予兆 1

〜はじめのつぶやき〜
久しぶりの挑発シリーズです。

BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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「今日くらい大丈夫ですってば」

細身の体が近頃ではふっくらとしてきたセイが、薬の手配に外出しようとしたところで幹部達と、セイとのいつものやり取りが始まった。

「今日だけって毎回いうけど、俺らも毎回言うぞ。駄目だ」

きっぱりと永倉に言い切られてセイは渋い顔になる。このところ市中では、神隠しとでもいえる騒ぎが多くなっており、巡察に出ると必ずと言っていいほど何かしらの騒ぎに出くわしていた。

そのため、巡察も一隊ではなく、二隊でそれぞれ違う順路を歩くことになっている。となれば、当然手が足りなくなる。
いつもなら総司か、誰かしら手隙の幹部がセイの外出には同行していたが、今日は総司と藤堂の隊が巡察に出ており、夜番明けの原田達は休んでいる。今起きているのは永倉だけで、しかも屯所の待機任務に就いている。

「今日は平隊士二人が同行する」
「永倉先生!」
「副長の厳命だからな」
「~~~……」

唸り声をあげたセイが恨みがましく顔を上げてもじろりと永倉は睨み返すだけだ。
セイはこれまでもひと月の間に三度も事件に巻き込まれるという記録を作り出している。そんなセイを一人で表に出せるわけがない。ましてや今は身重の体である。

「……わかりました。今日は啓養堂に行くだけなのですぐに戻りますので」

睨み合ってもセイに勝ち目がないのはこれまでの事でもよくわかっている。なにせ、半年もこんな状況が続いていれば、駄目もとで抵抗し、諦めるのも毎度の事なのだ。
周りで聞いていた診療所詰めの小者たちがほっと胸を撫で下ろしている。セイの代わりに自分達が行くと言うのだが、やはり何度かに一度はセイがいかなければならなくなる。

店の者との付き合いもあれば、どうしてもセイでなくてはならない場合もあるが、今のセイに何かあったら自分たちは詰腹を切るくらいでは済まないのだ。

元々、日々の稽古で鍛えられているセイはどうやらあまり目立たない性質のようだが、それでも明らかに腹部がふっくらとしている。腹帯を巻くように なったとはいえ、日々隊務についているセイに少しでもおとなしくと願う彼らと、できることはやりたがるセイとの間には大きな差異があった。

そんなセイの事を好くは知らない新米隊士二人が複雑な顔で診療所へと顔を見せた。

「あのう……神谷さんいらっしゃいますか」
「はい。じゃあ、皆さん、ちょっと出てきます」

脇差を今は腰には差さずに手にした姿で、セイが門へと向かう。
平隊士二人は、まだ入って間もないだけになぜ隊医が女子のセイで、しかも今は妊婦なのかとか、その夫が鬼と恐れられる沖田総司だということもよくわかっていない。

「なあ、なんで俺たちが……」

ひそひそと小声で囁きをかわしている隊士二人にセイはそっとため息をついた。

―― どうせなら気心も知れた人たちだったらいいのに……

人手が足りないのだから仕方がないのだが、事情を知らない新人隊士二人ではセイの方も困るのだった。
啓養堂に向かったセイは、主人と語らいながらいくつかの薬の手配と、足りない薬の調合を頼み、茶を飲んで待った。隊士達は明らかに自分達がセイの供をしなければならないことも、こうして待たされることも不満という有様だった。

啓養堂の主人の方が、セイの方へと同情の目を向ける。昨日今日、入隊したばかりの隊士よりははるかにセイのことも隊のこともよくわかっていた。

「ほんに、神谷さんも難儀ですなぁ」
「仕方ないんですけどね」

苦笑いを浮かべたセイに、主人が菓子の包みを持ってきた。二つに分けられた包みに、主人がそれぞれを総司への土産と局長である近藤への土産だと言って差し出した。

「そないな有様では神谷さんも好き好きに菓子を買い求めるにもいきまへんどすやろ」
「すみません。ご主人。お気づかいありがとうございます」

礼を言って、セイはありがたくそれを受け取った。中身はわかっている。
季節柄、なじみの店の葛饅頭だろう。ここでセイが断っては、足のはやい菓子だけに主人の心遣いを無にしてしまう。

番頭が出来上がった薬を持ってくると、風呂敷にもらった菓子と薬を包み、セイは礼を言って啓養堂を後にした。ほかの誰かであれば、セイの荷物を持つところだが、不満でいっぱいの新人隊士達はようやく屯所へ戻るというセイに伴って不機嫌そうに歩いている。

―― 困っちゃうなぁ

セイは歩きながらため息をついた。こんな時はよくないことが起こりやすい。伊達にこれまでも修羅場を潜り抜けたわけではない、感がそう告げていた。屯所への帰り道を急いだセイは、やはり自分がついてないことを知ることになる。

屯所の近くまで来ると、武家屋敷と寺社が並び人通りが急に少なくなる。そこを近くの武家の妻女が傘をさして下女と供に歩いていた。半町程度はセイ達と距離があったが、互いにそこに人がいることは認めていた。

互いの姿が見えなくなる、あと少しというところで、妻女と下女の悲鳴が上がった。

「何者です!?私はっ!!」
「きゃあああ!奥方様!!」

はっと身を翻したセイは、手にしていた風呂敷包みを放り出して脇差を刀袋から引き抜いた。セイについていた新人隊士二人は、不満一杯に歩いていたためにセイの動きにも離れたところで上がった悲鳴にも反応が遅れた。

「あっ!」
「おいっ」

二人がそれぞれ、声を上げると慌ててセイの後を追った。だが、妊婦であるというのにセイの方がはるかに足が速い。
悲鳴を上げている妻女と下女のもとに駆け寄ったセイが脇差を抜いた。

「何をしている!」

不逞浪士というよりも、覆面をしているが身なりは悪くない武士が三人ほど妻女に襲いかかっていた。当身を食らわせたのか、一人が妻女を抱え上げて、ついでにと下女の手首を掴んで供に連れ去ろうとしている。
状況を瞬時に視界に入れたセイは、下女の手首を掴んでいる武士に斬りかかった。

覆面の口元へむかって斬りつけたセイに、ぱっと掴んでいた手を離して男が後ずさった。羽織も着物もどこかの家中のものらしく、揃いの覆面を身に着けていた。

「むっ!!」
「おいっ!」

どうやら本命は妻女のみだったようで、下女を離した男に妻女を抱え上げた男が声をかける。頷き合って、セイを見ながら、一歩、二歩と後ずさる男達にセイが下女をかばいながら刀を構えた。

「待て。その女子をおいて行きなさい」

セイの言葉に妻女を抱えている男と、下女を捕えていた男に指示を出していた男が驚きの声を上げた。

「女?!」

確かに、今のセイは女物の着物に袴を身に着けて、髪も総髪というには、一つに結い上げた髪が珍しい姿で、それなのに刀を構えた姿が堂に入っている。
その腕前も、なまじなものではないことをうかがわせるセイに驚いたらしい。

そんなセイの背後から追いついた新人隊士二人が、よほど腕に自信があるのか男達に斬りかかった。

「あっ、駄目っ」

慌てたセイが止めるのも聞かずに隊士二人は男たちに向かって刀を振り上げた。

 

– 続く –