一期の夢 桔梗の恋
〜はじめの一言〜
急きょ、斎藤さんキャンペーン勃発中です!!!斎藤さ~ん!!
BGM:The Emotions ベスト・オブ・マイ・ラヴ
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
斎藤はこのところ寝不足が続いていた。日頃から特命で夜中まで歩きまわることも多い。なのに寝不足だとは、我ながら情けないことこの上ない。
どうしても眠れなくて夜半の廊下の端で酒を傾けながら、月を眺めていた。床についてしまえば、夢の中に神谷が出てきてしまう。それだけは避けたかった。
さらっ、と背後の障子が開いた音がした。
―― 今、コイツとだけは関わりたくないものを!!
「月見酒ですか?」
斎藤の中で野暮天王に輝く男。沖田総司。
座れとも言っていないのに隣に座りこんだこの男が斎藤は、今、最っ高に嫌いだった。
黙ったまま酒を注ぐと、横から伸びた手がそれを持っていった。
―― 何を勝手に飲んでるんだ
「なんなんだ。沖田さん」
「……その、眠れなくて……」
はぁ。
どうせこの男が眠れないというのは、久々に一番隊に復帰した神谷が隣に眠っているからだろう。さすがに、そのくらいは自覚があることがわかると、少しはマシになったと思わなくもない。
「なんなんでしょうね。こう、眠れないというのは」
「今までのアンタがおかしいんだ。あんなのを隣に置いて、今までよく眠れたものだ」
かぁっ総司の頬が赤くなる。月明かりの下で、隣で赤面する男の顔を眺めるのも風情があるというのだろうか。
いや、男が頬を赤らめても面白くもなんともない。
「あの……どういう感じですか?その……斎藤さんなら眠れますか」
「馬鹿か、アンタは」
―― 眠れるくらいならこうして酒を飲んでいたりはしない
せっかく注いだ酒を飲みもせずに、手の内で転がしている男から、斎藤はぐい飲みを取り上げた。大きな体を小さく丸めるように頭を抱えた総司を見ていると、神谷の努力が哀れになってくる。
「俺が神谷を想っているのを知っていて、アンタはなんで俺に聞くんだ?」
もぞ、と動いて頭をかきあげながら総司は、情けなさそうな顔をしている。
「私は、ずっと女子など好きになったりはしないと思ってきました。剣術だけあればいい、近藤先生の御為に生きていられればよかったんです。こんな風に想い揺れる気持ちなど、知らずに来たんです」
「だから、俺に聞くのか」
「だ、だって、斎藤さんなら、その、神谷さんのことも知ってますし、この気持ちがわかってもらえるんじゃないかと思って……」
―― 真っ剣に思うが、この男は馬鹿なのか?!誰が恋敵に己の気持ちを分かってもらいたがる男がいるんだ!!
あまりに阿呆くさくて、斎藤は酒をぐいっとあけた。
傍で見ている分には、神谷が総司のことを思ってやまないのはありありとしているのに、この男の不甲斐なさはなんなのlだと、腹立たしくなってくる。いっそ、神谷の方がよほど潔くて、腹が座っている。
はーっ。
深く、怒りを吐き出しながら、再び酒を注いだ。しょぼくれた顔で総司はそれを見ている。
「それに気づけただけでもよかったじゃないか。アンタは前に、見守るだけでいいと言ったな。だったら何で眠れなくなるのだ?たかが、隣で眠っているだけなら、それがアンタには幸せなんじゃなかったのか?」
斎藤の言葉に、総司はぐしゃっと頭をかきむしるようにして、さらに赤くなった自分自身を恥じるようだった。
「確かに、それはそうですよ。私はあの人が笑ってさえいてくれればいいんです。私があの人を自分のものにしたいなんて、思ってなんかな いんです。このまま、斎藤さんでも土方さんでも、それこそ中村さんでもいいから、あの人を連れて行って、幸せにしてくれる人がいれば、それでいいと思って るんです」
「それをなぜ、アンタがやらんのだ。アンタが嫁にしたっていいじゃないか」
「だ、駄目ですよ、そんなの!私は生涯独り身を貫くつもりでいるんですから!」
―― だったら、なぜ眠れなくなるんだ!!その矛盾に気づかんのか!!
「アンタ程の男でも、恋を識ったくらいでそれほどまでに情けなくなるものか」
つい、意地の悪い言葉をぶつけたくなる。
この男に引き換え、神谷は女子の身で今でも稽古に励み、隊務をこなしているのだ。そして、常にこの男にふさわしく、従うものとして恥をかかせることのないように必死だというのに。惚れた男を守ることに全霊をかけているというのに!!
「よほど、神谷の方が武士だな。神谷が誰を想っていても、それを支え、相手の男に打ち勝つくらいの気構えもないのか。その程度の気持ちのくせに、隣で眠る姿が愛しくて眠れぬというのか」
「……すみません」
落ち込む姿を見ていると、本当に容赦なくいじめたくなるのは、神谷が普段こいつにそう言う目に合わされているからだ。
ぐい飲みに残っていた酒をすべて飲み込むと、まだ半分程度、残った徳利と共に床の上に置いた。
「残りはアンタにくれてやる。代金は請求するからな」
「斎藤さん?」
立ち上がった斎藤をすがりつくような目で総司が見ている。
―― なんで俺が恋敵に塩を送る様な真似をせねばならん!
「アンタがそれでいいというならばそれでいいだろう。だがな、沖田さん。今、どんなに理屈をこねても、後になって心の底から後悔してもそれは遅いんだぞ。それを肝に銘じておけ」
そういうと、斎藤は自分の隊部屋に入って行った。
残された総司は、徳利から残っていた酒を注いだ。
……はあ。
斎藤の言わんとすることもわかる。だが、結局、どこまで行っても自分の片思いでしかないものを、必死で武士としてあろうとする、あの娘にぶつけるのは、独りよがりな我儘にしか思えないのだ。
―― 斎藤さん程、冷静でもなければ、中村さんのようにまっすぐでもいられないんですよ。なんて、情けないんでしょうね、私は。
きっとこんな姿を知れば、師として自分について来てくれることさえなくなってしまう。それだけは嫌だった。
こんな自分から剣術を取り上げたら、何が残るというのだ。
「沖田先生?」
びくぅっ!!
密やかな声が聞こえて、本人が隊部屋から現れた。驚いたまま、固まっている総司を見つけると、眠そうな目をこすりながら、近づいてくる。
「眠れないんですか?先生」
「えっ、ええ、ちょっと……」
「ちゃんと休まないと疲れがとれませんよ?」
そういうと、セイはあっさりと総司の手をとって、立ち上がらせると、すたすたと隊部屋に戻る。自分の隣に総司を押し込むと、布団を掛けて子供にするようにぽんぽんと叩いた。
呆然として、されるがままになっていた総司がようやく笑った。
「貴女には敵いませんね」
「なにがですよぅ?」
まだ眠いのか舌足らずな声が欠伸を噛み殺しながら呟いた。そして、自分も横になると、総司の方を向いてにこっと子供のような顔で笑った。
「お休みなさい、沖田せんせぇ」
くふっ。
すぐにその眼が閉じられて寝息に変わるのをじっと見つめる。
総司は、後どのくらい平常心と唱えれば、夜が明けるのか、わからなかった。
―― ほんっとに勘弁してください!!
夜明けがまだ遠い。
– 終 –