夢伝 片恋~斎藤

〜はじめの一言〜
斎藤さんは、さびしいのかもしれないですねえ
BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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「………っあ!?」
「……斎藤先生?」
「………スマン。夢だ」
「………そうですか。お休みなさい」

起き上がった布団の上で、呟きを返しながら斎藤は夢を反芻していた。

夢の中でセイは女子姿で、自分の傍に立っていた。いつか見た、娘姿の可愛らしい姿で、微笑みながら。

「特命か?神谷」

斎藤の問いかけにセイがふふっと可笑しそうに笑う。

「何をおっしゃるんです?旦那様の傍にいるだけですよ?」
「………?!だ、旦那様?!っって!!」

動揺した斎藤の少しだけ後に回ったかと思ったら、セイが恥じらうように立ったのでますます慌ててしまう。まともにセイの顔が見られなくてあたふたしていると、セイが顔を上げた。
嬉しそうに笑ったその顔が嬉しくて、斎藤が微笑みかけた瞬間、背後から黒い影が現れた。

「お待たせしました。斎藤さん」
「……別に待ってはいないが」
「またまた。すみませんね。ありがとうございます」
「………?」

当たり前のように自分の隣を通り過ぎた男がセイの隣に立った。

「セイ」
「はい」
「………?!」

―― ああ………。まあ、そういうことだ

ふう、と体中から力が抜けていき、残った腹立たしさが腹の底が煮えるようだった。不意に斎藤の右手にセイの手が伸ばされた。苛立ちのままに急に手に触れた感触を思いきり振り払った。

「きゃあっ」

思いきりセイを殴り倒してしまい、斎藤は慌てた。地面に倒れ込んだセイに手を伸ばすと、不安そうな眼が斎藤を射抜く。

「何か、気に障ることでもしましたか?……旦那様」

 

 

 

「………っ」

反芻などしなければよかったと、苦々しく思いながら斎藤は床から抜け出した。廊下に出ると、昼間の喧騒が嘘のように静かな空間が広がっている。
廊下と濡れ縁の間の太い柱に寄り掛かって斎藤は座り込んだ。

―― 全くなんて様だ

明日はまた大掃除だの何だのと忙しいはずなのに、こんなことではまずいと思う。

「あれっ?」

厠に立ったのか、セイが廊下の反対側から手燭を片手に現れた。驚いた斎藤は腕を組んだまま固まってしまった。

「兄上、こんな夜更けにいかがされました?」
「か、神谷、おまえこそ何を……っ」
「しぃ。厠に立ったところですよ。お寒くないですか?」
「ああ……」

セイは斎藤の隣に、ちょこんと、しゃがみこんだ。斎藤がぼんやりと座り込んでいたところで何を見ていたのかと、同じ高さで庭を見る。月の明かり に照らされた庭は特に何があるというわけでもなかったが、簡素は簡素なりに味わいがあるのだろう。セイはよく分からないなりに、空を見上げた。曇っている からか、昨夜よりは冷えてはいない。

落ち着かないながらもセイを隣にして斎藤は幸せな時間だと思った。これならおかしな夢を見るのも悪くはない。

「お前は寒くはないのか?」
「はい。兄上、ちょっと手をお借りしても?」
「ん?」

袖口から斎藤が手を出すとセイはぱっと手を伸ばしてその手を掴んだ。

「か、神谷っ」
「ほら。温かいでしょう?」
「あ、ああ。本当だな……」

小さな手の暖かさに斎藤は黙って目を閉じた。
袖口に手を入れていたために斎藤の手が冷え切っていたわけではないが、その手の暖かさが斎藤の中に沁み込んでくる。

「兄上」

そういうと、セイは自分が肩にかけていた綿入れを斎藤の膝の上にそっと掛けた。

「私はもう戻りますので。兄上もお風邪を召しませんように」
「すまん。お前もな」

にこっと頷くとセイはすすっと夜着のまま隊部屋に戻っていった。
斎藤はその姿を目の端に入れながらも、膝の上に乗せられた綿入れと、手に残る温もりに酔っていた。

いつか嫁に、とあの野暮天に宣言したこともあった。しかし、そんなことはできないかもしれない。
斎藤は新撰組の幹部であると同時に、会津藩の監察官でもある。この安寧の日々がいつまでも続くとは思えなくなってきていた。
ただでさえ斎藤は組長としての仕事のほかに、監察官として会津藩からの指令の元に動くことが増えてきている。

斎藤にとって、嫁を取ることは武家の者として当然のことであり、それなりの覚悟を持った者ならばなおよい、と思っていたのだ。いつ果てるとも知らぬ自分だけに、よい相手がいれば寄り添って過ごすに越したことはない。

ただ、セイの姿を前にして、斎藤が嫁を取ることはよほどのことがなければないだろう。されば、こんな日々の些細な温もりに幸せを感じているだけで十分だと思う。

 

来年の今頃、自分はここにこうしているだろうか。

 

この胸を温める暖かさを、あとどれくらい慈しんでいられるだろうか。
そう思う心の切なさを斎藤自身は自覚していなかった。誰よりも、おそらく強いが故に、切なさと、弱さをセイの明るさや優しさに癒されていたことを知らずに、斎藤はただ、目を閉じて、もう微かにしか残っていない温もりを残した綿入れに手を添えた。

「こんな幸せも悪くないな……」

斎藤の口元には笑みが漂っていた。

 

– 終 –