セイに、こんな不安をぶつけることも、そんな自分も嫌になる。
それでも伝えなければ、この子はいつまでも無理を重ねていく。

「私、そんな風に見えるんですか?」

ぽつん、とセイがつぶやいた。

「え?」

意味を図りかねて、総司が聞き返す。セイが少しだけ総司の方へ体を向ける。

「無理して、疲れているように見えますか?」

甘い時間の後だからか、真っ直ぐに見詰めるセイの大きな目がきらきらと輝いて、吸いこまれそうなくらいだ。まだ、少し上気したままの頬とわずかに開かれた桜色の唇から小さな舌が覗く。

くらっと、急に酔いを感じて総司は目をそらした。

「い、今がどうとかじゃなくて、ですよっ」
「じゃあ、きちんとした女子姿はいけませんか?私が、武家の女らしくするのはお嫌ですか?」
「そ、そ、そんなことを言ってるんじゃなくて」

今度は目をそらしただけでなく、総司はセイを抱きしめていた腕を離して、体を起してセイから離れる。その顔が、先ほどより、少しだけ赤くなっているのをみて、セイは総司が何をどう感じていたのかわかった気がした。

 

「総司様は、やっぱり嘘つきですね」
「えっ」

少しだけ膝立ちになって、総司に近づくと、セイは総司の顔を両手で包みこんで唇を合わせた。

セイからそんな真似をされたのは初めてで、驚いた総司は瞠目してしまう。唇を離すと、セイがふわっと微笑んだ。

「セ、セイ?」
「総司様がいつもこうしてくださる時、どんな気持ちですか?」
「そ、それは……」

セイが可愛くて、愛しくて、いくら伝えても伝えきれないくらいの……。

「一緒です。総司様」

総司の頬を包み込んでいた手を離して、セイは総司の大きな体をぎゅっと抱きしめた。総司の耳元にセイの息がかかる。

「とっても、恥ずかしいですけど、でもきっと総司様と同じ気持ちでした。そんな風に言ってくださる総司様がすごく大好きです」
「じゃあ、私が反対する理由もわかっちゃいますよね」

総司がセイの体を優しく抱きとめる。耳元の声がくすぐったそうにセイが少しだけ髪を揺らした。顔をあげて、間近で総司の顔をみる。

「じゃあ、総司さまはどうなんですか?私の気持ち分かってくださいます?」
「そりゃ、その……貴女の立場とかを考えれば……」
「違いますっ」

明らかに立場が逆転している。動揺した総司がぼそぼそというのを、セイが遮った。頬を膨らませて、うっすらと涙目になりながらセイが口を開く。

「いつもの清三郎の姿や仕事だけじゃなくて、女子姿とか、総司様に見てほしくて、私なんかを妻にして総司様の面目を潰すようなことはしたくないんです。自慢にしていただくなんて無理なのは分かってます。でも、せめて形だけでも妻らしい姿とかできることを増やして……」

 

―― 好きでいてほしい、きれいだと思ってほしい、よくやったと言ってほしい。

 

いつでも変わらない女心を、この野暮天に分かれというのが無理なのかもしれないが、セイの想いのいくらかは総司に伝わったらしい。

ぐっと力の込められた腕に引き寄せられて、深く口付ける。角度を変えて、何度も何度も交わす唇に、ここしばらくお互いが感じていた寂しさも埋められていく。

ようやく唇が離れると、総司の胸にセイがもたれかかった。抱きとめた腕が、髪を撫ぜる。

「琴や他のことも、いつかまた徐々に始めたらいい」
「いいんですか?」
「ええ。今貴女が手いっぱいなのにさらに抱えるのは反対ですけど、余裕ができたらいいですよ」
「嬉しい。ありがとうございます」

本当に嬉しそうに微笑んだセイが目を閉じた。それをみて、総司は困ったように笑った。

「このままじゃ、私は本当に貴女にだけは敵わないままになりそうだ」
「そんなことないです」

すぐに拗ねたような声が返ってくる。総司はセイの体を抱き上げて、隣の部屋に運んだ。

「えっ?きゃっ」

ふわっと抱え上げられたと思ったら、すぐに床の上に寝かされて、セイが悲鳴ともつかない声を上げた。
セイの隣に横になった総司が、意地の悪い笑みを浮かべた。

「今度、無礼講だって言われて会津藩の方々からお誘いがあったんですよ。私は、貴女を連れていくのは一度断ってしまったんですが、気が変わりました」
「えっ、あっ、はい」
「めいっぱい、貴女を自慢することにします」
「え、ちょ、それはちょっと違っ……んんっ」

黒い笑顔のまま総司の唇が落ちてきて、セイの口を塞いだ。総司の体を押しのけようとして、胸を叩く腕を片手で抑え込まれて、ささやかな抵抗も封じられる。
唇がそのまま、セイの耳に移り、セイが弱いのをわざと甘噛みするように丹念になぞりながら、楽しそうに囁いた。

「自慢するには、何でももっとよく知らないといけませんよね?」
「やだっ、そんなの違うじゃないですかっ。もうっ黒平目っ!!嘘つき〜!!」

 

まだ新米夫婦の二人には、こんな可愛い積み重ねが大事なことなのだと、お互いが思い知るにはもう少し夜は長いのかもしれない。

– 終わり –