風天の嵐 19

〜はじめのつぶやき〜
やばい。あとで読み直します・・・粗稿ですみません

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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どすどす、と足早に歩く音がして勢いよく障子が開いた。障子を開けた男を総司は見上げた。

「お。総司、起きたのか」
「土方さん。ハメましたね?」

不満そうな顔で土方を睨んだ総司に、けろりとした顔で土方はもういいと山口達へ頷いた。

「だってお前、俺の言うことなんか聞かないだろう?ちょうどよかったじゃねぇか。たっぷり寝てだいぶ顔もしっかりしたな」

一番隊の隊士達が部屋から出ていくと土方は羽織を脱いで腰を下ろした。土方の着物からふわりと嗅ぎ慣れない匂いが香る。
その香に総司は眉を顰めた。

「土方さん?」
「どうだ。少しは頭が働くようになったか?」
「ええ。何かわかったんですか?」

揶揄する土方に苦い顔で総司が肩を竦めると、にやりといつもの顔が笑った。顔色がすっかり戻った総司を見て内心ではほっと胸を撫で下ろしていた。

「今はまだな。だが、糸口らしきものは見つけた。後は奴らの調べを待ってからだ」
「それを教えてくださいよ」
「今はまだ駄目だ。お前には行ってもらう場所がある」

わかりかけたものがあると言いながら、それを聞きたがった総司には教えずに、文机に置いたままの文の一つを取り上げた。その表には、新選組沖田総司様、と書かれてある。それを総司の前にすっと差し出した。

「……?誰から……!」

裏を返した総司はそこに在った名前に驚いた。泉州ささねと書かれてあったのだ。慌ただしく、急いで文を開く。

『沖田総司様

主から、沖田様のお話を伺いました。ぜひともお目にかかりお話をさせていただきたく、お忙しいとは思いますが、
今一度足を運んでいただけないでしょうか。
こちらはいつでも構いません。お待ちしております。

泉州ささね 』

短い文に目を通した総司は、それを広げたまま土方の顔を見た。すでに目を通していたらしく、土方はその文には目を向けることなく頷いた。

「お前が寝ている間にその文が来た。使いの者には数日待てと言って帰してある。すぐにお前は着物を整えて泉州家へと迎って話を聞いて来い」

ふっと総司が笑みを浮かべた。所詮、自分は自分で考えて走るよりも、こうして土方のような男に、走らされる方が向いている。全力で走っていける。
その力を与えられて、張りつめていた糸が切れそうだった総司の中に新しい力が流れ込む。

「わかりました。行ってきます!」

すぐ立ち上がった総司は隊部屋へと駆けこんだ。
隊士達が一斉に振り返ると、そこには総司の刀も着物もすでに揃えられており、総司が来るのを待っていたらしい。ぱっと広げられた着物を前にして皆がそろって手をついた。

「どうぞ。沖田先生」
「!!ありがとうございます!」

皆の後押しのままに、ばっと長着を脱いで総司が着換えると、刀を手に走り出した。泉州家へと駆けつけると、今度は家の者達も話を聞いているのか、前回の時のように邪険にすることなく、総司をすぐに屋敷の中へと導きいれた。
客間に通された総司が待っていると、正玄に伴われて女が現れる。

先日の苦渋に満ちた顔とは打って変わって、正玄の表情には落ち着きがみてとれた。座についた正玄は総司に向かって頭を下げた。

「わざわざ足を運んでもらって申し訳ない。あれから、これと話をしてな。互いに抱えていた誤解がようやっと解けたのだ。それが解決した今、ぜひ貴殿に協力をしたいとこれがいうのでな」
「それはようございました。私の事も、心に留めていてくださってありがとうございます」

こちらも手をついた総司は正玄の顔が本当に嬉しそうだったので、まるで自分の事のように喜んだ。
そんな総司をみて、正玄の隣に座ったささねは、総司の人柄が伝わったのだろう。袖口で目頭を押さえると、控えめに前に出ると、軽く手をついた。

「我儘を申し上げまして申し訳ございませんでした。すべて主が私を気遣っての事。どうかおゆるしくださいませ。そして、私の話が少しでも沖田様の、そしてほかにも捕えられている皆様のお役にたてればよろしいのですが」
「私の方こそ、お辛いところを何度もお騒がせてしまい、申し訳ありません。ですが……、私も妻を取り戻したいんです」
「お気持ちは重々承知しております。私もまさか自分があのようなことになるとは思っておりませんでした」

そこから、ささねの長い話が始まった。
正玄に娶られた時からの話、そしてその日の出来事に話がつづき、攫われてからの出来事はお藤が話していたことと大きな違いはないように思われた。
しかし、唯一の違いはささねが攫われた家の主に会ったということだ。

「では、ささね殿は一度だけ、その家の主らしき者と会われたのですか?」
「ええ。私さえよければこのまま、この家に留まってその方の側女としていてもよい、という話をされました」

初めは何が関係あるのかと思いながら聞いていた総司は、矢立を手に身を乗り出した。

「ですが、先程も申し上げましたように、いくら殿との不仲があったとしても私は添い遂げる方をたがえるつもりはないときっぱりお断りいたしました。その時です」

ずっと、正玄の周りにいる女達に悩まされ、子が出来ぬと正玄自身にも責め続けられていたが、ようやくできた赤子に二人の仲もほぐれてきたところだったのだ。操を違える気になるはずがない。

「何かあったのでしょうか?」
「その男の着物は、とても良い品に見えました。もちろん、お顔を隠している覆面もそうでございましたし。そして、その着物から微かに変わった匂いがしたのです」
「匂い……?」

総司が怪訝な顔をして、ずっと筆を走らせていた帳面から顔を上げると正玄が横から口を挟んだ。
ささねのようにたしなみもある女であれば、微かと言えど、香の匂いに変わった、という表現をするのは珍しい。

「これの安産祈願にと、霊験あらたかという術者の元へ連れて行ったことがあるのだが、その女術者と同じ香の匂いがしたというのだ」
「安産祈願……?!」

総司はにわかに心の臓が早くなり始めた。確か、お藤も同じようなことを言ってはいなかったか。
夫に連れられて安産祈願の祈祷に向かったと。

身を乗り出した総司はその女術者について問いただした。

「私達も風のうわさで誰からともなく耳にしたのですが、町中から外れた町屋の一軒に、よく当たると評判の女術者がいるというのだ。祈祷料もそれなりにするが、腕は確かというので、内密に会う手筈を整えて、これと共にむかったのだ」
「その術者はどこにいるんですか?!」
「いや、それが市中をあちこち移動しているらしい。なかなか顔を合わせることが難しいのだ。まして……我々のような身分の者が術者に会うなどとおおっぴらになっては困る」
「ではどうやってその術者殿と会うことが叶ったのです?」

総司がその疑問を口にすると、ささねが小さな赤い布きれを袂からとりだした。正玄にそれを渡すと、正玄はそれを総司に向けて差し出した。

「これを、女術者の普段いるという町屋の玄関先に文と共にこれで結びつけておけばいい。そうすれば必ず相手から知らせが来るのだ」

その布きれは細く裂いた手拭のようなもので、まるで鼻緒をすげ替えるために手拭を裂いたもののようにも見えた。

「その町屋を教えてください。そしてその女術者についても」

ようやく見えてきた手掛かりに総司は気が急くのを感じた。

 

 

 

– 続く –