残り香と折れない羽 1

〜はじめのお詫び〜
爪跡から続いてます。一つのお話にはしたくなかったのでした。 ちょっと書き出しはもたついててごめんなさい。

BGM:moumoon Sunshine Girl
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「総司様、もう手伝ってくださるのはありがたいんですけど、本当に時々にしてくださいね。私、料理では負けたくないですもん」
「はいはい。負けず嫌いですねぇ。楽しいし、美味しいならいいじゃないですか」
「そうなんですけど、出来上がったものをみて楽しんでくださるのとか、驚いていただけなくなっちゃいます」

結局、夕餉の手伝いもやってしまった総司は、妻の文句というより可愛い言い分にぷっと吹き出した。一人でゆっくりとする時間があったほうがいいだろうと先に出たのに、結局自分と一緒にご飯が食べたくなったといって帰ってきたセイが可愛くて仕方がないのだった。

「なんで笑うんですー!ひどいです。私は真剣なのに」
「あはは、ごめんなさい」

セイを腕の中に抱えながら、二人はそんな話をしていた。ふっと話が途切れて、総司が何かを考えるように黙り込んだ。

「総司様?」
「あ、ああ。なんだかお腹一杯食べ過ぎちゃったら、眠くなってきましたよ」
「そうですね。おやすみなさい、総司様」
「おやすみなさい」

いくらもしないうちに胸元からセイの健やかな寝息が聞こえてくる。
昨夜、土方にあんな話をされては、大人しく休むしかない。セイがお馬の時と一緒だと思えばいい、と思うものの、それはそれで帰って意識してしまい、眠りに落ちるまでがなかなか切ない時間を過ごすことになった。

―― だって、ねぇ……。跡をつけなければいいとかそういう問題じゃないような……。

土方の口ぶりでは最低限それだけでもしろ、ということらしいが、そういうことがあることを傍から感じさせないようにというのが無理な話である。
他人のことならよくわかっても、女子の気持ちなど分かるわけがない。
ただ、今のセイを悩ませている理由のひとつが閨事なら、とりあえず控えてみよう、というくらいが野暮天にできる精一杯であった。

その後、幸運というべきか、病人が出てセイが屯所に泊まったり、お馬になったりとしているうちに半月近くばたばたとした日が続いて、総司が気を遣ってセイに触れなくなったことがあからさまになることはなかった。

その間も、セイが元気がない他の理由については、どうにも分かりかねていた。セイに問いかけても答えてくれるのか分からなかったが、ある日の帰りに総司はセイに切り出した。

「セイ?あの、最近元気がないような気がするんですが、私何かしましたか?」

何冊か書き物の類を持って屯所を出たセイから、総司はひょいっとその荷物を受け取って、セイの顔を覗き込んだ。
仕事の事であったとしても、今のセイなら話してくれてもよさそうなものなのに、という思いもあった。
荷物を持ってもらって総司に、すみませんといいながら、セイは総司の顔を見返した。

「私、元気ないですか?」
「まあ、貴女が思っているよりも貴女って分かりやすいんですよね。それに……時々隠れて泣いてるでしょう?」

それを聞いてセイの顔がはっきりと赤くなった。

「やだ、ご存知だったんですか?うわ、恥ずかし……」
「恥ずかしいって……」
「もう、ほんとにごめんなさい。気にしないでください!私がいけないんですから!つまんないことなんです」

泣いていたことを知られていたことが恥ずかしいのか、その中身が恥ずかしいのかは図りかねたが、とにかくセイがその話に触れてほしくなさそうなことだけはわかって、それ以上の追求はできなかった。
仕方なく、総司は話を変えて、珍しく沢山の書物らしきものを抱えて帰ってきたことを聞いた。

「珍しいですね。沢山もって帰ってくるなんて。お仕事ですか?」
「あ、ええ。ちょっと資料とかです」

曖昧な表現に総司が苦笑いを浮かべてため息をついたので、セイは少しだけ足を速めて総司に近づいた。

「総司様?」
「自分が身勝手なのは今更言うまでもないんですけど……。こうして一緒に働いていられるのはすごく嬉しいんですけど、お互いが幹部となると、言いたいこと も言えないことが増えてしまって、嫌だな、と思って。貴女がのことは何でも知っていたいなんて私の我儘なんですけど……」

少しだけ頬を赤らめて、俯くように総司が言うのを聞いて、セイが前を歩く総司の手に自分の手を重ねた。

「総司様がそんな風に思ってくださるだけで、十分です」
「我儘だって言わないんですか?」
「そんなこと言ったら、私のほうが我儘を沢山きいていただいていますから」
「そりゃあ、貴女は私より5つも下ですから」

くすっと総司に笑われて、子ども扱いにセイが頬を膨らませた。総司にきゅっと手を握り返された手をぐいっと引っ張る。

「総司様?!今思い切り子供扱いしましたね?」
「だって、貴女が15のときから知ってるんですよ?そりゃあねぇ」
「ひどーい!もう大人ですってば!」
「泣き虫が治ったら、考えますよ」

総司に笑われて膨れっ面のセイは、手を繋いだままでぶつぶつと零しながら歩いた。

家に帰ってから、セイはいつものように次々と立ち働いて、てきぱきと夕餉の支度を整えると、二人は膳に向かった。
膳に向かいながら、ふとセイは総司に尋ねた。

「あの、総司様は家にいて仕事の話をされるのはお嫌じゃないんですか?」
「はい?」
「先ほどおっしゃっていた……」

これまでセイはなるべく総司には仕事の話はしないようにしてきた。以前、配下だった時とは違うのだ。指示を受ける関係ではないものの、剣の上では師弟であるわけだし、色々と難しいと思っていたのだ。

「ああ……。だって、嫌だと言ってもお互い、隊で働いていれば嫌でも出ちゃうじゃないですか」
「まあ、そうなんですけど」
「しいて言えば、家で“先生”っていわれるとちょっと嫌かも。なんだか屯所にいるみたいじゃないですか」

想像したのか、一瞬眉をしかめて総司が言った。その姿が子供っぽくてセイは夕刻自分が子供扱いされたことを思い出した。内心、どっちが子供だと言い返したくなった。

 

 

夕餉の後、お茶を飲んでいた総司の前にセイが姿勢を正して座ったので、何事かと総司は一瞬身構えた。

「あの……総司様、いえ、沖田先生、伺ってももよろしいですか?」

セイが総司を一番隊組長として話がしたくてあえてそう呼んだ。その呼び方に一瞬嫌そうな顔をした総司が黙ったまま湯のみを置いた。

「ごめんなさい。やっぱりお嫌でしたら」
「いいですよ。言いだしたんだから言っておしまいなさい」

あまりいい顔はしていないものの、先を続けるようにと総司が促した。

「……すみません。あの……すごく変な聞き方かもしれませんが、組長のお仕事ってどんなものなんですか?」
「それはまた……随分漠然とした質問ですね」
「……すみません。上手く言えないんですが、幹部の先生方は皆さん、人の上に立つ事をどうやって身につけられたのかなとか、幹部としてのお仕事ってどう違うんだろうとか……」

苦笑いを浮かべた総司は、少しばかり思案してから淡々と答えた。

「私に関して言えば、試衛館にいた時、塾頭を務めていましたから。誰かに命じるということは得手じゃありませんけど、なんとなく身についたってとこでしょうかねぇ。あとは組長のする事なんて貴女もよくご存知でしょう?」
「先生はお若い時から人の上に立たれていたんでしたね。仕事も……。同じ組長でも先生方それぞれが違いますから、よくわからないんです」

そういえばと、セイは以前に総司がすでに十代で塾頭を務めていたと聞いたことを思い出していた。剣術の道場で塾頭を務めるくらいならば、上下の礼節も自然に身についているのだろう。

「たとえば同じ武士でも、やっぱり組長格の先生方と他の皆さんでは何かが違う気がするんです」
「そうですねぇ。しいて言えば、自分や相手だけじゃなくて、隊の皆の命も預かっているっていう覚悟ですかね。後は私は一番隊の組長ですから局長の親衛隊という立場でもあります」

一瞬、冷たい表情を浮かべた総司が淡々と答えたのは、武士として生きるものが自然に持つ矜持だったのかもしれない。
セイは、自分が医師として勤めるようになって、日常的に触れることが少なくなった武士としての在り方を思い出した気がした。

普段は呑気な総司も一瞬で冷たい月に変わる。セイに対しては、ずっと優しい総司でいただけにそれをすっかり忘れていた気がする。
総司にはセイが何を聞きたいのか、なんとなくわからないでもなかったが、それは言われて理解できるものでもない。

「でも、貴女がそんなことを考える必要はないでしょう?医師としてきちんとした働きをしているのですから」
「そうですね。でも……」

―― 私は神谷清三郎でもあるんです

セイはそれ以上は言わずに言葉を切った。そして、思いを振り払うようににこっと笑った。

「すみません。沖田先生、ありがとうございました」
「気が済みましたか?」
「はい」
「じゃあ、その沖田先生ってやめてくださいよ。屯所にいるみたいだから嫌だって言ったじゃないですか〜」

総司の気配がふわりと変わった。いつもの総司にもどって、いくらか拗ねたような口調に今度こそ思い切りセイが笑った。

 

– 続く –