縁の下の隠し事 16

〜はじめのつぶやき〜
ちょっとお待たせしました。

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鼻歌交じりに部屋の中で足の爪を切っている男がいる。

菊池は、足の爪を切りそろえると、ふっと手についた屑を払った。あれから早速、機会を作るために、夜半に所の無頼の者達へ金を与えて騒ぎを起こさせた。

しかし、大したことのない連中だったからか、あっという間に捕り物は終わり、総司達の家へ知らせが行くことはなく終わってしまった。

「あれくらいじゃあ、やはり足りんか」

様子を見ていると、常に二人は共に行動していることが多い。もちろん、日中の隊務は別だが総司が屯所にいる日は、セイも屯所にいる。セイだけが一人家にいるということが少ないのだ。
それで、二人をとりあえず離せないかと騒ぎを起こしたが、失敗に終わった。

だが、もしも騒ぎが大きくて、総司に呼び出しが来るようなことがあれば、もちろんセイも屯所に向かい、いざというときに備えるだろう。
それではなかなかうまくないのだ。

「ふうむ。まさか、正面から鬼と言われた沖田のいる家に乗り込むというのもな」

そんなことをすれば、返り討ちに合いかねないのは目に見えている。菊池も遅れをとるほど腕に自信がないわけではないが、わざわざ正面から出向くほど愚かな真似は面倒だった。
どうせならば、金に物を言わせて、もっと絡め手で仕込むことができるはずだ。

「しかもなぁ。わざわざ見せつけるような真似されたらもっと欲しゅうなるもんや」

別に菊池に見せつけるためではないにせよ、総司が仕置きと言ってセイにしたことは、菊池を煽ったことだけは間違いない。

―― あんな女に俺が手を付けてせいぜい啼かせてみたら沖田はどんな顔をするやら……

そう考えただけでも溜飲が下がるようだ。個人的な恨みはないが、天下に名を知られた沖田総司の恋女房を寝取ったとなれば、さぞや愉しいことだろう。

「さて、どうするかな……」

こう、焦らされるような時間が長いと、ただセイを襲うだけでは飽き足らなくなるものだ。
たとえば、いいとろこで邪魔が入り、総司だけが家からいなくなる。
そんな状況に菊池が家に忍び込むとしたらどうだろうか。

にやりと誰もいない部屋の中で口元を歪めると、自分の考えに満足したのか、その手立てを考え始めた。

 

夕刻、総司とセイが家に帰る支度を始める頃、屯所に不穏な動きを知らせる文が飛び込んできた。どうも無頼の者達が騒ぎを起こしそうだという。

「沖田先生……」
「困りましたね。様子を見ましょうか」

セイのいる診療所にもその話は聞こえてきて、心配そうな顔をしていたセイのもとに総司が現れた。
今夜の巡察は一番隊ではないし、待機も一番隊ではないが、騒ぎがありそうだと聞いてそのまま帰るわけにもいかない。

「神谷さんは先に帰ります?」
「いいえ、私も残ります!」

―― なにがあるかわかりませんから!

確かに斬り合いになれば、怪我をする者も出るかもしれない。意気込んで答えたセイに総司は頷いて隊部屋へ戻っていくと、セイは小者達に頼んでいざというときのために支度を始めた。

屯所の中は、獲物の話題にざわざわと落ち着きなくざわめいていた。巡察の隊を除いて、いつ声がかかってもいいようにとなれば、もともとが狼と言われる彼らだけに手柄を立てるのは我こそは、と思っている者が多いのだ。

しかし、それ相応の体勢を整えたが、なかなか動きのない相手方に土方は総司と原田には帰宅してよいと命を下した。

「永倉やほかの者達もいるからなお前ら帰っていいぞ」
「そうはいっても」
「いいからお前らは帰れ」

土方にそういわれた原田は、おまさのもとへ帰れるということで勇んで帰ったが、総司はどこか迷いながら診療所のセイのもとへ向かった。

「お疲れ様。神谷さんいます?」
「沖田先生」
「土方さんが帰れっていうんですけどね。どうします?」

うーん、とセイが唸っていると、小者達がせっせと支度をしながら後押しした。

「神谷さん。動きがないならお帰りください。我々が何とでもできますし、本当に急があればお知らせに向かいますから」

顔を見合わせた総司はセイを連れて一度家に帰ることにした。
セイが難色を示すことはわかっていたが、今はどうやら家に戻ることが面倒な話を進める鍵のような気がする。こういう時は勘に従って行動したほうが良いこともあるのだ。

「帰ってきて本当によろしかったんですか?」

いつもなら、様子を見るとしても屯所にとどまっていることがほとんどにも関わらず、今回に限って、総司から家に戻ると言いだしている。それがどうにもセイには落ち着かなかった。

「構いませんよ。何かあれば知らせが着ますしね」
「でも……」
「いいから、いいから」

帰ってきたところで夕餉をとった後、総司は刀の手入れを始めた。それに合わせて、セイも自分の刀を納戸から持ってくる。二人で向かい合うように、互いの刀を丁寧に拭き清めた。

「……貴女は余計なことを気にしなくていいんですからね」
「……そういわれても」
「いいから。さ、終いにして休みましょうか」

にっこりと笑った総司にセイが頷いた。総司は刀を納戸にはしまわずに寝間に刀かけを持ち込んでそこに置いた。セイが同じように刀を持ち込もうとしたところ、総司にあっさりと取り上げられた。すたすたとそれを納戸にしまいに行くと、戻ってきて横になる。

「おやすみなさい。少しでも休んでおかないと、いつ知らせが来るかわかりませんよ」

そう言って、総司はセイの隣に横になって目を閉じた。いつ、どんな時でも、眠ろうと思えば眠れる自信はある。頭のどこかは必ず目覚めているから全く問題はなかった。

すーすーとすぐに寝息を立て始めた総司とは対照的に、落ち着かないセイはどうにも眠れずに何度も寝返りを打っていた。いつ呼び出しが来てもいいようにと思うとなかなか眠れない。
山崎がそばにいるのだろうか、とか余計なことまで頭の中を駆け巡り、何度もそんなことを繰り返しているとどうしても眠れないのだ。

ごそごそと寝返りを繰り返していると、ぐいっと総司に引き寄せられた。

「眠れないんですか?」

– 続く –