天にあらば 29

〜はじめのつぶやき〜
女装~。みてみたいですよね~ぇ。
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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昼近くになって、目を覚ました雲居が傍で心配そうに覗きこんでいる宮様の姿をみて嬉しそうに笑った。

「いかがされました?宮様」
「しぃ。私は宮ではないよ?」
「……?」

セイは、宮様に場所を譲ると、雲居のために食事の用意に部屋を出た。薬の支度とともに部屋に戻ると、一番初めの日に出会った時のような明るい雲居の笑い声が聞こえた。

「あははっ、すごい!!お二人ともとっても素敵よ」
「……恐縮です」

セイが部屋に入ると、床の上で宮様に寄り添っている雲居が、土方と総司をみて笑い転げていた。仏頂面の土方と、すっかりなりきって女言葉で立ち振る舞う総司に拍手を送っているところだった。

「あらぁ。神谷さん、私がお手伝いいたしますわ」
「そうですか?ありがとうございます」

にこにこと驚きもせずに総司に手伝いを頼んだセイに、一瞬、雲居と宮様が呆気にとられた。初めこそ、笑っていたが、己の夫君がこのような姿で女子のふりをしていても動じることなく、当然のように受け入れているセイに驚いたのだ。

「……うらやましいわ」
「そうだな」

宮様と雲居の囁きのような会話に、土方は視線だけを向ける。雲居達がどれだけの憧憬を抱くのかは想像はできても全く同じ想いを共有することなどかなわないだろう。

「お食事、召し上がってくださいませ。宮様も少しお早いですがご一緒にお昼を召しあがられてはいかがでしょうか?」

せっかくならば一緒にと宮様の分の膳も運んで来たのだった。当然、膳の上は異なるが、嬉しそうに床から少しだけ出た雲居と宮様が向き合うようにして膳に向った。

セイが給仕につき、総司と土方は再び控えの間に移る。早朝に馬で出立した斎藤は、他の一行を見つけることができたのか、わからない。うまくいけば、もうどこかで行きあっているかもしれないのだが。

「神谷殿」
「はい、何でしょう?」

二人の語らいを邪魔しないように控えていたセイは、ひそひそと話をしていた宮様から急に呼びかけられて顔を上げた。

「昨日の昼のこと、そなたもなかなか見事な剣の腕をもっているようだな」
「そんなことはありません。医師として勤めるようになってから、大分腕が落ちました」
「以前はもっと腕が立ったのか?」
「どうでしょう。今よりはましだったかもしれません」

膳の上に目を走らせると宮様のためには茶を、雲居のために白湯を用意して、薬を添えた。

「いずれにしても、そなたらは連理の枝ともいうべき夫婦だと、私は思うぞ」
「私もよ」
「どうされました、そんな突然。お二方ともそんなことをおっしゃるなんて」

苦笑いを浮かべたセイに、宮様と雲居は顔を見合わせて微笑み合っている。
どうしても、セイにそれを伝えたかったのだろう。振り返って侍女姿の総司にではどうにも恰好がつかなかったのかもしれないが。

「私達は、すごくうらやましい。共に闘い、共にあることを選んだお二人がうらやましいわ」

雲居はちらりと離れたところに座っている総司を見てから穏やかに笑った。目があった総司がにこっと笑っている。雲居は、気が済んだのか、素直に薬を飲み、再び横になった。
宮様が手を貸して、横になった雲居の手を優しく握っている。

セイは、それを見てその場は宮様に任せることにして、一度二人の膳を運んで行った。今度は土方達の膳を運んでくると、それぞれが交代で昼をとった。

 

 

しばらくして、雲居がうとうとと眠りに落ちた頃、宿の入り口の方がにぎやかになった気がして、セイは廊下側へ移動すると、障子をあけて耳を澄ませた。
その姿に土方と総司がそれぞれに刀に手を伸ばした。ふと、近づいてくる足音に総司が刀から手を離した。

「あっ……」

セイも遅れてその足音の主に気がついたらしい。口元へ手を当てて、セイが声を上げた。少しだけ開けていた障子を半分くらいまで開けると、ほどなくして斎藤が現れた。
よほど馬を飛ばしたのだろう、だいぶ、埃っぽい姿になっていたが、何の成果もないままに斎藤が戻るはずはない。

開かれた障子の前に膝をついて部屋を覗きこんだ斎藤がセイに向かって訪ねた。

「思ったよりは早く戻ってこられたぞ。だいぶ合流する地点から走ったが……」

埃っぽいだけに気を使って部屋に入らずに話をしようとしていた斎藤の視線が部屋のなかに向いて止まった。見る見るうちに青ざめていく斎藤のほうを見 ないように背をむけていた土方と、にこにこと食後の茶を飲んでいる総司を間違ったものを見た、と言わんばかりにかわるがわる見てから、セイに説明を求め た。

「っ、あの、神谷……っ、アレは、何、だ」
「え?ああ……。えーとですね」
「報告を続けろ、斎藤」

背を向けたまま土方の声だけが聞こえて、斎藤は目をつむって額に手を当てた。斎藤に何と声をかければいいのか分からずに、セイは困った顔で言い淀んだ。

「あの……斎藤先生?」
「……俺は、現実を否定したくなったぞ」
「……ですよね」

頭痛を抑えているのか、斎藤は強くこめかみを押さえていたが、気を取り直したのかセイの顔を凝視しながら、先程の続きを口にした。

「運よく、馬で向かっている一行に行きあってな。すぐに事情を説明したところ、あちらも一行を二つに分けて一派は龍田神社へ向けて出発し、ご本人はこちらへ向かってくるところだ。間もなく到着されるだろう」
「それはようございました。すぐ宮様のお部屋を準備するように宿に伝えて参りましょう」

セイは、斎藤の横を抜けて、宮様が到着する方と面会できるように部屋を頼みに行った。残された斎藤は、渋々部屋に入ると土方と総司をかわるがわる眺めてため息をついた。

「それで、その姿のわけを伺ってもよろしいでしょうか」

じろり、と土方は一瞥だけを向けて再び黙り込んだ。膳を片付けた総司が、袖を引いて自慢げに話し始めた。

「これはですね。雲居様や宮様がご出発されたという形をとったとしても、残った一行に女手が全くないのはおかしいじゃなですか。不審に思われないように侍女のふりをした方がいいということになったんですよ」

――  似合うでしょう?

それが頷くところなのか、否定するところなのか、斎藤には判断がつかなかったが、ここは心情のままに無言で通すことにした。
咳払いを一つすると、雲居が眠ってから襖を閉めていたとはいえ、話は大体聞こえているだろう。斎藤が先触れとして先行したとしても、間もなく一行は到着する。

「そろそろその姿からは戻った方がいいと思うが」

斎藤の警告を聞いて、総司がもったいないなぁ、と呟いていると、滑るようにセイが急いで部屋に向かっていた。総司はまだしも、土方が今の姿を浮之助に見られたら、それこそ憤死しかねない。

思ったより早く着いてしまった一行を後ろに引き連れて、セイが声を張り上げた。

「お早くおつきになりましたね!」
「何をそう大きな声を出す。俺はいつも通り浮之助だぞ?」

雲居の部屋は案内の途中で、大体宿の造りからも想像できたために、女性の寝室だと気を遣った浮之助が障子を開いたのは、控えの間の方だった。

 

「お……。あはははははははっ」

部屋に入った瞬間、盛大な大爆笑が響き渡った。

「お、お前ら、何やってるんだ?」

 

– 続く –

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