草紅葉 9

〜はじめの一言〜
斉藤さんたら……

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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一人先に屯所に戻った斉藤は廊下を歩く先に気遣わしげにたたずむセイの姿を見つけた。セイが気づくより先に一度足を止めた斉藤は、苦い顔でため息をつく。

たった今、総司に言われた直後にセイと話をしたくはなかった。

ふう、と深く息を吐き出すと、斉藤は三番隊の隊部屋に向かって歩き出した。すぐ、斉藤の姿に気づいたセイが斉藤に向かって駆け寄ってきた。

「斉藤先生」
「すまんが、疲れている」
「あ……すみません」
「なんだ?」

腕を組んだ斉藤は隊部屋に向かって背を向けたものの、立ち止まって顔だけを向けた。総司に言われていたにもかかわらず、つい見合いの事を聞きそうになったセイは、言葉に詰まると、何か話さなくてはと考えた挙句に、斉藤が総司と出て行ったことを思い出した。

「あの、沖田先生とお出かけになったと伺ったので……」
「知らんな」
「そんな……」
「用がそれだけならもう行く」

無愛想にそれだけを言うと斉藤はセイを置いて隊部屋へと入って行った。
残ったセイは、あ、と片手を上げたが目の前で閉じられた障子にそれ以上、何も言うことが出来なくて肩を落とした。総司との話が何か面白くないことになったのかもしれないが、それにしても斉藤らしくもない。

二人の間でどんなやり取りがあったのかはわからないセイは、隊部屋の中を見てから総司の綿入れを手にすると大階段の方へと歩き出した。

人気の無い大階段のところで総司の綿入れを抱え込むと一番上の段に座り込んだ。

 

 

 

しばらくして、酔っぱらった総司が一人門限ぎりぎりに屯所へと戻ってきた。

「あ~、神谷さぁん」
「沖田先生?!……、うっぷ。酒臭っ」
「ひどぉぃなぁ~」

ふらふらと歩いてきた総司はセイの姿を見つけると、大階段を上がりかけて上がり切っていない足が段を踏み外す。慌てて駆け寄ったセイに総司の酒気が漂う。

セイの手に掴まった総司の手がすっかりと冷え切っていて、酒気はすごいが、言うほど酔っていないことがわかる。

「……先生?」
「神谷さんの手は暖かいですねぇ」

足元に目を落とした総司がどんな顔をしていたのかはわからないが、セイはその手が何かを言いたがっていた気がした。ぎゅっと一瞬強くセイの手を 握った後、ふらついていた足などなかったように総司は階段を上がり始める。セイが急いでその後を追うと、総司の肩に綿入れを着せかけた。

「ああ。ありがとうございます。神谷さん」

礼を言いながらもその肩はふいっとセイを避けた。さりげないがはっきりした拒絶にセイは先ほどの斉藤に続いて、総司の様子もおかしいことに気付いた。

何か斉藤との話で面白くないことになったのだろうか。または、特命の仕事でも入ったのか。

「さ、神谷さんも風邪ひいちゃいますからね。先に戻っておやすみなさい」

後ろを歩いているセイに向かってさりげなく隊部屋に戻ることを促すと、自分はそのまま幹部棟の方へ向かって歩いて行った。セイは途中まで後ろをついてい歩いていたが、隊部屋の近くで立ち止まると、後ろを振り返りもせずに歩いていく総司の後姿を見送った。

―― 沖田先生も、斉藤先生もなんだかおかしいのは何かあったのかな

二人の間で諍いでもあったらと思うと、気が気ではないところだが、どうも、そういうわけでもないらしい。途方に暮れた顔でセイは隊部屋の前に立ちすくんでいた。

 

総司にはセイが、どんな顔で立ち止まったのか、見なくてもわかる気がしていたが、あえて後ろは振り返らずに幹部棟へと足を進めると副長室の前に屈みこんだ。

当然、まだ煌々と明かりのついた副長室の様子を伺っていると中から声がかかった。

「用があるならさっさと入ってこい」

ふ、と苦笑いを浮かべた総司は何も言わずに障子を開けると副長室の中へその身を滑り込ませた。

「用があるわけじゃないんですけど……。土方さんが忙しいならいいんです」
「馬鹿が。用はなくても何か聞いてほしくて来たんだろう?それとも隊部屋にいたくなかったとかいわねぇよな?」

何を知っているはずもないのに、土方の言葉は時々鋭く的を射る。ぎくっと内心では思った総司は、火鉢の傍に腰を下ろすと、思い直して押し入れからもう一組の布団を引っ張り出した。

「今日はここで寝てもいいですよね」
「はぁ?!何言ってやがる。ガキじゃあるまいし」
「いいじゃないですか。いつもは聞いてあげてるんだから、たまには私が土方さんに甘えたって」

誰が、と言いかけた土方は、舌打ちをして筆を置いた。書類を片付けて文箱にすべてしまうと、机の上には何もなくなる。今でこそ物が溢れているが、昔はこうして部屋の中には家財程度で物が散らばっているということはなかったのだ。

「今日だけだぞ」
「わかってます」

並んだ布団に先に横になった総司を見て、肩を竦めた土方は行燈の灯りを調整すると、自分も布団に滑り込んだ。総司は大抵、ひどい寝相だが、土方は寝ている間も自分を律しているのか、眠った時と目が覚めた時がほとんど変わらない。

「こっちまで転がってくるなよ」
「えー。いいじゃないですか。そのくらい」
「そんな真似をしたらたたき出す」

互いに天井を向いたままひそひそと交わす。しばらくして、どうしても堪えきれずに総司がぽつりと口を開いた。

「土方さん」
「なんだ」
「時々、自分がどうしようもなく我儘で利己的なんだと思うこと、ありませんか」

ないかと問われれば、利己主義、我儘とセイには思われているはずの土方にとっては、なんと答えればいいのか答えに迷った挙句、違うことを口にした。

「お前はそうなのか?」
「……ええ。わかってるのに、誰かを責める権利なんて私にはないんですけどねぇ」
「責めるだけの理由があるんだろう?」
「理由は、……あったから正義というわけじゃないでしょう」

セイが今斉藤の事をどう思っているのか、真偽はわからなくても、少なくとも嫌っているわけではないことくらいわかっている。それが兄としてであろうとも、男としてだとしても。
だからと言って、斉藤の想いが叶うとは限らないのだが。

「だから、これは私の我儘なんですよ」

総司の懺悔に土方は耳を傾け始めた。

 

 

– 続く –