縁の下の隠し事 15

〜はじめのつぶやき〜
頑張れセイちゃん!

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朝になって、寝不足なのに頭のどこかが冴えている状態でセイは朝餉の支度をしていた。
総司には真綿で首を絞められるように責められて、気を遣うだけ使って、擦り切れた神経にセイは苛立っていたのかもしれない。

白い飯に、炒り卵、味噌汁に香の物というあっさりした朝飯だったが、屯所でも似たようなものなので、総司もセイもそれをおかしいとは思わない。昨夜の残りがあれば煮しめなどが出ることもあるが、今日はこれだけである。

「おはようございます。総司様」

寝間でまだ休んでいた総司に声をかけると、いつもなら寝起きの悪い総司が妙にすっきりと起きあがった。

「おはようございます」
「朝餉の支度ができていますので、お早くなさってくださいね」
「……ええ」

片手で頭を抱えた総司に向かって声をかけると、セイは着替えと屯所に出るための支度を始めた。

膝の上で頬杖をついた総司は、空っぽになって畳まれたセイの分の布団をじっと眺めている。昨夜、自分が眠ってしまった後、セイがひそかに起き出したのは何とはなしに気づいていた。半分夢の中でも、腕の軽さにはいつも敏感になっている。

そんなセイが、いつまでたっても戻ってこないことはうとうとと、微睡ながらも感じていたのだ。そのせいが、朝方冷え切った布団に戻ってきて、少しだ け体を横にしていたが、ほとんど眠っていないはずである。初めは、自分のつまらない悪戯のような振る舞いに拗ねているのかと思っていたが、どうもそうでは ないらしい。

何度も寝返りを打つセイにつられて、総司も早い時間に目が覚めてしまっていたのだ。

「……お客さんですかねぇ」

ぽつりと総司はつぶやいて首を振った。セイの勘が鈍っていないことは十分にわかっている。山崎の言う菊池という者がこの家の様子を窺いに来たのかもしれない。

なんにせよ、仕掛けてくるならさっさと仕掛けてきてもらわないことには、総司とセイの結婚生活にも影響が出てくるのは勘弁してほしかった。

 

 

揃って屯所に向かったが、屯所につくと昨夜巡察の際に、捕り物があったらしく、朝からざわざわと騒ぎが広がっていた。軽いとはいえ、怪我をした者も出たようでセイは慌てて診療所に向かった。

「知らせに来てくれたらいいのに」
「それほどの深手の者もいませんし、副長からもそのようなご指示もありませんでした。そんなに心配しなくてもこのくらいなら私達でも大丈夫ですよ」
「心配ではないんですけど……。とにかく、薬は足りますか?」

そういって、セイは昼過ぎまで、忙しく立ち働いていた。忙しかったのは総司も同じらしく、午後は巡察ということもあって、昼餉の頃に一度顔を見せたっきり、屯所にいるのかもわからなかった。

「神谷さーん。そろそろ我々もお昼をいただきましょうよ」
「そっか、そうだね。ごめんなさい。つい、夢中になって」
「あはは。それが神谷さんじゃないですか」

どっと小者達から笑いが起きて、ようやくいつもの空気が戻ってくる。表に出ている隊士たちの命を預かるという自負があるだけに、怪我人が出れば彼ら も、自分たちにできることを尽くすために緊張を強いられるのだ。今回は、幸い軽い傷ばかりで、熱を出しかけた者もいたが、今はようやく落ち着きを見せた。

小者達に誘われて昼餉をとったセイは、報告のために副長室へと向かった。いくら不在がちとはいえ、今日ばかりは部屋にいるはずと思っていくと、案の定、部屋の障子が半分だけ開け放たれていた。
誰かと用談中かと、わざと足音をさせて近づいてから部屋を覗き込んだ。

「神谷です。報告に参りましたが、よろしいでしょうか」
「うむ。いいぞ。お前も朝からすまなかったな」
「いえ」

副長室に入ったセイが、怪我人の様子を伝えると、おおよその話は聞いているらしく、頷いて土方は報告書を手にした。捕り物は原田の隊だったらしく、後始末を終えた原田は先ほどようやく、家に帰ったらしい。

「忙しい思いをさせたな。ところで、どうだ。その後」
「は?」
「うまくやってるか?」
「……っ!」

土方が何を言おうとしているのか察したセイは、ぎゅっと唇をかみしめて土方の顔を睨みつける。視線を落としたままの土方の長いまつげを全部抜けてしまえとばかりに睨みつけながら、我慢して、何とか口を開いた。

「……おかげさまで」
「ふむ。余計な騒ぎなんかおこすなよ?」
「誰が!好き好んでそんなことを!!」
「誰も、お前が好きでやってるとは言ってねぇよ。ただ、お前は騒ぎにとにかく突っ込んでくからなぁ」

呆れ半分、面白がり半分でにやりと笑った土方が顔をあげると、セイの顔を見てますます笑いだす。
仕掛けがそろそろ山に差し掛かることは山崎からの報告で聞いている。総司に知られたということも聞いてはいたが、なぜか協力する総司の事が不気味でもあった。

一番何も知らないのは渦中にいるセイだけという状況には少しも悪びれることはないが、これで後々になって、面倒なことになりそうな確率が上がったこ とだけはわかっている。それを少しでもとりなしておこうと、土方は懐から小粒をつまみだして、懐紙にくるむとセイに向かって差し出した。

「?」
「使いを頼む。日持ちのする落雁でも干菓子でもいい。何か見繕って手土産にしやすい小箱を整えてくれるか」
「……女性にですか、手土産ですか」
「妓に決まってる」

なぜ決まっているのかは謎だが、とにかく妓に手土産にする菓子を見繕ってこいという命にセイはしぶしぶ頷いた。

「いい加減に……」
「残った金で、総司にも何かあいつの好きそうな菓子でも買ってこい」
「?!」
「お前らがもめると碌なことにならん」

ぷいっとそっぽを向いた土方が、精一杯の気配りでそれを言っているのがわかり、セイは白々とした顔で手にある懐紙にくるまれた小粒を眺めた。
土方なら、妓のところに向かう途中でいくらでも気の利いたものを買っていけるはずだ。

―― てことは、これは口実……かな

それならそうと、素直に言えばいいのに、とセイは思ったが、肩をすくめて頷くと副長室を後にした。日も高いので、近場の店で体裁の良いものを買い求めると、総司のためには饅頭を、そして土方のために葛餅を買い求めて屯所に戻った。

「神谷さん!」
「あ。沖田先生」
「沖田先生じゃありませんよ!外出するなら誰か小者でも隊士でも供をつけてくださいよ」

セイの不在を聞きつけて、門のあたりをうろうろしていた総司が、セイの姿を見かけて駆け寄ってくる。何を大げさな事をと言い返しながらセイは、買ってきた菓子の話をして聞かせた。

「副長がそんなことをおっしゃるので、沖田先生には内緒にしてようと思ってたのに」
「なあんだ。そういうことですか。じゃあ、これを持って土方さんのところに行きましょうよ。うまい茶を入れればあの人も機嫌よくなるんじゃないですか?」
「さあ。珍しく東か西へお出かけみたいなので、かえって邪魔だ!って怒るかもしれませんよ?」

それは嫌だな、と呟くと総司はセイの手から饅頭だけを取り上げてにこりと笑うと、隊部屋へと引き上げていった。セイは買い求めた菓子を土方のもとへと届けてから診療所へ戻っていった。

– 続く –