残り香と折れない羽 17

〜はじめのお詫び〜
この辺、だいぶ辛くてペースダウンしてました。すみません。

BGM:GRAY HOWEVER

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セイが連れてこられた時は、突かれた場所がどす黒く痣になっていて、異様に片側の下腹が膨れていた。すでに出血はしていたが、自然に体外に出てくるまでこのまま腹に溜まった血をそのままにはできない。松本は鍼医が使うような長い金属のハリ状のもので管のようになったものを痣になっている場所に刺して、腹部の中の出血を取り除いたのだ。
それと同時に、痛めた部分を強く圧迫することで、出血を促して腹の中の血を外に出した。

初めの二日はそれを繰り返したために、取り除いた血の量も多く、失血するのではないかと思うほどであった。
その後は、腹の腫れも大分収まり、出血の量も収まりつつあったので、鍼を使わずに様子を見ることにした。

今は鍼を刺した場所は小さな傷が数か所程度になっている。

まずは、松本がセイに施した処置を説明した。なまじ知識があるセイに半端な説明をしても仕方がない。
その上で、腹の中がどの程度痛んだかは推測でしかないことも説明した。

「西洋の手術のように簡単に切ったり縫ったりできる場所じゃあねぇ。とにかく、溜まった血を取り除くのと、血が止まるのを待つしか今は手がないと思った。手足ならな、いざとなれば斬り落としても血止めさえできりゃ生き延びる。だが、腹や胸はそうはいかねぇ。極力、回復が早いだろう方法をとった」
「……わかりました」

セイは、まだまだ未熟とはいえ、医師としての知識があるだけに最善をとってくれた松本と南部の処置に感謝した。
そして、その様をきいて自分自身で答えを導きだしていた。

「松本法眼、それではもしかすると女子の……腹の中を傷めたかもしれないですね」
「そうだな」
「それでは……子ができにくくなるかもしれませんね」

松本はまっすぐにセイを見て答えた。

「おそらくとしか言えないが、そうだと思う」
「わかりました。それで、私はあとどのくらい寝ていれば動けるようになりますか?」

セイは淡々とまっすぐに松本を見つめながら受け答えをしていた。冷静に受け止めているように見える様を、総司も松本も注意深く見ていた。正直、セイがどんな風に受け止めるか、分からなかったからだ。
しかし、二人の予想を裏切って、自分が患者であることも忘れたかのように、冷静にセイは受け止め、判断をしていた。逆に、気取られないようにしているはずの総司の緊張が伝わってきて、セイはそれだけで何かを納得していた。

「半月近くは無理だろうな。出血が多すぎたから、体が十分に戻るまでは駄目だ」
「分かりました。まだしばらくご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

セイはそう言うと、首を動かしてかろうじて頭を下げた。松本が眉間に皺をよせて嫌がった。

「何言ってやがる。娘の面倒見るのが迷惑な親がどこにいるってんだ。てめぇは余計なことを言わずに養生してりゃいいんだ!」

そういうと、薄らと目が赤くなりかけていたのを見られまいと松本は急いで部屋を出て行った。セイの傍に座っていた総司は、セイの頬に手をあてた。

「大丈夫ですか?セイ」
「ご心配掛けて申し訳ありません、総司様」

セイは落ち着いた顔でそういうと、自分から横になった。ふと、総司の着物に手を伸ばしたセイは、総司を見上げた。

「着替え、ご用意できなくて申し訳ありません」
「そんなのどうでもいいですよ」
「いいえ。家に行けば着替えがあります。どうか、着替えて屯所にお戻りください。私はもう大丈夫ですから」
「セイ?どうしたんです?」
「どうしたもってことはないですよ。どういうわけで私がここにいるという話にしているのかはわかりませんが、そんなに長く総司様がここに居ていいわけがありません。どうぞ、私に構わずに隊務にお戻りください」

確かに、気にはなっていた。気を遣われているのか、こちらには知らせも来ないままで、一度屯所に顔を出さなければとは思っていた。セイの様子も報告しなければならない。

「総司様。私は、一番隊組長の妻であるのと同時に隊士でもあるんです。ですから、私に構わずにお戻りください」

セイの言葉に、総司も渋々と頷いた。

「でも、またこちらに戻りますからね。私の今の仕事は貴女についていることですから」
「そんな……どんな仕事ですか、それ。駄目ですよ。一番隊の皆も待ってますよ。私、変な心配かけたくないです」

言いだしたらセイが聞かないのは相変わらずである。溜息をついた総司は、一度部屋を出て松本と話をした後、屯所に戻ることにした。

 

 

一度家に戻り、着物を取り換えた総司は、屯所に戻った。

「沖田先生!お戻りですか」
「ええ、神谷さんの様子もだいぶ落ち着いたので」
「そりゃ、よかったです!皆。心配してたんですよ」

隊部屋の近くまで行くと、次々と一番隊の者たちが出てきて、総司に声をかけた。風邪だということになってはいても、皆が心配してくれている。

「皆さんにも心配かけてすみません。あの人にも伝えておきますね」

ありがとう、と声をかけた総司は、原田や永倉の姿を探しながら副長室へ向かった。

「土方さん、総司です」
「おう」

中からの返事をまって、周囲に目を配りながら総司は副長室に入った。土方は、いつものように文机の前に座っていた。

「どうだ、向こうの様子は」
「ええ、おかげさまでだいぶいいですよ」
「そうか。俺達も後で顔を出すとするか」

―― だから、今ここで話をするな

だまって頷いた総司は、さりげなく話題を変えた。

「すみませんね。休みをいただいてしまって。何か問題ありませんでしたか?」
「長州よりは、今は薩摩の方がだいぶキナ臭いな。巡察の刻間をはずして、うろちょろしてるようなんで、こっちも時間をすらしたりしてるところだ」

不機嫌そうな土方の様子はいつものことにしても、今の話では薩摩という言葉が何かに関係しているのだろう。

―― 薩摩の間者か、通じている者ってことですかね

しかし、長話はできないとばかりに土方が片手を振ったので、総司はすぐに立ち上がった。

「そうなんですね。じゃあ、私は診療所に顔をだして神谷さんの様子を伝えがてら、荷物を取って行きますね」
「分かった」

そのまま、診療所へ回った総司はセイを心配していた小者達に心配しないようにと、礼をいい、小部屋に入った。毎日、小者達が掃除に入ってくれているのだろう。部屋の主が不在でも、いつも通り綺麗に整えられている。
セイの教育の賜物というところであった。

総司は文机に近づくと、傍に置いてあった行燈の下を探った。小さな引出しの中に火打ち道具が入っていて、火口の下をかき分けると小さな鍵が隠されていた。それを取り出すと、先日セイが見せてくれた棚の一つを探って、鍵を開ける。
中に入っていた覚書をすべて取り出すと、元通り鍵を閉めた。

そして今度はぐるりと部屋を見渡す。部屋の隅の半間ばかりの押入れを開けると、小柄をとりだして、すぐ横の板の隙間に差し込んだ。
簡単に羽目板が外れて、中にはセイが隠した一冊と文箱があった。隠されている文箱が気にならなかったわけではないが、セイが隠し場所を言わなかったものをあっさりとこうして見つけているだけで、多少の罪悪感がある。

総司は覚書だけを手にとって、羽目板を元通りに戻した。
そして、鍵とともに、風呂敷を取り出して覚書を包むと、小部屋をでて松本の元へ向かった。

 

– 続く –