天にあらば 28

〜はじめのつぶやき〜
セイちゃんらしい行動です。みんな優しいな~。
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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「おはようございます。宮様、失礼いたします」

宮様が起き出した頃を見計らって早々とセイが宮様の部屋を訪ねた。部屋の中には夏と秋が控えていて、宮様もどきが内側から障子を開けた。

「おはようございます。神谷殿。何かご用でしょうか?」
「はい。実はお願いがございます。お時間をいただけないでしょうか?」
「少しお時間が早いようですが?」

敷居の向こうに座ったまま、穏やかな顔を見せるその人は受け入れているようでいて、それ以上セイを部屋へは入れようとしない。セイは落ち着いて、頷いた。

「昨日の雲居様のご様子から本日はこちらから動くことはできません。そこで、貴方と夏さん、秋さんには宮様の代わりにご出発いただけないでしょうか」
「……宮様をおいて我々で出立せよとは?」
「つまり、身代わりとして一行は障りなく出発したように見せかけていただきたいわけです」

失笑のもとに、宮様もどきが不承諾を告げようとしたが、奥から声がした。セイには聞こえなかったが、宮様もどきが後ろを振り返ると、立ち上がってセイを部屋の中へ招き入れた。

ちょうど着物を整えて座についた宮様の前にセイは手をついて座った。

「早い時間に申し訳ありません」
「構わぬ。もう一度説明してくれるか」
「はい。急ぎますので手短に。未だ、宮様をはじめとした一行を狙う者達がいないとはいえません。しかし、雲居様をいま動かすことは医師として私にはできま せん。そこで、こちらの方と夏さん、秋さんと一行の皆様方でご出立いただき、こちらには宮様と雲居様にお残りいただきます」

セイの言葉に、夏と秋が顔を見合わせて厳しい色をその表情に乗せた。眉ひとつ動かさない宮様は、じっとセイを見つめたまま、何かを考えている。
セイの背後から先程の宮様もどきが声を挟んだ。

「宮様を危険にさらすことなどできません。そのお話には同意しかねます」
「いいえ。私は医師として雲居様を動かすことは許可できません。その上で、雲居様だけを残されても今回の旅の結果として成功とは言えないと思いますが」

セイも譲らずに答えると、もう一度宮様の目を見た。まっすぐに見つめた先で、宮様が頷いた。

「わかった。司、私の代わりに立て。夏、秋、共に向かうがいい。すぐ予定通りの出立の準備をするように」
「宮様!」
「あの方々も、取れる手立てを取った上でのことであれば問題はあるまい。私の警護には新撰組がつく」

司と呼ばれた宮様もどきが否を唱えようとしたが、宮様がすっと片手をあげて制した。

「私は、もう決めた。神谷殿、私は雲居の部屋に移ろう。そうすればそなた達も私と雲居との両方を守るにはよいだろう?」
「ありがとうございます!万一を考えて、別な街道からいらっしゃるはずの方々と途中でお会いすることができればと、すでに一名、馬にて街道をあたるために出立しております」
「そうか。よし、すぐ部屋を移る」

宮様はすぐに座を立ちあがった。それでも不満げな司に向かって、夏と秋が首を振った。彼らは幕府方から派遣されている者達とはいえ、行動に関しては基本的に宮様に従うことになっている。
宮様がこうして言われれば、今は拒否することはできない。

セイは司に向かって軽く頭を下げると、宮様の先に立って雲居の部屋へ案内した。部屋を覗いてすぐ、その部屋にいては邪魔だろうと、宮様は続き部屋に入った。

「……!……神谷殿、これは……」

隣室には土方と総司が控えていて、その姿を見た宮様の能面のようだった顔に動揺が走った。奇怪なものを見ているような顔でセイを振り返りそうになる。

「このような姿で申し訳ございません。その、侍女が一人もお傍に付いていないのでは明らかに不審がられます故」

当人こそが、一番不本意だと言わんばかりの不機嫌さで土方が頭を下げた。刀は腰には差しておらず、その身の傍に引き寄せて座っていた。

「……ぷ」

口元に拳を押しあてた宮様が笑いを堪えて横を向いた肩が震えている。セイも口の端がふるふると震えているが、かろうじて吹き出すのを堪えた。

そこには、袴を脱いだ長着の上に、女物の着物を羽織り、つけ髪を施している土方と総司がいた。化粧までは施していないものの、一見でかい図体の侍女が二人、刀をひきつけて座っている様は吹き出すか、逃げ出すかの二つに一つだろう。

総司が立ち上がって座を用意すると、宮様は満面に笑みを浮かべたままそこに座った。土方と違って面白がっている総司は、すれ違いざまにセイに向かって囁いた。

「似合うでしょう?」
「う…、はい。とっても」
「宮様も朝餉がまだでしょう?私達の分も一緒に宿の方にお願いしてきてくださいますか?この姿ではちょっと……」
「そうですね。私からお願いしてきます。すぐに戻りますから」

どうしても間近でつけ髪の総司の傍にいると、セイは吹き出してしまいそうになる。息を吸い込んで、頷くとセイは部屋を出て朝餉の準備を頼みに向かった。女手が足りないことは足りないが、宿の者達もどこまで信用ができるのか分からない。

 

 

 

出立前に司達が部屋を訪れて詳細をもう一度詰め直した。宮様が出立したことになれば、ここに残っているのは司ということになる。従者に特別な膳や支度はできないが、そこは宮様が先んじてそれを口に出した。

「私には構わずともよい。従者として振る舞えばよいのだろう?着替えを置いて行けよ。司」

代表して司が土方達に頭を下げたが、宮様の言葉に応えなかったのは司達も臍を曲げていたからであろう。夏も秋も苦笑いを浮かべながら、宮様の最低限の支度を控えの間に用意していた。

「土方殿、沖田殿、神谷殿。何卒宜しくお願いいたします」

司の不機嫌そうな顔さえ今は楽しみとしている宮様は、従者らしい姿で身軽になると気楽に部屋の中に座っていた。改めて土方が頭を下げた。

「こちらの申し出に乗っていただきありがとうございます」
「そんな顔をせずともよい。稀なる体験だけに楽しませてもらっている。お前達のその姿にもな」

出立間際に立ち寄った夏と秋の手によって、薄く化粧まで施された土方と総司に宮様は朗らかな笑い声を上げた。髪と上着はいざというときに、かなぐり捨てればよいだけなのだが、それでは足りぬと夏と秋に詰め寄られた土方が勢いに負けて紅をつけられて薄く香油を纏わせている。

「この姿は今日の夕刻までですっ!!」

憤慨する土方にセイはそちらを見ないようにして医師と交代した。
雲居の枕元に座って、眠り続けている雲居の様子を見る。夜も遅くまで苦しんで寝付けずにいただけに、ようやく落ち着いた今は、ぐっすりと眠りに落ちている。

眠る雲居の手や体調の様子を見て、落ち着いているのを確認した。
薬も目覚めてからでいいと判断したセイの隣に宮様が静かに近づいてきて座った。

「私も傍についていてよいか?」
「もちろんです」
「私も、眠っているとはいえ、やはり女子姿なら癒されるほうがよいな」

片目を瞑って、悪戯っぽくそういった宮様に、セイもくすっと笑って少しだけ場所を譲った。

– 続く –