白き梅綻ぶ 6

〜はじめの一言〜
だれだ~!そんな悪さする奴~~!!
BGM:Metis   梅は咲いたか 桜はまだかいな
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永倉にその情報を告げた後、緊急の幹部会になった。当然、蔵之介と島田には永倉から他言無用との指示が出ている。

心配そうに顔を見合わせた二人だったが、二番隊の巡察はまた順番が回ってくるまでは間が空く。どうすることもできずにいると、どうやら土方の指令で セイを囮にすることが決まったらしいが、どの組長達もいい顔はしていなかった。永倉も幹部会の中身は一言も漏らさずに、心配顔の島田達には何も言わなかっ た。

翌日、午後の巡察の十番隊からセイが他隊の巡察に同行することになったらしい。二番隊には特別何か話があったわけではないがざわざわと屯所中に噂話は広がっている。あちこちで不安な声が上がっていた。

「島田さん、本当に神谷は狙われているのかな」
「どうだろうな。あの男が本当のことを言っているのかどうかわからんが、どちらに転んでも死罪をまぬがれないかもしれない男があそこで嘘をいうか?そこが分かれ目だろうな」
「確かになぁ。私には本当のことに思えたな……」
「ということは……」

隊部屋で、将棋盤を前にしていながらその盤の上には湯呑が置かれている。さし向っていたのは初めだけで、結局お互い集中できないということでやめてしまったのだ。

「午後の巡察と夜の巡察の二回、しかも毎日連続なんて何もなくったって疲れてしまうと思うんだが」
「まあ、十番隊の巡察には一番隊の奴らがついて行くらしいから、な」

最後の一言にだけは二人とも含み笑いを漏らした。過保護なのは組長以下の隊士全員なのだ。そこだけは屯所の全員が知っている。

「それが一番隊だよな」
「ああ」
「そう言えば、お前は今夜から休みだったな。またしばらく家に帰れなくなるかもしれないから嫁さんとゆっくりしてこいよ」

湯呑が空になったのと同時に島田が立ち上がった。蔵之介も一緒に立ち上がると将棋盤を片づけた。十番隊が戻る頃には蔵之介は家に帰るつもりだった。

帰り支度をしている蔵之介を三番隊の牧野という隊士が部屋の外から伺っていた。着替えをまとめて家に持ち帰るつもりだったものを風呂敷に包んでいると、ようやく蔵之介も牧野の気配に気がついた。

「あの?確か、三番隊の牧野さん?」

明らかに何か話がある様子なのに、顔を上げた蔵之介にびくっと怯えたように後ずさると、二番隊の隊部屋から牧野は離れようとした。

「牧野さん、どうかしたのか?」

蔵之介が牧野の様子に荷物から手を離して立ち上がった。蔵之介がついてこようとしたところで、牧野が苦しげな顔で蔵之介の手を掴んだ。

「佐々木さん……申し訳ありません!」
「ま、牧野さん?」
「私も……私もっ、やむにやまれぬ訳があるのですっ」

牧野は声を押えて蔵之介にだけ聞こえるように必死に詫びを言うと、周りの目を気にして牧野は急いで離れて行った。蔵之介は理由も分からずに、ただ茫然としてその姿を見送った。

「何があったというのやら……」

走り去った牧野を追うこともどうかと思い、蔵之介は再び隊部屋の中に戻り荷物をまとめた。その先に何があるか、このときに蔵之介は知るべきだった。牧野を追いかけて。

 

 

「タエ、帰ったぞ」

からりといつものように玄関を開けた蔵之介は、家の中から返事がないので、またタエが仕事に集中しているのかと思い、そのまま家の中に入った。仏間や台所、居間などタエの姿を探して部屋の中をのぞいてみたがどこにもタエの姿はなかった。

「ふむ。呉服問屋にでも仕立物を届けに行ったか?」

一人呟くと汚れものを取り出して洗濯にかかった。普段はタエに任せておくが、屯所では自分のものは自分で洗濯することは当たり前になっている。タエが外出しているならばその間に少しでも負担をかけずにしてやろうと思ったのだ。

洗濯を終えて、干し終わっても、刀の手入れを始めてそれが終わっても、タエは戻ってこなかった。さすがに日が暮れ始めたため、蔵之介は外に出て様子を見た。これだけ遅いのはおかしい。

―― 呉服問屋だろうか

「佐々木……蔵之介殿」

玄関の外であたりを見回した蔵之介の背後から男の声がした。
声がしたほどに近くまでその気配を感じなかったことに驚いて蔵之介は半身を玄関の内に退けながら振り返った。思った以上に間近な所に浪人者が立っている。

「佐々木蔵之介殿でござるか」
「……何者」

身なりは明らかに浪人とはいえ、こざっぱりとしている。しかし、これほどまでに背後に近付いてきたことに蔵之介が気付かないほどの者とは侮れない。
警戒しながらも蔵之介は男を誰何した。

「タエ殿はお預かりした」
「!!」

蔵之介はかろうじて腰の刀に伸ばした手を止めた。こんなところで刀を抜いては私闘になりかねない。

「どういうことだ……、お前は何者だ。タエをどうした」
「タエ殿はお預かりしたと言った。無事に返してほしければこちらの言うことを聞け」
「何っ!!」

がっと男の胸倉を掴んだ蔵之介に、男が冷やかな顔で見ている。

「無事に返してほしければ我々に協力しろ」
「貴様っ!!」
「新撰組の幹部を襲え」
「……何?そんなことができるか!!」
「ならば、タエ殿は無事に戻らん」

はっと男の胸倉を掴んでいた蔵之介の手が緩んだ。その隙をついて男は蔵之介の手を振り払って、蔵之介の腰の脇差を引き抜いた。かわす間もなく、蔵之介の首筋にそれはぴたりと当てられた。

「騒ぐな。四の五の言わずに貴様は我々の言うとおりに幹部を襲え。二日の猶予をやる。相手は土方だと最も良い。だが無理な場合は他の幹部の誰でもいい。貴様も腕が立つはずだ」
「……無理だ。そんなことできるはずがない」
「ならばタエ殿は無事では戻らぬ。それでよいのだな。良いか。二日だ。よく考えろ」

ちゃき、と脇差の鍔が音を立てた。蔵之介は目の前が真っ暗になっていく気がする。ぐいっと腰の鞘に脇差が戻された。
着物の袷を整えると男はわざわざ蔵之介の胸元も整えると、くるりと背を向けた。立ち去り際に少しだけ振り返って男は駄目押しとばかりに蔵之介を一瞥した。

「よいか。二日だぞ。我々の眼は常に身近に光っている」

蔵之介の玄関の弾き戸を掴んでいる手が震えていた。新撰組の隊士であることが危険だというのは分かっていたつもりだった。身内であるタエにもその害がいつ及んでもおかしくはないとも思っていた。

―― なぜ今……タエなのだ。私なのだ。

暗くなる中で蔵之介は家の中に戻ることもできずにどうすればよいのかわからずに、その場に立ち尽くしていた。

 

 

– 続く –